第34話 クールイケメンが秘める羨む気持ち

<三人称視点>


 久遠くおんは、明け方の前より桜花おうか家のトレーニングルームを訪れていた。

 賢人と手合わせをした次の日だ。


「ハァ、ハァ……」


 彼をイケメンたらしめる茶髪はかき上げられ、行っていたトレーニングのハードさがうかがえる。


「……賢人君」


 そっと手を触れた場所には、昨日賢人が大魔法で開けた大きな破壊の跡。

 そうして久遠は、そのすぐ隣に拳を構える。


「──はあッ!」


 ドゴッ!


 身体能力を向上させた久遠のパンチでも、壁にはかすかな傷がつくだけ。

 

 この壁は強力なモンスター製だ。

 傷をつけるだけでも相当な威力なのだが、やはり隣の大きな跡と比べると見劣りしてしまう。


「……くそっ!」


 その比較で、己の弱さを改めて自覚する久遠。


 普段は、決してこんな態度は見せないクールビューティーな久遠だが、それは自身を姿。


 彼の内に秘めた本当の性格は、人一倍負けず嫌いな熱い男。

 表には出さない、実に人間らしい性格であった。


 この負けず嫌いが、高校生という若さで彼を凄腕エージェントまで育てたと言っても過言ではない。


に、もっと力があれば……」


 普段は「僕」の一人称も、クールさを忘れて「俺」となっている。


 久遠皇輝こうき

 実は彼は兼ねてより、中村にいた悪魔『グラエル』をずっと追っていたエージェント。


 グラエルを追うのは、かつて中村のように悪に呑まれてしまった親友の為でもあり、その時に親友を救えなかった自分を許せないから。


 そんなグラエルを、まだエージェントと言うには色々と足りなすぎる賢人新人が、あわや討伐しかけたという話を聞き、久遠は一層悔しさをにじませる。


 賢人への憎悪は向かずとも、己が許せない。


 また、前世が『賢者』だという賢人の話についても、その時はいつも通りクールを装ったが、賢人の事はとても羨ましく思えた。


 さらに久遠にはもう一つ。

 思春期ならではの羨む思いを賢人に抱く。


「朝から精が出るわねー」


「! ひかり……」

 

 地下トレーニングルームに顔を見せたのは制服姿のひかり。

 その学園のアイドルの姿に一瞬ドキっとしつつも、いつものクールさで自身をおおう。


「賢人の奴、本当にやってくれたわね」


「すごいよね」


「ま、壁にも自動修復機能もついてるし、三日後には戻ってるんだろうけど」


 ひかりは賢人が破壊した跡を触りながら、呆れ気味につぶやいた。

 当然ひかりも、自分の異能ではこうはならない事を分かっている。


「……」


 その姿を複雑な気持ちで眺める久遠。


 久遠はひかりが

 それは“異性”としての意味で。


「ひかり」


「ん? なによ」


「ひかりは賢人君のことをどう思ってるんだい?」


「なっ! ど、どうって、言われても……」


「……」


 久遠の質問に明らかな動揺を見せるひかり。

 この時点で答えは出ているようなものだ。

 それでも、ほんのからかう気持ちで質問を続ける。


「ほら、昨日告白の流れになったじゃん。それについて、ひかりの方はどう思ってるのかなーって」


「……わたしは」


 ひかりも、裏社会の頼れる人物として久遠の事は信頼している。

 だがそれゆえに、久遠とはそういう間柄にはならないとも思っている。


「賢人の事は……す、好き、だけど」


「ははっ、そっか」


 久遠は胸が締め付けられる気持ちを抑え、さわやかに笑った。

 ひかりの前なら少しさらけ出せる熱い気持ちも、今はぐっとこらえてクールを装う。


 今まで数多の女の子を惚れされてきた久遠。

 それでも、自分の想い人だけは振り向かせることが出来ないでいる。


「ますます羨ましいねえ、賢人君は」


「……周りには黙っててよ」


「当たり前だよ」


 ひかりに言われるまでもなく、久遠は決して口を割らない。

 朝から苦い気持ちを味わったが、それをそっと心の奥にしまった。


「じゃ、ルームのシャワーだけ借りるよ。学校には先に行ってて。後で屋上で待ち合わせで」


「わかったわ」


 二人で登校するところを周りに見られれば、また噂になり、角もたつ。

 一緒に行こうとしないのは、学校カースト最上位の二人ならではの配慮であった。


 不穏な始まりとなったこの日。

 しかしこの日の学校で、また新たなが生まれることとなる。

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