第1章 教室で獣に襲われたと思ったらギャルの彼女が出来ていた

第1話「逆効果かよチクショー!」



『二〇三〇年夏東京、四〇度を超える大猛暑の予報』


『話題沸騰中のネオ・タピオカ、原材料は紅藻類?』


『都、バリアント被害地域復興支部の増設を決定』


『スーパーヒーロー・メテオキックから学ぶ強さの秘訣』


「なになに? 毎日筋トレとストレッチを欠かさず、食事は脂っぽいものを避ける。夜更かしはせず、朝晩の肌ケアは丁寧に……女子の美容管理法か?」


 昼休み。

【流星高校】の学食においてコスパ最強のざるうどんをすすりながら、俺はスマホの画面に並ぶネットニュースを流し読みしていた。


 友達が来るまでの暇つぶしのつもりだったが、思いのほか面白い記事が並んでいて退屈しない。

 それどころか、今の俺にとっては見逃せない記事も並んでいた。


 その記事を見つけた瞬間、俺は反射的にタップしてページを開く。



『夏本番! 確実に彼女を作る方法五選』


 

 これこそ俺が読みたかった記事だ。血眼になって記事を読み進めていくと――。


「必要なのは時間とお金……身だしなみを整え、出会いの数を増やして彼女ゲットの確率を上げよう……まずは合コンを十~二十回やって……二十回?」


 俺はスマホをテーブルに叩きつけようとして、思い直してすぐに深呼吸をする。

 それから画面を伏せてテーブルに置き、期待外れの内容に天を仰いだ。


 生活費や学費を工面するのもやっとだというのに、記事の内容を実践出来るような財力など俺にあるわけがない。

 この手の記事は毎年、いや毎シーズン投稿される話題と言っても過言ではないのだろう。


 つまり、たいしてアテにならない。


 それでも藁にも縋りたい想いで記事を開いたのだが、所詮、藁は藁だったということだ。

 そもそも高校生向けの記事ですらなかったらしい。


「あぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁあ彼女が欲しいッ!」


 悲痛な想いを叫びに変えながら、鬱憤を晴らすが如く額から勢いよくテーブルに突っ伏す。

 ここまで意気消沈する理由は、俺が人生最大級の死活問題「彼女が出来ない」にぶち当たっているからだ。


 人によってはくだらないと一蹴されそうだが、俺は青春真っ盛りの高校二年生だ。

 高校生活における実質最後の遊べる夏休みを目前とする俺にとって、未だ彼女がいないという状況は非常にまずい。


 なぜなら高校生の夏休みとは、人生における青春のピークと言っても過言ではないと聞いたからだ。


「カノジョ……ホシイ……カノジョ……ホシイ……」


 亡者が吐き出す呪詛の如く、俺の口から欲望が漏れ出していく。

 周囲の席から人気が無くなった気がするが、関係ない。


 もちろん友人たちと過ごすだけでもいい思い出にはなるだろうが、そこに彼女がいるといないとでは思い出を彩る色の数が桁違いだという。

 話を聞いて、それもそのはずと納得。

 なにせ一ヶ月以上の長い日々の中、愛し合う二人で多くの思い出を作るのだから。


 そんな輝かしき光景を想像して、俺は彼女を作らねばならないと固く決心したのである。


「そういうことばっか言ってるから彼女出来ないんじゃねーの、衛士えいじ?」


 頭上から俺を呼ぶ声が聞こえた。

 顔を上げて確認すると、昼食を載せたトレーを持つ見慣れた男子生徒の姿があった。


「遅かったな、慧斗けいと


「わるいわるい。課題忘れた件でセンセに呼び出されてさ。にしてもお前、今日もざるうどんにしたのか? もっと食わないと体もたねーぞ」


 そう笑いながら俺の正面に座ったのは、クラスメイトの久我くが 慧斗けいとだ。


 明るい茶髪と耳のピアスが目立つ、外見同様に軽い性格の男子。

 いつも笑顔を絶やさず、誰とでも接することが出来るコミュ力全振りの男。陽キャというやつだ。

 しかも顔が良くて背も高く、さらには運動も出来るのでクラス内でも人気が高い。


 ちなみに彼女持ち。


「仕方ないだろ、今月も生活費がカツカツなんだ。出来るところから節約しないと」


「自分で稼いでいるんだったな。衛士は本当に偉いよな。ほら、俺のカツやるよ。カツカツだけにな」


「ありがとう。でも一言余計」


 慧斗はニヤニヤと笑みを浮かべながら、俺のざるうどんの上にトンカツを一切れ置く。

 こういう気遣いは慧斗の良いところだが、つまらないギャグを言う癖は玉に瑕である。


「で、衛士クンはいかなる理由で叫んでいたのかな?」


