6.人と数字、それらはどう繋がる?

 先生からスマホを受け取った私は、できるだけ手早く、かつ慎重に操作していった。私が持っているのと同じ機種だからやり易い。


「……やっぱり」


 私はその画面を見て、推測を確信に変えた。


「おい、何やっているんだ?」


 私の様子を不思議に思ったらしい涼太君が、画面をのぞき込んできた。そこにはこう表示されている。


 一ノ瀬、1407位と。


 今、私が見ているのは「名字」についてまとめられているウェブサイトだ。ボックスに名字を打ち込んで「検索」することによって、その由来や全国における大体の人数等といった情報を得ることができる。日本全国の名字を多い順に並べた際の順位も得ることが可能だ。


 私の名字である「一ノ瀬」は前述の通り1407位。今の私の額に浮かんでいる数字と一緒だ。


「い、一ノ瀬さん? 今は、そんなことをやっている場合ではないでしょう?」


 服部先生が、涼太君と一緒に画面を覗き込みながら言う。


「いえ、これが重要なんです。今、私達の額に数字が浮かんでいますよね? これは名字の順位と同じなんじゃないかと思うんです。で、それが今の私達の強さにつながっているというわけなんです。例えば、ここに先生の名字を……」


 私は検索ボックスに「服部」と入力してボタンをタップした。「全国順位」の項目に「124位」と表示される。


「先生の額には『124』とありますよね? それと一緒です」

「な、何を言っているんですか?」


 服部先生は納得するどころか余計に混乱してしまった。もしかしたら、額の数字が身体能力の高さに繋がっていること……いや、自身の額に数字が浮かんでいることにすら気付いていないのかもしれない。だとしたら当然の話だ。


 私は以前、自身の「一ノ瀬」という名字が「フィクションによく出てきそうな珍しいもの」だと思って、このサイトで調べたことがある(実際のところは全国で一万人以上いて、さして珍しくはなかった)。その経験から、こういった法則を導き出せたと言えるのかもしれない。その時に出てきた順位を正確に覚えていなかったから、「法則」に辿たどり着くまでに少し時間がかかってしまったけれど。


 ちなみに、その際に日本で一番多い名字は「佐藤」だということも知った。今、「1」が額に浮かんで自宅で動けなくなっているらしい私の友達の名字も「佐藤」だ。これも「法則」にしっかりと当てはまる。


「それなら、俺のは9916位、というわけか?」


 涼太君が半信半疑といった様子で問いかけてきたので、今度は「永浜」と入力して検索する。


 結果として表示された順位は、4228位。


「えっ?」


 予想外の結果に、私はつい声をあげてしまった。ここには「9916位」と表示されているはずなのに、実際はそうじゃない。もしかして、私の推理が間違っていたということ?


「……違う。俺の名字の『浜』は正確には難しい方なんだよ。いつもは簡単な方で済ましているけど」


 ここで、涼太君が意外な事実を明かしてくる。テストの答案等ではいつも「永浜」と書いてあったから、勝手にそれが正しい表記だと思っていた。


「難しい方の『浜』って、分かるか?」

「えっと……これ?」

「それで合ってる」


 今度は「永濱」と入力して検索する。9916位だ。やはり、私の推理は間違っていないみたい。


「あのおじいさんの名字って、何だっけ?」

「『吉上よしがみ』だよ。『大吉だいきち』の『きち』に『うえ』で、『吉上よしがみ』」


 その言葉を受けて、私はボックスに「吉上」と入力し、「そこまで珍しい名字ではありませんように」と願いながら、検索ボタンに指を伸ばしていった。


 結果は、18438位。文字通り私達とは桁が違う。「吉」も「上」も名字でよく使われる漢字だというのに、この組み合わせだと珍しくなるようだった。


 ともかく、私達の希望は見事に打ち砕かれた。いくら法則が分かろうとも、吉上さんを超える数字を持つ誰かがここにいなければ話にならない。


「えっと、誰か、他に珍しい名字の人は……」


 私は体育館全体を見回した。生徒達は、もう一つの出入り口を必死に開けようとしたり、体育倉庫にある物を無理矢理武器にして迎撃しようとしたり、その場に座り込んでうつむき現実逃避をしたりと、それぞれがバラバラの動きをとっている。ある種のパニック状態に陥っていて、こちらの「推理」を素早く受け入れて理解できそうな人なんて見当たらない。


「ど、どれくらいで来ますかね? 警察は」


 生徒をまとめる立場の服部先生ですらこの有様だ。もう、何もせずに助けを待つ以外に方法は無いのかもしれない。


 その瞬間、涼太君の手が私の前髪をかき上げた。


 今朝も同じことがあったから、そこに親愛の情が含まれていないことは分かっている。でも、危機的状況による緊張感も相まって、私の体は無意識のうちに驚いてしまう。


「もしかして、と思ったけど……数字、俺と一緒になってる」


 涼太君が、私の体に起こったであろう変化を伝えてくる。


「えっ、どういうこと? 増えたの?」


 言われてみれば、何だかより体が軽くなった……それどころか、力が内側からみなぎってくるような感じがする。


 額の数字が変わった、ということは……


「……そうか、私、『永濱』になったんだ」


 お母さんが言っていた。「今日、役所で再婚に関わる手続きをする」と。それによって、私の名字が涼太君と一緒になったんだ。養子縁組の書類にサインしたからそのこと自体は知っていたけれど、このタイミングだとは。


「力を合わせれば……行ける?」


 私のその言葉に呼応するように、涼太君はゆっくりとうなずいた。


 ここには「9916」が二人いるので、合計すればその数字は20000近くになる。単純に足し合わせていいのかどうか分からないけれど、もう、そんなことは言っていられない。


 まさか、こんな機会が訪れるとは思ってもいなかった。


 親同士が再婚し、義理のきょうだいになって初めての「共同作業」が、魔王を倒すことでも料理をすることでもなく、突然現れた「謎の老人」を捕まえることになるなんて。


 その刹那、体育館の扉が壊され、大きな音を立てて床へと落ちた。




 出典:名字由来net(2022/12/20時点でのデータ)

 https://myoji-yurai.net/

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