wa layla wa layla ~次々に妃と宰相を殺す悪王に娶られて新しいお妃になったけどその王が愛おしくてたまらないので改心させます~

アルターステラ

猜疑心に囚われ眠れない王

砂漠の中に佇むオアシスを囲むように作られた街

ここはシルクロードの拠点の一つ

嗅いだことの無い匂いが鼻をくすぐり

聞いた事のない生き物の鳴き声や

不思議な音が聞こえてきたり

色とりどりの着色された煙がたなびく日があれば

ラッパや笛の音が通りの喧騒を賑わすこともある

コブラを頭に乗せて笛で操る人や

喉からサーベルを出し入れする人

市場には人々の声がひっきりなしに飛び交い

摩訶不思議な品物を扱う行商も多く集まる


そんな昼間の様子とは打って変わって

夜の帳が降りる頃

街は昼間とは違う姿を見せる

街で通りを歩くのは孤児か浮浪者か

言葉数の少ない見回りの兵士達

そして黒い装束を巻き付けた盗賊たちや

猫やネズミ達くらいなものだ


砂塵を含む強い風が冷たく街に吹き付けるので

固く閉ざされた家々にはどのような物音がしても

隣人にもほとんどわかりはしない


そんな砂漠の街にひときわ大きな豪邸があり

寝室の天蓋付きのベッドには2つの影があった


ひとつは細くしなやかな曲線的な影

ベールのようなものを頭からかぶっていて表情はわからない


もうひとつの影

スラリと長く

それでいて

一目で筋肉がぶ厚いとわかる

いくつもの盛り上がりのある背中や腕

6つに割れたお腹が荒い呼吸と共に上下している


そして

柱の影にはもう一つの影が

静かに天蓋を覗き見ていた


天蓋の中ではその荒い呼吸の彼の目は血走り

目の下には深い深いクマができている

そのせいで母親譲りの見目麗しい整った顔立ちを

狂気じみた迫力に変えていた


「早く、昨日の続きを早く教えてくれ

でないとお前のそのか細い首を手折ってしまいそうだ」


男の様子とは対照的に

ベールの中からは静かで穏やかな女性の声がした


「ねえ、そんなことより、お水でもいかが?

お口とお肌がこんなに」


ベールから伸びた手はとても細く

しかし決して狂気を宿す目に物怖じすることなく

その眼の主の顔を優しく撫でる


その細い手が触れた唇はボロボロで

肌も酷くカサついているため

体の水分が不足していることは明らかだった


ベールから伸びた手で金と銀で作られた水差しを

同じく金と銀で作られた杯に傾けようとすると

その杯を逞しい筋肉になぎ払われた

杯が床にゴトンと重く鈍い音を響かせる

同時に水差しからいくらかの水が床に滴り落ちた


「いらぬ

そんなものより早く話の続きを」


「いけないわ、ハン

せっかく召使いが汲んできてくれた貴重なお水よ」


「そんなもの

いつでもまた召使い達に汲んでこさせよう


だが

俺はそれで殺されかけた

あの忌々しいカッヌーリの手で毒を盛られたのだ」


──

カッヌーリとは先月までこの国の宰相を勤めていた男の名前だ

突然次の宰相が決まった時も

その先代宰相の席は空席のまま

おそらくそういうことが裏で起こっていたのだろう


そして、時を同じくして妃も変わった

街にはご乱心の王が妃と宰相を手にかけたという噂がまた流れた

宰相と妃が変わるのは今回だけではない

過去に何度も同じ王で宰相と妃が変わっているのだ

──


ベールが静かに動き

床に転がった杯を拾い上げる

そして今度は

逞しい筋肉が届かないところで

水差しから杯へと水を注ぐ


「あなたは生きているわ

だからお水を飲まないとダメよ

あなたもそのカッヌーリさんの後を追いたいのかしら?


お話の続きも

これを飲んでからしかお話しないわ」


血走った目で杯を忌まわしいとばかりに睨みつける

眉間には深いシワが刻まれた


「お前も毒を飲めと言うのか!

やはりお前も俺を裏切るのだな!

殺してやる!

目の前で殺して確かめてやる!


どうせお前も

お前だって首を絞めつければ命乞いをする

それで誰が仕向けたのか

誰に言われて俺を殺そうとしているのか

すぐにわかるのだ

一晩で3人の首を手折ったこともある

簡単なことだ

お前もすぐにそうしてやる


さもなくば早く続きを話すのだ」


男は血走った目をギラギラと暗く光らせながら

ベールの女性の首の辺りに手を伸ばす


ベールはその手をスルリとかわして

分厚い筋肉の胸板に身を寄せる


「私はもうあなたのものよ?

