第11話 紫陽花の下には


※Twitterタグにて


「桜の樹の下には死体が埋まってる。じゃあ、紫陽花の下には何が埋まってるんだろうね?」


という台詞をいただいて書いた話です。


梅雨真っ盛り。

今日も今日とて雨が降っている。風もなく、霧雨、というのか。静かな雨だ。僕は一人、傘を差して歩いていた。下校中。

いつも通る公園は、今日は誰もいない。雨だしな、と思って通り過ぎようと思ったら、男の子がいるのが見えた。十歳くらいだろうか。咲き乱れるいくつもの紫陽花の前で、一人立っている。雨なのに、傘も差さずじっと紫陽花を見つめていた。僕は少し気になって、男の子に近づいてみる。白い半袖ティーシャツに、紫色の半ズボン姿。普通の子に見える。後ろ姿を見ていたら、不意にその子が振り向いた。

「お兄さんも、紫陽花見に来たの?」

「……そうだね。傘、無いの?風邪引くよ」

適当に誤魔化してから、男の子に傘を差し掛ける。近付くと、男の子からは、雨の匂いがした。いや。雨だけじゃなくて、土の匂いも。

「お兄さん、優しいね」

僕を見上げる男の子の目は、優しい。小さい子のはずなのに、慈しむような包み込むような、そんな気配がある。

「紫陽花、好きなの?」

「うん。僕を慰めてくれるからね」

雨足が少し強まる。僕ら二人、何かから取り残されたような気分になった。

「紫陽花が?」

「そう」

男の子は、また紫陽花に向き直る。黙って見つめている間、僕も黙って立っていた。

「桜の木の下には」

「え?」

零れた声に、僕は思わず聞き返していた。男の子は振り向きもせずに続ける。

「桜の木の下には、死体が埋まってる。って言うよね」

「……うん」

唐突な話に、それしか返せない。

「じゃあ、紫陽花の下には何が埋まってるんだろうね。お兄さんは、何だと思う?」

男の子が振り向く。僕はその姿を見ても、初めから知っていたような気がして、さして驚かなかった。

男の子の身体はほとんど、白骨化している。顔もほとんど。でも、柔らかな目は残っていて、僕を見上げる。

「……死体じゃなかったんだよね?」

「そうだね。おまじないだったんだ。蘇りのね」

「蘇り……」

僕は暗い気持ちになった。目を伏せた僕を見て、男の子が声を出して笑う。

「お兄さんは本当に優しいね。ーー新月の晩、紫陽花の下に死者の骨を埋めて、新月の光を浴びせた水を三回やると、その死者は蘇るんだって」

男の子はおどけたように言って笑う。僕は何も答えられない。

「ここは僕がいつも遊んでた公園だったから。お母さんが決めたの。やったのもお母さん。唆されちゃったのに、僕は止められなかったんだ」

「……君に会いたいと、縋ってしまったんだね」

「ありがと、お母さんのこと悪く言わないでくれて」

雨が強まる。もう傘の意味が無くなりそうなほど。身体がどんどん濡れていくのに、不快感はさほどない。紫陽花の青と紫が、鮮やかになってきている気がした。

「お母さんは?」

つい、聞いてしまう。この子がここに、こんな姿でいる以上、答えは分かってるはずなのに。男の子は静かに首を横に降る。

「会えないと思う。しちゃいけないことをしちゃったし、魔物になったんだって」

「誰かに言われたの?」

「紫陽花に聞いた」

男の子は、普通の人間の見た目に戻っている。

「そっか」

「これが、蘇りの儀式なんかじゃないってお兄さんも分かるでしょう?」

「……うん」

僕はその先を聞くのが、怖い。

この子の母親は、確かに常識から外れたことをした。でも正直、この子の言葉を信じるなら、魔物になるほどのことだろうか、とも思ってしまう。

男の子は、悲しげで、それでいて優しい目で僕を見上げる。多分ずっと長いこと、ここに居るのだろう。

「“そういうことを本当にしてしまう人間”の魂が欲しかったんだって」

「誰が?」

聞いてはいけない。もう知っているから。それはーー

「ごめんね、お兄さん。お兄さん優しいから、喋り過ぎちゃった。また紫陽花見に来てね。ーーありがとう」

視界が真っ暗になったのに、いつの間にか優しくなった雨の感触は、最後まで残っていた。


「宗也!!」

よく知る声が降って来て、僕は目を開けた。

友人の満寛が、僕を見下ろしている。公園の東屋。

「みちひろ……?」

夢か現か、まだ分からない。雨は止んでいた。

「起きれるか?」

「うん……」

満寛が手を貸してくれて、起き上がる。スポーツドリンクを渡された。

「僕、どうしたの?」

「聞きたいのはこっちだ。帰ってたら知らない男の子が来て、友達が倒れてるとか言うから、来たら宗也が倒れてた」

「……そっか」

僕は少し離れてしまった紫陽花の方へと、目を向ける。あの男の子はもういない。

「落ち着いたら送る」

「ありがとう」

ちゃんと満寛を見て言ったら、いつもの不機嫌そうな顔で呆れたような溜息をつかれた。







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