第6話「彼女になったげるよ」


「え、なにが?」


「窓からあの鳥が来た時、アタシのこと助けようとしてくれたっしょ? アンタの事、ちょっと誤解してた。ただのお節介焼きだと思ってた」


「あー、まあ余計なお世話だったかもしれないけど」


「そんなことない! 確かにアタシは平気だったかもしれないけど、でも……嬉しかった」


「そ、そうか」


 綺羅星の頬が赤く染まっている。

 それはきっと夕陽の光のせいではないのだろう。


 礼を言い慣れていないのか、あるいはヒーローである自分が一般人に助けられたことが恥ずかしかったのか。

 どちらかは分からないが、頬を赤らめながら視線を右往左往させる綺羅星の姿はとても可愛いと思えた。


 なぜだかこちらまで恥ずかしくなってくる。


「えっと、それで一個お願いがあって、今日のことは、その……」


 綺羅星が言わんとしていることは簡単に予想が出来る。

 ヒーローの秘密を黙っていてほしいという願いだ。


 俺とて、綺羅星が困るようなことを進んでしようとは思っていない。

 クラスメイトのために秘密を守ることは当然と言えるだろう。


 しかし、これはただの秘密ではない。

 他人には絶対知られてはならない特大の秘密だ。


 そう考え至った時、俺は思ってしまった。


「これは千載一遇のチャンスだ」と――。




「まさかメテオキックが、JKギャルだったなんてなぁ」


 気付けば俺は、わざとらしい呟きを零していた。


 自分でも分かるほど口元を醜く歪めながら。






 * * * 






「彼女(仮)になってくださいッ!!」


 そして俺は気が付くと全力で頭を下げ、綺羅星に仮初の恋人関係になってほしいと頼み込んでいたのだった。


「いったん! いったん、頭上げて!」


 俺の行動を受けた綺羅星の声色は、明らかに動揺している。

 俺は綺羅星の言葉に従い、ひとまず俺は頭を上げた。


 すると綺羅星の顔が目に入る。

 綺羅星は俺から視線を逸らし、口元を手で覆う様に隠して、頬は先程よりも赤く染めていた。


「……彼女(仮)って、どういう意味?」


 よし。即断されなくてひと安心だ。

 というか、これは期待してもいいのかもしれない。


「引き受けてくれるのか?」


「まだっ! 話、詳しく話聞いてから! じゃないと色々、色々分かんないってゆーか!」


「ああ、そっか。そうだよな。実は……」


 俺は慧斗達と交わしたダブルデートの約束のことを、そのまま綺羅星に打ち明けた。

 すると砕華は納得した様子で数度頷いてから、呆れたように溜息をついた。


「つまり、天下原は約束までに彼女を作りたいってこと? 自分のメンツのために」


「まぁ、うん。正直、自分でも無茶な約束したとは思ってる」


「それってさ、アタシじゃなくてもよくない?」


「そ――」


「そうだな」と言う直前で、俺は踏み止まる。


 昼に慧斗が話していた『特別扱い』のことが脳裏を過ったからだ。

 俺は加速する思考の中で慎重に言葉を選び、返すべきセリフを組み立ててから言葉を続ける。


「――ういうわけじゃなくて、その、綺羅星ぐらい可愛い女子ってそういないし、綺羅星が彼女だったら嬉しいというか」


「か、かわっ!?」


「それにさ、相手の隠れた一面を知ってるのって彼氏彼女の関係っぽくない? 今の俺なら、気兼ねせず心の内を話せるだろ? ヒーローとしての苦労とかさ」


「その理屈だと、アタシも天下原の秘密を知らないといけなくない?」


「あー、そこは追々ということで、どうかひとつ」


「ふーん。天下原にも秘密はあるってことか」


「あ、あはは」


 俺にも他人に言えない秘密の一つや二つはある。

 しかしそれは誰にでも当てはまるだろう。


 小さく笑って誤魔化していると、綺羅星はもう一度息を吐き、徐に俺の手を掴んだ。

 驚きのあまり、俺は握られた手と綺羅星の顔を交互に見比べる。

 視線は逸らされたままだ。


「……いいよ」


「え?」


「いいよって言ったの! 天下原の、彼女になったげるよ。も、もちろん期間限定で。それで秘密守ってくれるんでしょ?」


「いいのか!?」


「い、言っとくけど! カッコ仮ってこと忘れんなよ! あと、メテオキックのことはゼッタイ秘密だかんね! それが条件! わかった!?」


「もちろん約束は絶対守るよ! ありがとう! マジありがとう!」


「ちょ、大袈裟だし……」


 俺は綺羅星の手を両手で包み込むように掴み、全力で感謝を伝える。

 綺羅星はやはり恥ずかしいのか、相変わらず目線を逸らしたまま頬を赤くしている。


 もしや、意外とこういうことに疎いのだろうか?


 外見や言動が典型的なギャルなので慣れているのかと思ったのだが、先程身をもって実感した通り、人は見かけによらないということらしい。


 ともあれ、一番の問題が解決してひと安心だ。

 満足するまで何度も礼を言い終えると、綺羅星は握っている手を指さした。


「とりあえず、手、そろそろいい?」


「あっ、ごめんごめん!」


「いいけど。で、具体的にどーすんの? 彼女(仮)ってさ」


「え? あー……どうしようかな」


「あんだけ言ってノープランって」


「いや、慧斗達と約束したのが今日の昼だったし。とりあえず彼女作る方法を優先して、後のことはそれから考えようと思って」


 まさかこんなにも早く彼女が出来るとは思っていなかったので、正直彼女が出来た後のことをなにも考えていなかった。

 なんとも行き当たりばったり過ぎて、我ながら呆れたものだ。


 それだけ慧斗達との約束が自分の中で大事ということなのだが、よくよく考えると彼女として綺羅星を連れて行ったとして、プールデート当日に偽物の関係だとバレたら台無しだ。

 疑われないように対策を考えなければならない。


「うーん、まずはお互いの事を知るところからかな。もっと綺羅星のことも知りたいし。偽の関係だってバレないよう当日の振る舞い方とか、口裏合わせとかが必要か。あとは」


「待って待って! とりあえず移動しない? このままここにいると、イロイロ面倒なことになりそうだし」


「え? あっ」


 綺羅星が教室に散らばるバリアンビーストの残骸を指差す。


 彼女の言う通り、このままだと異変に気付いた教職員が駆け付け、警察やバリアント対策部に事情聴取されかねない。

 メテオキックである綺羅星はおそらく警察や対策部との繋がりですぐに解放されるだろうが、俺の方は何を調べられるか知れたものではない。


 普通の日常を送りたい俺にとって、事情聴取は可能な限り受けたくないのである。


 すでに非日常へ片足を突っ込んでいる気もするが、それはそれだ。


「詳しい話は移動してからにしようか。でもどこ行くか……」


 こういう場合に都合の良い場所を俺は知らない。

 なぜなら俺は、女子と二人だけで放課後を過ごした経験がないからだ。

 悲しいけどこれが現実だ。


 すると綺羅星は少し考える仕草を取ってから、なんとなしに答えた。




「サ○ゼでいいんじゃね?」




 ものすごく高校生らしい回答に、なぜだか俺は無性に嬉しくなったのだった。






 第1章 教室で獣に襲われたと思ったらギャルの彼女が出来ていた 完


 第2章へつづく






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