誰かの差し金でないことを調べさせてから

この宮殿にとじこめたのでしょう?

誰とも会えないようにして

家族とすら会わせてはくれないわ


それに

あなたが私を飽きたのなら

私のことを殺せばいいのよ


あなたはもう片手で数えられないくらい

その手にかけているのだから

それがひとつ増えるだけでしょう?」


血走った目はベールを見下ろす

まだ息は荒々しいままだ


その荒々しい呼吸で上下する筋肉の胸板に耳をつけ

ドックドックンドクッと不正確なリズムの心音を聴く


…また…脈が乱れている

そのせいで眠ることができないのね…

それも…

王家に取り入って乗っ取ろうとする

悪い人たちに散々そそのかされて

内政もぐちゃぐちゃに…

今じゃ悪政を敷いた人殺しの悪い王…

取り入るだけじゃなく命まで狙われている…


「あなたは悪くないわ…」


…そう、彼は子供の頃…あんなにも純粋で真っ直ぐだった…

そして名もない一般市民である私たちに

この国を良くすると約束してくれた…

彼は悪くない…それは心からの本心…


「嘘だ!

俺の事を皆がどのように噂しているかなど

よく知っているぞ!


そう、悪い王だと!

私を打倒すればこの国は良くなると噂が流れている


そのせいで俺は四六時中

どこの誰に殺されるかもわからない

今だって誰かが毒矢で俺を狙っているやもしれぬ


お前が話さぬなら

俺は明日、誰かに殺されて

続きが聞けずに果てるのだ


だからそうならないために

早く続きを

続きを話せ

話すのだ」


猜疑心に支配された彼には

私の心は届かない

わかっている


このところ食事もほとんど口にしていない

食べても吐き出してしまっているのを知っている

このままでは彼は長くはもたないだろう

誰も信じることができないのだ

それでも彼のことが愛おしい

彼に死んで欲しくない

私は、私にできることをする


そっとベールを手で上げて

彼に顔が見えるようにした


この国では

女が親族ではない男に顔を見せるのは

その男を死ぬまで愛するという意思表示でもある

たとえ結婚したとしても顔を見せない女性もいる

彼が息を飲むのがわかる


「ハン

いいえ

アル=ミオハリ・ネリケオス・ハーンドーラ様


私と小さな約束をしましょう

今だけのほんの小さな約束よ


この杯を2人で空けることができたら

続きをお話しましょう」


そういって杯に唇をつけ

そこに注いだ水を1口だけ口に含んだ


「馬鹿!それは毒だ!

今すぐ吐き出せ!

さもないと続きの話はどうなる!?」


わざと見せつけるように

ゴクリと大仰に水を飲み込む


「やめろーーーー!!」


血走った目が絶望に染まっていく

私は全身の力を抜いて

王の胸に体をあずける


たしかにこの部屋に置かれる水差しの水には

彼はいつも口を付けようとはしない

彼の父はこの水差しの水を飲んで

亡くなったらしい


力強い腕に腰を支えられ

私は王に寄りかかりながら

そのまま数秒目を閉じる


ドクッ!ドクッ!ドクッ!ドクッ!


先程よりも幾分規則正しく激しい心音が鼓膜を揺らす

心音とは別の振動も伝わってきた


「アイーシャ!

私に仕向けられた毒を飲むなんて!

どうしてそんな真似を!

どうして、アイーシャ!」


肩を揺する逞しい腕には

それほど力が入っていない

聞こえてくる声も震えて聞き取りにくいが

確かに私の名前を口にした

いつも『お前』としか呼ばないのに

ちゃんと私の名前を覚えてくれていた

それから

私の頬にしょっぱいにおいの液体が

ポツリとこぼれてきた

泣いているのだ

私のために


「これで…

おわかりいただけましたか?


私は王にこの命を捧げます

あなたはどうしますか?

宰相のナーザレさん

これでも王に心は無いという

市井に流れた卑劣な工作話を信じますか?」


私の声に

柱の影から1人の青年が進み出た


「アイーシャ!?ナーザレ!!?

どういう、どういうことだ!?」


「陛下!

この国の宰相を陛下より仰せ仕りましたナーザレでございます

この度は、このようにコソコソと

陛下とそれからお妃様の会話を

聞かせていただいたのには訳があります」


青年は最敬礼を示すように片膝立ちで頭を垂れ

いつでも首を切り落とせるよう

自らのサーベルを抜いて

王に差し上げる格好で声を張り上げた


「お妃様は陛下の身を案じておられます!

