ちゅうこくのてがみ

 ピーンポーン♪

 ゲームを楽しんでいる隼人の耳元に、ふとインターホンが聞こえた。

「はーい、少々お待ち下さーい」

 母が出て行く。

 まあ、そんなことはどうでもいいか。

 と、気づけばゲームでは大ピンチを迎えていた。早く新しいゲームをプレイしたい。この時、隼人からサンタの存在は脳内からすでに消えていた。




 だが、再び頭の中に戻ってきたのがこの時間。

「ちょっとお茶」

 二時間くらいシューティングゲームをしていると、さすがに目が疲れてきた。

 やかんの麦茶を注ぎ、椅子に座って少し机の上に置いてあった母のスマホをいじっていた。

 理由は特にない。


 別に何かをすることもなく、ゲームに戻ろうとスマホを置いた時だった。

 視線がパソコンの方へ向いた。パソコンの前に、少し段ボール箱が見えている。

 ――良いじゃないか。十個まであと一個だぞ。

 ふと、昨日の父と母の会話がフラッシュバックする。

 ――まさか?

 バクバク、バクバク、バクバク、バクバク。

 しとしとと汗が流れる。この段ボール箱の中身は。

「内容物……ゲームソフト、彫刻刀……」

 一昨日、母と父が見ていたショッピングサイトのロゴ。さらにゲームソフトと彫刻刀という、まさに。

 ――俺と善人が頼んだものだ。

 本当にサンタは。

 ――いない、のか。じゃあ、あの手紙もママが。

 謎の手紙も親が仕組んだものだと考えると少し怯えが治まったような気もする。だが、やはり贈り物をくれる聖者の存在を否定されることは、サンタ信者としては悔しかった。


 あの段ボール箱を見たおかげで、隼人はすっかりゲームをする気力すら消え失せてしまった。

 ミカンが置かれた机の上で、ただボーっとしていた。

「あ、そう。隼人、また何か届いてる」

「……分かった」

「置いてるからね」

「……はい」

 母は不思議そうな顔をしている。たった今さっきまでシューティングゲームに弐時間ものめり込んでいた男がこうなのだから、そりゃあ気になるだろう。

 サンタが本当にいるように演じている母は、一体何を考えているのだろうか。

「この手紙とか前の手紙、誰が送ってきたか分かる? まさかママのイタズラじゃないよね」

「は? そんなイタズラするわけないでしょ。お金の無駄だし。……でも、確かに送り主、分からないね……切手が貼ってなかったってことは、このポストに直接入れたってことだろうね。なんか怖いなぁ」

 のんきな回答だ。だが、正直母に慌てふためく様子はなく、真剣に考えこんでいるように思えた。

「取り合えず、これ開けてみな」

「うん」

 ペーパーナイフで丁寧に封筒を開けると、一枚の紙があった。


「忠告・今夜で君の命運が決まる。生きるか死ぬかは、君次第だ。বিশ্বাস নকৰিলে ডাৰ্ক চন্তা আহিব」


「なに、この文字。アラビア語ではないし……古代文明の何かみたいな」

 ハハハと母は乾いた声で笑った。だが、その目は笑ってはいなかった。

 命運、つまり自分の運命だ。命に関係することか――?

 少し鳥肌が立つのが分かった。この送り主は一体、誰なのだろう。

 と、その時だった。


 コンコンコンコンコンコン


 窓を叩く音。しかも、それは延々と鳴り続ける。今、この家には母と自分しかいないのに。

 二人とも一気に顔をこわばらせ、嫌でも入ってくる音を防ごうと、耳を抑えた。

「あれ……二階から聞こえた、よね?」

「パパは会社で、善人は友達と遊びに行ってるけど……」

「……ママ、確かめてきてよ。何がいるのか」

「なんでママが。隼人、男でしょ」

「いや、男とか関係ないでしょ。ここは大人が」

 と言った時に、ノックの音ではない。


 確かに、カラカラカラという音が鳴った。


 再び静寂が訪れる。

「窓が開く音、かな……」

 母が静かに呟いた。

 隼人の口の中がみるみる乾いていく。戦慄が体を貫くのが分かった気がした。

 結局、二人とも何も喋ることができないまま、それぞれ三十分ほど座っていた。

 血流が正常に近くなってきたところで、やっと飾り付けを始めた。もちろん冷えた空気のまま。




 クリスマスイブの夕食が始まった。

 家族四人の食卓で、父と善人は元気だったが、母と隼人はそれどころではない。

 ――まさか、今日の夜も。

 昨日の夜、鈴の音が聞こえたということは、まさか、今日は……?

 チキン、ピザ、ローストビーフ、そしてケーキを食べるときも常に頭の中心に「怪奇現象」の文字が膨張し、下が渇いて全く味が分からなかった。




 今日初めて二階に上がり、自分のベッドに寝転がった。

 善人の方を見て、うなずき合った。

 ――サンタ、見てみようぜ。

 試さないと気が済まない性格の隼人は善人を誘い、起きることにした。が……あの手紙を見てみると、恐怖心ばかりが勝る。

 と、布団に入って早々、暖かい布団の中で鳥肌が立つ“声”が耳に飛び込んできた。


「フォーッフォッフォッフォ」

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