第26話

 闘技場がその日の営業を終えた。

 マッチング時間の長い俺は、結局ダークネス戦が最後の試合となった。

 やや物足りないというのが本音だが、どうしようもないことだ。

 NPCにとってソウルブレイドの世界は現実そのもの。

 24時間年中無休というわけにはいかないだろうしな。


「お疲れさん。マジで良かったぜ」

「だろ? 俺が本気を出せばこんなもんよ」


 アルレの街にある、ありふれた酒場。そこで俺はアキラと祝杯をあげた。

 手に持った麦酒をグイと呷ると、何とも言えない満足感が込み上げてきた。


「ぷはぁ……本物みたいだ」


 やっぱVRってすげーな。

 味覚も然ることながら、喉越しまでちゃんと再現してるんだもんなぁ。

 オンライン飲み会が流行るのも納得だぜ。


「あ、そうだ。忘れないうちに渡しとかないとな……ほらよ」


 そう言ってアキラは金貨袋を俺に渡してきた。

 代打ちしてもらうために預けていた金だ。

 果たして、どこまで増えたのか。

 俺はインベントリに収納して金額を確かめた。

 

「32000ゴールドか。思ったより増えなかったな」


 期待してたよりも額面が低くて、無意識に不満を漏らした。これならもっと渡しておけば良かったぜ。

 切り札である課金やグレーな借金の事を考えて日和っちまったんだよな。

 次に参加する時は2万ゴールドくらい賭けるか。


「すぐに一番人気になってたからな。それでもかなりの大金だろ?」

「……まぁな」


 口では肯定したが、俺の心境は複雑だった。

 確かに3万ゴールドは大金ではあるが、ぶっちゃけ赤字だ。

 というのも闘技場で獲得した賞金がたったの5000ゴールドしかなく、賭博で稼いだ額と合わせても4万ゴールドに満たないのだ。

 もちろん毎日開催されているコンテンツの稼ぎとしては十分過ぎる金額なんだが……。


 如何せんマモンに課金した額が大きすぎた。


『別にいいじゃねぇか。闘技場はいつでもやってんだしさ』


 ま、それもそうか。確かに一日でペイする必要もないしな。


「ところでさ。お前に一つ提案があるんだが……」

「提案? 代打ちの報酬を寄越せってか?」

「ちげーよ。もっと金を稼ぐ方法についてだ」

「なんだ、そういうことなら早く言えよ。その方法ってのは?」


 俺が聞き返すと、アキラはシステム画面からブラウザ機能を呼び出して見せてきた。


「チャンネルを作って動画投稿しないか? この再生回数なら絶対儲かるぞ」


 ブラウザに映し出されたのは、俺の試合のハイライト動画だった。

 ちょうどダークネスと戦った試合で、その再生回数は既に1000万回を超えていた。


(動画の収益か……確かに稼げそうな気はするな)


 広告収益がどれほどのものかはわからないが、プレイ動画を出すだけで金が入るならやって損はないはずだ。


「でもよ、動画編集なんてしたことねーぞ? ソフトの使い方はともかく、ああいうのって作り手のセンスを問われるんじゃないか?」


 俺が疑問を返すと、アキラはイケメンらしく白い歯を見せて笑った。


「そこは俺に任せな。ケイは動画素材を提供してくれればいい。そしたら俺が最高にバズる動画を作ってやるよ」


 悪くない話だ。流石は陽キャ代表だけあってアキラの諸々のセンスは優れている。

 こいつに任せておけば、いい感じに動画を仕上げてくれることだろう。


「なら丸投げしていいか? 取り分は半分で構わねぇからさ」


 俺がそう答えると、アキラはなぜか目を丸くした。


「もしかして少ないのか?」

「いや、むしろ逆だ。俺の取り分が多すぎるだろ?」

「……え? お前が全部作業するのにか?」

「はぁ、説明するのも面倒だな。とりあえず俺は3割でいい。いいな?」

「お、おう……?」


 アキラは俺の眼前に三本指を突きつけてきた。

 その勢いに圧倒された俺は、その条件で了承することにした。


『……ククッ、いい友人ヤツじゃねぇか』


 鞘の中でマモンがカタカタと震えた。



 動画の件がまとまったところで、俺たちは店を出て別れた。

 外はすっかり暗くなっており、昼間ほどの賑やかさは無い。


「さて、どうするか。今日は配信も無いしな……」


 悲しいことに本日ウルちんの配信は休みだった。

 仕方がないので俺はゲームを進めることにする。

 

「あ、今のうちにサブクエストでも消化しとくか」


 思い立ったが吉日。

 俺はインターフェースを操作して進行中のクエスト一覧を開いた。

 そこからフラヴィアのサブクエストを開くと、彼女の位置が地図に表示された。


「ん? 今日は駐屯所にいないのか……って夜だし当然か」


 見ればフラヴィアの位置を示すピンは駐屯所とは異なる別の建物に刺さっていた。

 特に施設名の表示もないみたいだから、彼女の自宅っぽいな。


「ま、最終的には騎竜を見せてもらうために家まで行くんだ。直接行っても同じだろ」


 こんな夜分に自宅にお邪魔するのもどうかと思うが、されど相手はNPC。

 あまり深く考えずに俺は地図に表示された邸宅を目指して歩き始めた。



「ここがアイツの家か。結構いい所に住んでんだな」


 辿り着いたのは、そこそこ大きな屋敷だった。

 クエスト対象を示すマークは邸宅に重なってるし、ここがフラヴィアの自宅であることは間違いなさそうだ。

 それにしても庭付きの豪邸なんて羨ましい限りだぜ。


「それにしてもどうやって呼び出せばいいんだ? ドアチャイムとか無いよな?」


 そう思いながら周囲を見回していると、


「ケイ! 来てくれたのか!」


 嬉しそうに手を振りながら、フラヴィアが門のところまで駆けてきた。

 初めて見る彼女の部屋着姿。うーん、やはり美少女だな。


 それはさておき、いったいどうやって俺の訪問を知ったのだろうか。

 怪訝な表情をしていると、彼女が勝手に答えを教えてくれた。


「君の魂装ソウルギアの気配がしたからな。部屋にいてもすぐにわかったぞ」

「お、おう……そうだったのか」


 その気配ってのはマジで何なんだ。

 マモンを覚醒させた今、俺のステータスは彼女を超えたが、未だに理解できない。

 つか称号の詳細を見た後だとなんか怖いな。さっさとクエスト済ませよう……。


「それで騎竜を見せてもらうって話だったと思うんだが……」

「もちろんだ。ただ、もう時間が遅いからな。竜舎は閉めてしまったぞ」


 あぁ、そりゃそうだよな。NPCだって生活してんだから。

 これはゲームなんだという固定概念があるせいで、その辺の感覚にズレが起きちまうな。


「変な時間に訪ねてしまって悪いな。また日を改めるよ。じゃあ──」


 そう言って帰ろうとする俺の腕が掴まれた。

 何かと思って振り返ると、フラヴィアは頬を染めながら毛先をイジイジしていた。


「そそ、その、気にするな。今晩は……泊まっていくといい」

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