とある就活の日 ―魔王編―

 今回も就活の話。

 これは確か就活を始めたての頃だったと思う。


 この頃私はどんな業界・企業に行きたいか、といった展望が全くなく、どちらかというと「こんな自分でも雇ってくれる企業はあるのだろうか」といった超絶後ろ向きメンタルで就活サイトを眺めていた。

 教員志望以外だと、私のいた学部は恐ろしく就活向きではなかったので、とにかく「自分がやりたい事」や「興味のある業種」より「自分に出来る事」で職を探していたと思う。


 だから在学中になんとなく取った旅行系の国家資格(出不精のくせに)を元に、ホテルや旅館なんかを適当に受験していた。

 業界に大した情熱や思い入れはないので志望動機もクソもないのだが、そこは文芸部で培った謎のストーリー作成能力で書類選考だけはよく通った。

 本当にあの頃私なんかのために面接を担当して頂いた企業の担当者には申し訳ない。


 そんな卒業後の将来に夢も希望もない、何ならこのままずっと責任のない学生時代よ続けとすら考えていたモラトリアムガールの私だったが、ある企業の採用担当者と出会い、そこから先は割かし真面目に考えて就活をするようになった。

 相変わらず前置きが長いが、そんな話だ。


 その企業は民宿とホテルをいくつか経営している小さな会社だった。全国でも「おんせん県」として名を轟かす大分県にいくつもある会社のひとつ。

 私は人生で温泉に浸かったことなど片手で数えるほどだったのだが、その会社には「温泉いっぱい入れそう」とかいうふざけた動機でエントリーシートを送ったと思う。今考えても本当にふざけてる。


 あろうことかそれが通り、私は面接のために大分県へ招聘しょうへいされることとなった。

 電車に揺られて数時間。そこかしこの排水溝から湯煙が上がる街へ降り立ち、ひなびた街並みを抜け、面接会場となる小さなホテルの会議室に辿り着いた。


 面接は当たり障りのない内容だった。特筆するような事もなく、「学部学科・自己PR・志望動機」という判で押したような就活三大質問が繰り出され、それに求められるような回答をする。

 まあ面接自体がまだ数件目だったのでこちらとしてはありがたかったけれど、これでいいのかと拍子抜けたような思いもした。

 他の就活生の放つ志望動機を聞きながら、ぼんやりと「帰りは何買って帰ろうかな、やっぱ温泉卵は定番だよな」とかどうでもいいことを考えていた。

 だから面接官の放った最後の方の質問に虚を突かれたような思いをしたのだと思う。

「では最後に……皆さんは、大分の観光産業をどうしていきたいですか」


 なるほどそうきたか。

 多分この質問自体に大きな意味は無い。減点項目というよりは、何かしら面白いことを言って面接官の印象に残るための加点項目だ。

 ものすごくこの会社に思い入れはなかったが、何故か私はここで上手いこと点を取ってやろうという根性が芽生えた。

 テストでも天井のない加点方式の設問には熱が入るタイプだ。

 私はゆらりと立ち上がると、訴えるような目で面接官の目を真っ直ぐ見つめた。


 具体的に何といったかは覚えてないが、確か以下のようなことを喋ったのだと思う。

「私は……私は悔しいです。この街に降り立ってこのホテルまで歩く最中、いくつもシャッターを下ろした店先を見てきました。大分県の温泉は国内のみならず、世界に誇ることができる観光資源であるというのに、それを活かしきれぬまま消えていく企業のなんと多いことか……だから私は一企業に留まらず、企業の壁を越えて大分県の魅力を発信できるような取り組みをすべきだと考えます」

 我ながら役者じみた言い回しだが、よくよく読まなくても内容の薄っぺらさが分かると思う。そう、何も実のあることは言ってない。

 けれど、面接官の30代くらいの男性は違ったようだった。眼鏡の奥の瞳を輝かせ、私の言葉にいたく感心したように拍手を送った。

 あの時だけは「私は詐欺師の才能があるかもしれない」と思ったものだ。


 面接官は早々に面接を終えると別室に私を呼んだ。机にコーヒーまで出てきて、私は何だか嫌な予感がして内心冷や汗をかいていた。

 面接官は向かいの席に腰を下ろすや否や、口を開いた。

「実は僕――面接官のふりをしていたんだけど、この会社の専務なんだ。父が社長をしていてね。さっきの話、凄くいい。感銘を受けたよ。もし良ければこのまま内定を出したいんだけど」

 マジか。とんだ伏兵だった。私は笑顔を貼り付けたまま凍り付いた。

 一次面接のつもりが最終面接になってしまった。しかも記念すべき初内定。どこぞの成り上がり系Web小説みたいな出来すぎた話だ。


 しかし真面目そうな眼鏡の奥に光る瞳は、まっすぐにこちらを見ている。

「僕達は大分県の観光産業をさらに盛り上げていきたいと考えている……将来は大分県を訪れる人々の誰もが弊社の名を知っているような大企業に羽ばたくために……君の力が欲しい!」

 即内定を出す気概があることだけは分かった。すごい思い切りようだ。私が専務だったらその勇気はない。

 今のところ具体的な観光産業を盛り上げる方策に「ポイントカードを作る」くらいしか思いついてないなんて言えない雰囲気だった。

「そして大分を手に入れた暁には――その半分を君に託そう!」

 そんな魔王みたいな台詞を吐かれても。選び取ったらろくなことにならないやつだ。

 しかし若き専務の目は本気マジだった。


 うっかり大分県の未来を背負わされそうになっていた私は、適当に微笑んで結論を先延ばしにしてその場を退出した。こうもグイグイ来られると引きたくなるものだ。

 しかし帰りの電車で温泉卵を齧りながら、「将来会社でやりたいことって何だろう」とも思った。

 自分のできる範囲で、ただ与えられた業務をこなすのが仕事だと思っていた。でもあの専務は真面目に「大分を盛り上げたい」という目標に邁進していた。そんなことができるのは県知事とか、なんかこうそういう偉い人だけだと思っていた。

 一社会人でも、そうした会社の枠組みを超えた社会貢献的な目標に向かって仕事していいんだな、と考えるきっかけにもなった。自分の目指す方向性と会社のやりたい事が合致していたらきっと楽しいだろうな。いや、今の時点でそんな大それた目標は持ってないけれど。

 とにかく魔王の情熱に当てられて、私は一度腰を据えて真面目に就活しようと改心したのだから、彼には感謝をしなければならないだろう。その後内定辞退はしたけれど。


 さっき調べたらその会社はまだ健在だった。だが業績的に見てもまだ大分で天下を取るのは当分先だろう。杉乃井ホテルはやっぱり強い。

 しかしいつかあの魔王が大分県を背負って立つ日が来るかもしれない、という気がしないでもない。来ないかもしれないけれど。

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