「夢は言葉にした方が叶うと聞いたから」


「大袈裟すぎなんだって、彼女作ることが夢なんてさ。衛士はフツーにしてりゃ絶対モテるはずなんだから。背はそこそこ高いし、顔だって悪くねーしさ」


「その割には最近クラスの女子との距離が遠い気がするんだが?」


「そりゃ毎日そうやって教室だろうが食堂だろうが所構わず叫んでりゃ、近付き難くもなるだろ。危ないヤツだと思って」


 衝撃の事実を聞かされ、俺は再びテーブルに頭を打ち付ける。


「逆効果かよチクショー!」


 彼女を作るためにこれまで己が夢を声高に叫んでいたのだが、まさか全く意味がないとは思わなんだ。

 むしろ逆効果だとは、衝撃的過ぎて涙が出そうだ。


 やはりネットの知識など鵜呑みにするものではない、ということなのだろう。この学びは次に生かしたいものだ。

 とりあえず「五分で夢を叶える方法」サイトは絶対に許さない。絶対に。


 ふと正面に座るリア充こと慧斗を薄目で見やり、ため息をつく。


「慧斗はいいよなぁ」


「なんだよ、急に照れるだろ。でも俺も衛士のこと好きだぜ☆」


「いいってそういう意味じゃねえよ! 羨ましいって意味だよ! ってか、男に言われても嬉しくねえよ!」


「ぶはははっ」


 慧斗がカラカラと笑い、俺はギリギリと歯を食いしばって唸る。

 別に馬鹿にされているわけではない。単純に今のやりとりが面白かっただけだ。

 そもそも慧斗が俺を見下したことはないし、冗談っぽくからかわれたりすることはあっても、悪意を持って接して来たことは一度もない。


 経験上、はすぐに分かる。


 しかし彼女持ちの余裕というか、どうしても慧斗から優位者の雰囲気を感じてしまうのだ。

 なので俺が抱いているのは一方的な劣等感であり、とても醜い感情だ。八つ当たりに近い。

 これを払拭するには俺自身が変わるしかない。


 即ち、彼女を作ることだ。


 俺は妬みの感情をすぐさま振り払い、「いかにして彼女を作るか」という議題の会議を脳内で行うべく、複数人に分裂した脳内の俺が円卓に座して論争の準備に入る。


「俺が思うにさ」


 ――が、俺が考え込むのを見て察してか否か、脳内議長(俺)が開廷の宣言をする前に慧斗が言った。


「衛士に彼女が出来ないのって、衛士の性格が根本の原因だと思うんだよな」


「えっ、もしかして俺、性格悪いヤツって思われてる?」


「あー、違う違う。むしろ逆だって。性格良すぎるんだよ、お前」


「性格良すぎて彼女出来ないって、どゆこと……?」


 むしろ性格が良ければ彼女が出来るのではないのか?

 意味不明過ぎて軽く眩暈がしてきた。


 あれか、女はちょっとワルイ男に惹かれるというやつか。


 だいぶ前時代的な気もするが、その理論だと慧斗に彼女が出来る理由が分からない。

 なぜなら慧斗はめちゃくちゃ良いやつだからだ。


「衛士は誰に対しても好意的で、手伝いとかよくやってるの見るから、優しくされた女子は皆思うんじゃないか?『自分が特別ってわけじゃないんだ』って」


「まあ実際、特別誰かを贔屓した覚えはないし」


「それだ。衛士は彼女になってくれる子なら誰でもいいんだな。そりゃ出来ねーわ」


 目から鱗だった。


 確かに、これまで俺は「彼女を作ること」ばかりに気を取られていた。

 最近は自分磨きをしてみたり、いつも以上に周りに気を配ってみたりしている。

 とにかく好印象な男として見られるように、そして女子からモテるために努力してきたつもりだった。


 だがそれは不特定多数から「良い人」と見られるだけで、誰かに好きになってもらえるほどの効果はなかったのだ。


 そして俺は誰かを贔屓したことがなく、誰に対しても平等に接していた。

 それが女子から見向きもされない一番の要因らしい。


「特別感って大事だからな。贔屓してでも力になりたい、助けたいって思える相手がいないなら、衛士に彼女は出来ないだろうな。永遠に」


「グハッ!?」


 核心を突く慧斗の鋭い一撃が俺の胸に突き刺さり、俺は一発KOされた。

 より深い関係になりたいと特定の誰かに対して自らそう望まなければ、俺には彼女が出来ない。慧斗の意見はもっともだ。


 このままではまずい。

 俺が求める青春のためにも、どうにか意識改変をしなければ。


 かつてない難題に頭を抱えていると、ふと、よく知る女子が駆け足でこちらにやって来るのが見えた。

 その女子はあたかも自然なことのように、慧斗の隣に座った。


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