第35話 久遠の協力要請。と新たな芽?

 久遠と手合わせをした次の日、朝のHRホームルーム前。

 すっかりエージェントの集合場所となっている屋上で、ひかりと雑談をしている。


 そこに、予定時間を少し過ぎて扉が開いた。 


「お待たせ」


「あ、来た。久遠が遅刻なんて珍しいね」


「ごめんごめん、朝寝坊しちゃってさ」


 俺と久遠の挨拶にひかりは黙ったまま。

 今日はすでにどこかで顔を合わせたのかな?


「イケメンでも寝坊とかあるんだ」


「どういう意味だよ、賢人君!」


 と、久遠と軽く挨拶をしたところで、早速本題に入る。


「じゃ、おふざけはここまでということで。話をしてもいいかな」


 久遠の言葉に、俺とひかりは同時にうなづく。

 ひかり以外のエージェントとは初めての仕事の機会だ、しっかりと聞いておかないとな。


「まずは──」


 久遠から説明されたのは、「この辺を根城ねじろとする組織がモンスターをかくまっている可能性がある件」について。

 これは、悪魔グラエルではない方の久遠の目的だ。

 

 組織の名前は『被毛ひもう会』。

 なんでも、最近の闇の取引において出回っている物がモンスターに関連している可能性が高く、その流通元がこの組織だと突き止められたそうだ。


 組織の構造や組員の情報も把握しつつあり、さすがはエージェントと言ったところ。


「というか被毛って……」


「そう、犬や猫の毛のことだよ。その出回っている物っていうのが、白くてモフモフした謎の素材で、汎用はんよう性が異常に高いらしいんだ」


「へえ……」


 白くてモフモフ、さらにファンタジーと言えば……いや、まさかな。

 よく出てくるような犬の大きな魔物を想像したが、今は考えないようにした。


「それで久遠、潜入はいつ開始するんだ?」


「今は状況を見て、としか言えない。まだ証拠を掴んだわけでもないからね」


 エージェントにも信頼関係や地位というものがあり、なんでもかんでも力でねじ伏せれば良いわけではないらしい。

 エージェントはあくまで社会の者だからな。


「それで、俺は行かなくていいのか?」


「そうだね。ちょっと申し訳ないんだけど……」


「?」


 久遠は顔の前で手を合わせて申し訳なさそうに言ってきた。


「賢人君は、エージェントとしてはまだちょっと甘いところが目立つからさ」 


 がーん!

 いくら爽やかな顔で言われてもショックだぞ!

 

「やーい、振られてやんの」


「うるさいぞ、ひかり!」


 口元に手を当ててニシシと笑うひかり。

 こんのー……まあ、可愛いから許すけど。


「ということだから。二人はとりあえずは待機しててほしい。連絡は追ってするよ」


「「了解」」


 俺はひかりと返事を合わせ、この場はお開きとなった。

 この感じだと、しばらくは動きがなさそうだな。


 



 その日の放課後。

 久遠とは会わず、ひかりとの定期報告を終えて廊下を歩く。


「うーん……」

 

 今朝に久遠から色々話は聞いたけど、とりあえずエージェントの仕事はお預け。

 今のところ仕事が舞い込んでくる予定もないし、しばらく裏社会は暇かなあ。


 なんて考え事をしていると、後ろから俺を呼び掛ける声が聞こえる。


「如月君~!」


 この、あまり通らないけど聞いてて心地よい声。


 俺は確信を持って、振り返りながら返事をする。

 黒髪ストレートをひらひらと舞わせて廊下を走って来たのは、やはり彼女だった。


「音葉さん!」


「よかった、やっぱりまだ帰ってなかったんだ!」


 あの方向は、下駄箱の方か?

 もしかして俺の下駄箱をわざわざ確認したのだろうか。


「うん、ちょっと用事があってね……」


「あ、そっか」


 音葉さんは何かを察したように頷いた。

 遅くまで残っていたのが、エージェント関連だと勘付いたのだろう。


「それで音葉さん、どうかしたの?」


「……ううん、やっぱりいいかな。如月君、忙しそうだし。ごめんね急に呼び掛けて」


「えっ?」


 しかし彼女は、そう言いながらトボトボと横を歩いて行く。

 明らかに落胆した感じだ。

 

「音葉さん、待って!」


「如月君……」


「話があるなら聞くよ! なんでも言ってみて」


「う、うん……!」


 俺の事を考えて遠慮したのだろうけど、それは必要ない。

 なぜなら、俺は今、暇人エージェントだからだ!


「私ね」


 そうして音葉さんは晴れたような顔で言った。


「文芸部を復活させたいの!」

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