最近陛下が何も口にされない様子を

心苦しく思っておいでなのです

かくいう私も

私の故郷から取り寄せた取っておきの農作物も

陛下が一口も口になさらないものですから

どうしてなのかとあれこれ考えていたものでして


聞けば陛下は先代、先々代の宰相から

命を狙われていたとか

毒を盛られ死にかけたことも3度あり

お父上までも毒殺であった可能性があると

そういう話を耳に致しました」


「いかにも


ナーザレ、貴様はいくつだ?」


「私は先月21を数えました

陛下には私のような若輩者を宰相に抜擢いただき

私はその期待に答えるべく

粉骨砕身して努めさせて頂きたいと

常々思っております」


「私が王になった歳を知っているか」


「はい!

もちろんでございます

陛下は15歳の時にその王位につかれました

現在は王位につかれてから8年目でございます」


「ハン、ナーザレさんとのお話はその辺にして

あとは私が話しますから

ナーザレさんは明日の業務もあります

もう帰してもいいでしょう?

これ以上2人だけの時間を無駄にしたくないわ」


「嘘を…

嘘をついたな…アイーシャ…」


王の腕が首にきつく巻き付けられる

息ができない…


「お、お止め下さい陛下!

お妃様は陛下をご心配されて

食べ物や飲み物を口にして欲しいと

一芝居うたれたのです!


決して陛下を貶めるためでは無いと

陛下ならお気づきになられているでしょう」


腕の力が弱まり

急速に空気が肺に満ち

咳込んでしまう


「俺は…私はこんな王なのだ…

アイーシャ…

いつか、私はお前をこの手で殺してしまう…」


「それでも


それでもあなたは悪くない


私があなたに殺されるのは

私があなたを裏切った時


だからあなたは悪くないわ


そして私はあなたに殺されないわ

あなたは悪くない王よ


噂や過去は変えられないけれど

明日起こることはあなた次第

あなたが視野を広げて良い国を築けば

悪い噂なんて誰も気にしなくなります


あなたは私に話してくれたわ

大人になったらこの国を豊かにしてくれると」


「それは…

そうか…アイーシャ…

君はあの時の市井の子らの1人…

あれは…残念だが世の中を知らない子供の戯言だ…」


「私はそうは思わない

あなたなら

私の事を愛してくれる

あなたなら

この国を愛しい国に変えられる

あなたなら

この国を今よりもずっと豊かにできる


どれもあなたにしかできないわ


私の王はあなただけ

この国の王はあなただけなの

あなた次第でこの国の未来は変わるわ」


「差し出がましいようですが

私ナーザレも

陛下とお妃様になら

この国を良い方向に

導いて下さる決断ができると

信奉しております!


おーいおいおい」


「貴様まで泣いてどうするのだ」


「陛下…グスッ…

この涙は誰にも止められません…

たとえそれが陛下であろうともです」


「ふん


その涙や鼻水で汚れた汚い顔を上げるでないぞ

今日はそのまま下がるが良い」


「はい

ありがとうございます…グスッ…


陛下、そしてお妃様

良い夜を…ズビッ…」


「貴様もなナーザレ

良い夜を」



天蓋越しにナーザレが下がる様子を見送ると

本当の意味で2人だけの夜が訪れた


水差しから杯に水が注がれる音


「その水はお前が?」


「いいえ、ナーザレに用意させたわ」


「お前はあいつを信じているのだな」


「それも違うわ、ハン


私はあなたが選んだナーザレだから信じられるの」


2人から遠くなるにつれて

話し声は聞こえなくなった

小さな小さな2人だけの笑い声


夜はまだしばらくは明けず

しかし、この国の夜は短い

きっと夜明けも近いとナーザレは思うのであった


これ以上2人だけの時間を邪魔するのも無粋なので

今日はこれで本当におしまい


決まり文句は

開け〜ゴマ!!


ではなくて


めでたしめでたし…ズビーッ…ズピーッ…



────────────────────

あとがき


ここまで読んでいただきありがとうございます。

作者自身も千夜一夜物語を直接読んだことはないのですが、映像作品の一つを見て王様と妃様のお話だったんだと知りました。

いつか本当の千夜一夜物語を隅から隅までじっくりと読んでみたいという想いも込めて綴っています。

この話を読んで本物の千夜一夜物語の方にも興味を持っていただけたら作者として非常にうれしいです。


余談ですが、原作では妃は『シェヘラザード』という名前なのですが、私の書いた妃の名前は『アイーシャ』としています。

『アイーシャ』はアラビア語圏の女性の名前としてよく使われるもので、「生きている」という意味の名前だというのを目にして、良い名前だな~と思って変えています。

この名前だけで王様がこの妃を殺せないのがわかってしまう人もいるかもしれません。


感想などをコメントくださるとすごく嬉しいです。励みになります。


ではまた別のお話で


みなさんも良い夜を

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