第13話 場違いな西洋情緒を味わひて

 山藤氏は家業の者らに告げ、配達用トラックに堀田氏を乗せて少し郊外の津島町へと向かった。

 最初に寄ったのは、養護施設よつ葉園。


 堀田氏の親戚はこの近辺ではないが、岡山市内に居住している。そのため、よつ葉園という養護施設があることを、彼は以前からかねて聞かされていたという。

「よつ葉園さんって、養護施設ですよね。例えば、戦災孤児とか・・・」

「それもあるが、この施設は、被虐待児なんかが多いみたいじゃ」


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 なぜか、スピーカーを通して全館に向けてレコードの音が流れている。

 お世辞にもいい音ではないが、それでも、西洋情緒あふれる音楽に変わりはない。


「この曲は、ゴセックのガボットですね」


 堀田氏の親族には音楽家がいるという。そんなこともあって、彼は幼少期から音楽に親しんでおり、その曲が誰のどんなものか、すぐにわかった。

「わしは、曲名までは知らなかったぞ。堀田君はしかし、教養溢れておられるな」

 感心する山藤氏に、堀田氏が尋ねた。

 久しぶりに音楽が聴けたことの喜びのようなものと、それがいささか場違いな状況下で奏でられていることのギャップを自分なりに埋め合わせようとして、こんな質問をしたという。


「ところで山藤さん、この音楽、何が目的でかけられていますねん?」


「これは、よつ葉園のお昼の合図。このレコードがかかったら、食事時間じゃ。子どもらは、今から私が米を納入する炊事室の向かいにある食堂に集まって食べると伺っている。堀田君みたいに曲名までわかっている子はおるまいが、この曲を聞けば、みんな、食堂に集まって昼ごはんの始まり、ってことよ」

「なんだか、姫路中時代に生物で習った「パブロフの犬」みたいですね」

「パブロフの犬、な。わしも、関西中の生物の授業で習ったから、覚えているよ」

「兵役なしの私が言うのも難ですが、起床のラッパみたいなものでしょうか?」

「例えは確かに難ではあるが、似たようなものではあるな」

「まさか、起床のラッパならぬ、起床のレコードを流しているとか?」

「実はその通りで、何じゃ、かっこうの曲をかけておられる」

「この調子なら、朝かけられているレコードは、かっこうワルツ、でしょか。子どもらにとっては「家」のようなものとはいえ、そんな形で起こされるのは、どうだろうなぁ、私は、勘弁ですよ(苦笑)」

「それはわしも、正直、同感じゃ。軍隊の起床ラッパよりは幾分ましかもしれんが」

「この地で流れた曲そのものを、嫌いにはならないで欲しいですね、このよつ葉園の子らには」

「そうじゃのう。坊主憎けりゃ袈裟までを、地で行っては欲しくはないものよな」

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