第15話

 大猿たちが住み着いていたという大穴には一時間ほどで到着した。

 山道で一時間と聞けばそこそこハードに思えるが、隼疾竜ラプトールのおかげで疲労は一切ない。これこそ騎乗アイテムのメリットだよな。

 ますます欲しくなってきたぜ。

 

「さて、これが例の大穴か。いかにもって感じがするな」


 岩壁にぽっかりと空いた巨大な横穴は、まさに魔獣の棲家といった様相だ。

 その入口部分だけでも相当広く、大型の魔獣でも出入りに支障はなさそうだった。


「ここからは徒歩で行くぞ」

「構わねぇけど、コイツら置いていって大丈夫なのか?」


 コイツらとは隼疾竜ラプトールの事だ。

 騎竜も魔獣の一種である事は百も承知だが、こんな魔獣だらけの場所に置いていくのは流石に不安が残る。

 討伐を終えて戻ってきたら帰る足がない、なんて事態は避けたいところだ。


「なに、心配はいらないさ。温厚ではあるが、魔獣の格としては高い。この辺りの魔獣にはまず負けないだろう」

「へぇ、そりゃ心強いな」

「ふふ、そうだろう。それより先に進もう。我々の敵はもうすぐ目の前だ」


 フラヴィアに急かされた俺は、その足を洞穴へと踏み入れた。



「意外と明るいな」


 洞窟の中はファンタジーに在りがちな光る苔みたいなものが生えていて結構明るかった。

 ま、言ってもゲームだからな。その辺はご都合主義なのだろう。


「……つか気味が悪いほど生き物の気配がしねーな」


 それよりも違和感だったのは、その静けさだ。

 これほど広く大きな洞窟なのだからコウモリや昆虫型の魔獣がいてもおかしくない。

 だが、ここでは虫が這う音すらしなかった。


「虫も逃げ出すような強者がここに居着いているということだ。そんなことより気をつけろ。ぞ」


 フラヴィアの警告を受けて、俺はマモンを握り締めた。


『──グルルルゥゥ』


 次第に聞こえてくる重厚な息遣い。パチパチと何かが弾けるような音。

 やがて、洞窟の主が俺たちの前にその姿を現した。


「こいつがラギラトス……」


 見た目は竜というよりワニに近かった。

 翼膜も無ければ、胴体の大きさに対して手足も短い。

 おまけに顎が大きくて長いものだから、余計に鰐っぽく見えた。


 とはいえ高位の魔獣であることは間違いない。

 その巨体もそうだが、もっと特徴的なのはその鱗や外殻だ。

 その蒼い鱗や外殻はとても刺々しく、表面にはバチバチと青い稲妻が走っていた。


「圧倒されるなよ。既に奴は臨戦態勢に入っている。スキを見せればあっと言う間に雷撃の餌食だぞ」


 俺が気圧されているように見えたらしい。

 フラヴィアがそんな風に声をかけてきた。


「いや、大丈夫だ。それより何か作戦はあるのか? ありゃ一筋縄じゃいかねーぞ」


 俺が問うと、なぜか彼女は不敵な笑みを見せた。


「ふはは、私は騎士だぞ? 魔獣相手の戦術など知らん!」

「そうか、知らないのか……って、ねーのかよ⁉ よくそれで堂々と笑えるなっ⁉」


 清々しいまでのノープラン宣言に、思わず叫んじまった。

 まさかこの女、脳筋タイプなのか?

