第22話「楽しみにしてたからっ!」


 カナちゃんの言葉を聞いて、俺と砕華は思わず目を見開いた。

 どうやら俺達の会話を聞いていたらしい。


 だが、大したことはないと思い直す。

 なにせ相手は小さな子供だ。おそらく砕華がヒーローだという言葉も、ただ額面通りに受け取っただけ。

 砕華の正体がメテオキックだとは理解していないはずだ。


 ならばむしろ、砕華のことをカナちゃんに教えてあげよう。


「そうだよ。このお姉ちゃんは誰よりも強くて、優しくて、とっても可愛いヒーローなんだよ」


「ちょっ!?」


「そうなの? すごいの?」


「そりゃもう! 世界で一番だよ! だからお姉ちゃんと俺がいればもう大丈夫。絶対パパとママも見つかるからね」


「わぁ!」


「ちょちょちょ! あんまこっち見んなし……」


 俺の言葉を聞いたカナちゃんは先程までの怯えた態度から一変、尊敬の眼差しで砕華を見つめはじめた。

 その反応に砕華はまた顔を赤くし、視線を左右に泳がせる。

 ちょっと持ち上げ過ぎただろうか?

 いや、嘘ではないから問題ない。


 すると砕華が顔を赤くしたまま、俺に耳打ちする。


「衛士! あの子を元気付けるためだからって、アタシをダシにすんなしっ」


「でも事実だし、砕華が隣にいれば絶対大丈夫だと思ってるよ」


「なんでそんな自信満々に言うかな……ってか、アタシがなんでも出来るなんて思ってんなら大間違いだかんね?」


「分かってるさ。砕華だって人間なんだから、一人で出来ることには限界がある。でも二人いれば違う。それは一般人だろうとヒーローだろうと関係ないよ」


「そりゃ、そーかもしんないけど……」


「それに、俺はこの子の親を早く見つけて、この子を笑顔にさせたいんだ。せっかく楽しい思い出を作りに来たのに、泣いてばかりじゃもったいないだろ?」


 家族でプールに来て、きっと俺達みたいに皆で楽しく遊んでいたに違いない。

 カナちゃんにとっても、彼女の親にとっても、きっと今日という日は大切な思い出になるはずだ。


 もっとも、親がいない俺にはそういう思い出がないし、将来どういう記憶になるのかも分からない。

 しかしだからこそ、俺は目の前の小さな女の子にはめいいっぱい楽しい思い出を作ってほしいし、その一助になりたいと思うのだ。


 そんなことを考えながらカナちゃんの頭を優しく撫でていると、砕華が小さく笑った。


「やっぱ衛士って変わってる」


「変わってる、か……」


「あ、別に悪い意味で言ってないから。むしろ良い意味でだし」


「良い意味?」


「ここには衛士みたいな人、一人もいないじゃん? この子が泣いているのに、皆は自分の楽しいことに夢中で気付かない。それか、気付いても声を掛けなかった。大抵の人ってそういうもんだけどさ」


 プールで楽しむ人達を眺めながら、砕華はどこか物悲しそうに言った。

 どうやら砕華は人間の本質というものを、俺よりも理解している様だ。


「それでも気付いて声を掛けることが出来たのは、いつも衛士が誰もやろうとしないことを進んでやってるから。それは自分のためじゃなくて、いつも誰かのため。それって誇っていいことだと思うんだよね」


「誇っていい、か……俺はこうすることが当たり前だと思ってたんだけどな」


「だから、そういうところだって。普通の人とは少し変わってる。それが衛士の良いところ!」


 砕華はどこか嬉しそうに言った。

 俺は彼女の言葉に、どう反応していいか分からなくなった。


 俺が変わっているというのは間違いない。

 なにせ俺は、普通の人間に紛れた人外だ。

 元は獣で、元は人類の敵で、それが嫌だったから俺は普通の人間の在り方を求めたのだ。


 だが、やはり俺はどうやっても普通の人間にはなりきれないらしい。

 それは俺にとって好ましくないことで、すぐにでも改めるべき要素のはずだ。


 ところが、砕華はそれを「良いところ」と言った。

 俺が普通の人間とは違うことを、良いことと言ったのだ。

 だから俺は何が正解なのか、ますます分からなくなってしまった。


 それでも砕華が言ったことには、一つだけ誤りがあると断言できる。

 それは、俺が「誰かのため」ではなく「自分のため」に行動しているということだ。


 なぜなら俺は、普通の人間でいるために今の俺を作り上げたのだから。


「衛士は、アタシよか全然――だよ」


「え? 今なんて?」


「別にっ! なんでもないし!」


 砕華の声が小さくて、なんと言ったのか聞こえなかった。

 聞き返しても砕華は満足気な顔をするだけで教えてくれず、「それより」と話を無理やり切り替える。


「この子、どーすんの?」


「これから迷子センターに連れて行こうと思う。ただ、場所がどこか分からなくて」


「それならアタシ分かるよ。あっちの方。ついて来て」


 そう言って砕華は更衣室があった方の建物を指し示し、俺達の誘導を始める。

 俺はカナちゃんの手を引き、一緒に砕華の後を追う。


「それにしても地図も無しによく道が分かるな。もしかして、ここに来たことあるの?」


「ううん。よみきりパークのことはリサーチしたから、施設のことはだいたい分かるだけ」


「え、すごいな。どうしてそこまで?」


「……から」


「え?」


 またしても小さな声で聞こえなかった。

 今一度聞き返すと、今度は顔を頬を赤らめてこちらに振り向き、声を張り上げて言った。


「アタシもっ! 今日は楽しみにしてたからっ!」


 砕華は踵を返し、ずんずんと迷子センターの方へ歩いていく。

 その姿を見て俺は思わず吹き出すように笑った。


 そうか、砕華も楽しみにしてくれていたのか。

 ならば俺も、砕華が楽しい思い出を作れるよう一所懸命に努めよう。

 それがここまで付き合ってもらった砕華への礼であり、彼氏(仮)としての役割だろうから。

 

 そう思って一歩を踏み出した、その時だった。




 ――ザッパァーーン!!




 突如、隣の大きなプールから壮大な破裂音を伴う巨大な水柱が出現した。


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