第二夜 『 重金縛り 』

 

 ある冬の日。

 休日の昼間。一人暮らしのマンションで急な眠気に襲われた。


 「少し、仮眠でも取ろうかなぁ……。」


 と、自宅の寝室の扉を閉め、暖房をつけたまま、ベットに仰向けで寝転んだ時の話だ。


 数十分間。身体が痺れて動けない。


 それは突然に襲われる――金縛りだった。

 

 金縛りとは医学用語で『睡眠麻痺』と呼ばれる現象で、一般的に30〜40%の人が一生に1回は経験していると言われている。


 睡眠は、大脳を休息させる『ノンレム睡眠』と、身体は休んでいるが、脳は活発に働いている『レム睡眠』が一晩の間、交互に訪れる。


 レム睡眠中は全身の筋肉が弛緩していて力が入らない状態で、このときに突然脳だけが目覚めると『睡眠麻痺』が起きるのである。


 この時、何故か怪奇現象に襲われることがある。


 それは何故かというと『睡眠麻痺』が起こるレム睡眠中は夢を見ていることが多いからだ。


 つまり、死んだ人の声や知らない人が見える現象は『夢』を見ている状態。

 

 レム睡眠中は筋肉を動かせない状態なので、意識的な深呼吸もできない。

 

 だから……。

 

 「体を押さえつけられて動かせない」

 

 「誰かが胸に乗っていて息苦しい!」


 と感じるのである。

 

 また、瞼(まぶた)を開く筋肉も動かせないから、目を開くことはできない。


 何かを見ているような気がしても、全て夢の中の出来事である。

 

 レム睡眠時は感情情報の処理に関わる脳の扁桃体(へんとうたい)という部分の活動が活発になる。


 この扁桃体は『恐怖』、『不安』という感情をコントロールする部分でもあるので、『睡眠麻痺中』に見ている夢は怖いものが多いと言われている。


 原因はストレスか、寝不足。


 それは、私にとってはいつもの事。


 そう――思っていた……。


 

 ――そいつが来る前までは――。

 

 

 突然、部屋の扉がゆっくりと――開く。

 


 意識を保ったまま、視線、眼球は――それをはっきりと捉えていた。

 


 その開いた扉の下から這いずるかのように蠢く黒い影。

 


 「 うわぁ…… 」

 


 声にならない声。

 


 だが、驚きの声は短く――出たと思う。

 


 だから……そいつに気づかれたのだ。

 


 そいつはゆっくりと這いながら、こちらへと近づく。

 


 これは……夢だ。ストレスが見せる……悪夢だ。

 


 やがて、そいつはベットの下まで来て……視界から消える。

 


 そのまま何事も……なく、終わってくれ!

 


 ……。

 

 

 思わず、息を呑んだ――瞬間。


 

 その期待は……。

 


 泡のように消えるのであった。

 


 ――!?。

 


 私の脚を押さえつけられる圧。

 


 そいつは足元から這い上がってきている……。

 


 確かな重さ……胸へと……息苦しさに襲われる。

 


 そう、私の身体……。

 


 ……布団の上を登って来ているのだ。

 


 これも……例の症状、ただの悪夢だ。

 


 と何度も言い聞かせた。

 


 しかし、身体の自由はまだ、利かない。

 


 固まった顔、視線は天井の一点を凝視したまま。

 


 ゆっくりと、フレームインする。

 


 その黒い影は……。

 

 

 蠢きながら、やがて……人の形、顔を模し始め……。

 


 そして、……。

 

 

 

 私の耳元で囁くのであった。

 




 

 如是我聞一時仏在舍衞国祇樹給孤獨園与大比丘衆千二百五十人倶皆是大阿羅漢衆所知識長老舍利弗摩訶目犍連摩訶迦葉摩訶迦旃延摩訶倶絺羅離婆多周利槃陀伽難陀阿難陀羅睺羅憍梵波提賓頭盧頗羅墮迦留陀夷摩訶劫賓那薄拘羅阿㝹樓駄如是等諸大弟子并諸菩薩摩訶薩文殊師利法王子阿逸多菩薩乾陀訶提菩薩常精進菩薩与如是等諸大菩薩及釋提桓因等無量諸天大衆倶爾時仏告長老舍利弗従是西方過十万億仏土有世界名曰極楽其土有仏号阿弥陀今現在説法舍利弗彼土何故名為極楽其国衆生無有衆苦但受諸楽故名極楽又舍利弗極楽国土七重欄楯七重羅網七重行樹皆是四宝周帀囲繞是故彼国名曰極楽又舍利弗極楽国土有七宝池八功徳水充満其中池底純以金沙布地四辺階道金銀瑠璃玻瓈合成上有樓閣亦以金銀瑠璃玻瓈硨磲赤珠碼碯而厳飾之池中蓮華大如車輪青色青光黄色黄光赤色赤光白色白光微妙香潔舍利弗極楽国土成就如是功徳荘厳又舍利弗彼仏国土常作天楽黄金為地昼夜六時而雨曼陀羅華其国衆生常以清旦各以衣裓盛衆妙華供養他方十万億仏即以食時還到本国飯食経行舍利弗極楽国土成就如是功徳荘厳。



 

 

 その瞬間、ふっ と、意識が途切れる。


 そして――次の瞬間には覚醒。


 朦朧とする意識の中。


 大量の汗と呼吸を整える。


 身体の自由は?――利く。


 腕も、足も動く。


 「良かった……!」


 これはただの『睡眠麻痺』だ。


 何てことのない……。


 医学的に証明された、ただの『現象』。


 ……。

 

 だが、……一つ。


 どうにも腑に落ちない点がある。


 それは……。


 部屋の中。

 

 そう、のである。

 

 

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