 今思い返せばINTが極端に低かった気もするような……。


「だが、心配するな。悪竜の退治方法など古来から決まっている」

「はぁ、何か共通の弱点でもあんのか?」


 あまりに自信満々に言うので、念のために聞いてみた。

 もちろん期待はしていない。が、無視するのも可哀想なので一応だ。


「──とにかく首を落とせば良いのだ。伝承で活躍した竜殺しの英雄たちは、例外なくそうしてきたのだからな! つまり、急所は首だ!」

「やっぱ脳筋じゃねーか⁉ 大体の生き物はそれで死ぬわ! つか、その伝承とやらは絶対、脚色されてるからなっ⁉」

「さぁ、私に続け! 領内を脅かす悪竜を我々で討ち取るぞ!」


 俺のツッコミをスルーした挙げ句、ラギラトスに向かって駆け出すフラヴィア。心做しか、その表情は楽しそうだ。


「だぁー! 仕方ねぇな! 行くぞマモン!」

『ククッ、熱血騎士サマのお守りは大変だなァ』

「うるせぇ!」


 不満しか無いが、自己を持つNPCの行動を制御することはできない。

 全てを諦めた俺は、フラヴィアに続いて疾駆した。


『グオオォォォッッッ‼』


 俺たちが動き出したのと同時に蒼鰐竜ラギラトスが咆哮を轟かせた。

 あたかも俺たちの戦意に反応したかのように見えるが、多分違うと思う。ボスキャラとして会話イベントが終わるまで待ってくれていたと見るべきだろう。

 そう思うくらいに、俺たちの会話は馬鹿らしかった。


「まずは小手調べだ──【黒欲舞刀】ッ!」


 間合いを確保しつつ俺はマモンを振るった。

 刹那に放たれた黒い斬撃。相手は巨体で外す要素は微塵もない。

 俺が放った斬撃は、蒼鰐竜ラギラトスの肩付近に命中した。


「ちっ、流石に硬いか」


 だが、斬撃はヤツの蒼い鱗を僅かに削っただけで、お世辞にもダメージを与えたとは言えない。


「その剣気を飛ばすスキルは見事だな。だが、格上相手では威力が足りないぞ! 私に倣え──【輝勇剣ホワイト・ナイト】っ!!」


 続くようにフラヴィアが蒼鰐竜ラギラトスの右脚付近に詰め寄り、武装スキルを放った。

 それは光輝を纏った白銀の剣だ。それを彼女は神速で振るった。

 白く美しい剣閃が、蒼を斬り裂く。


『グオオォォォォッ‼』


 ヤツの硬い鱗が裂かれ、鮮血が吹き出した。

 彼女のような高いSTRがあれば、それなりにダメージは入るようだ。

 だが、それでも致命傷には程遠い。


『グオォォッ‼』


 フラヴィアを顎で捕らえようと、蒼鰐竜ラギラトスが首を振った。

 巨体が故に、その攻撃範囲も相当なものだ。


「くっ!」


 前後左右への回避では避けれないと判断したフラヴィアは大きく跳躍することで、大顎のフルスイングを躱した。

 だが、蒼鰐竜ラギラトスの攻撃はそれだけで終わらない。

 攻撃を回避されたと理解したヤツは、すぐさま次の攻撃モーションに移った。


「おらッ! 俺がいることも忘れんなよ⁉」


 フラヴィアに気を取られている隙に、俺はヤツの懐に潜り込んだ。

 狙うは鱗のない腹部の表皮──そして放つは、100万円の新スキルだ。


「【黒欲烈閃】ッ‼」


 その刀身に赤黒いオーラを纏わせ、俺は怒涛の連撃を繰り出した。

 

「おらおらおらおらおらァッッ‼」


 斬る、斬る、斬る……ひたすらに斬るッ!

 一撃で斬れぬなら、二撃。二撃で斬れぬなら、三撃と。


 俺が手にした新たな力は、その名が示す通りの連撃スキルだった。

 その圧倒的な手数によって俺は、ヤツの表皮を裂き、その肉へと刃を差し込んだ。


『グガォォオオォォッッ⁉』


 苦痛から逃れるように、蒼鰐竜ラギラトスが上半身を大きく仰け反らせた。


『これは予備動作だ。潰れたくなかったら距離を取りな!』


 マモンの警告を受けた俺は猛ダッシュで後方に駆けた。

 その警告は正しかったようで、俺が元居た場所にヤツの巨体が降ってきた。


「のわッ⁉」


 数秒後には、轟音が響き、大きく大地が揺れ動いた。

 重量を最大限に活かしたボディプレスの衝撃は凄まじい。

 直撃は避けたものの、俺の身体は衝撃波で軽く吹き飛ばされた。


「あっぶねぇな……」


 VRとはいえ、その現実感は圧巻の一言だ。

 俺は無意識のうちに率直な感想を溢していた。


「やるじゃないか、ケイ」


 いつの間にか退避していたフラヴィアが俺に向かって笑いかけていた。


「お、おう……。つか、さっきの攻撃、アンタにまで警告する余裕がなかった。悪いな」

「ふはは、あれくらい私なら察知できる。むしろ私が警告すべきと考えていたくらいだが、君には必要なかったな!」


 彼女にはマモンのような便利なアイテムは無いはずだ。

 それなのに、あれが攻撃の予備動作だって気づいたのか……。

 やっぱネームドNPCって実力だけは半端ねーんだな。脳筋だけど。


『おい、呑気に談笑してる場合じゃねーみたいだ。あれを見ろ』


 マモンに言われて、俺は蒼鰐竜ラギラトスの方に視線を戻した。

 先ほどのボディプレスによって舞い上がった砂煙。

 その奥で、何やら青白く光る球体が浮かんでいるのが見えた。

 なんだ、ありゃ?


『こりゃ、特大のが来るぞ……‼』

「は? えーおー……何だそりゃ? ちゃんとわかる言葉で説明しろっての」

『これだからネットで知識を得ただけの素人は! エリア・オブ・エフェクト──つまりはだ! 死にたくなけりゃ死ぬ気で避けろッ‼』


 マモンが語気を強めて叫んだ、その次の瞬間。

 砂煙を引き裂いて、無数の蒼い雷撃が飛来してきた。

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