二話 見せちゃいたい魔女の正直な話

 目の前には名乗りをあげて全裸で胸を張る少女が一人。なんでこんなことになっているのかと昨夜から思うことばかりだが…………本当になんでこんなことになっているんだろうか。


「見えざる魔女…………痴女ではなく?」


 最低限の自己紹介も済んだので、とりあえず精神安定の為にも僕はもっとも聞きたかったことを口にしておく。


「わたくしは痴女でも露出狂でもないの!」


 顔を赤くして少女、朝倉結と名乗った魔女は叫ぶが…………それならばあんな場所でなぜ全裸で立っていたのか疑問だし、ここに至るまでも一切服を着るとか身を隠すようなそぶりもしなかったのは何なのか。


「ちゃ、ちゃんとこの格好には理由があると言ったはずなの」

「…………まあ」


 確かにそんなことを口にしていたと僕は思い出す。


「さっきも言った通りわたくし達見えざる魔女は見えざる獣と同質の存在…………普通の人間には認識することも出来ない存在なの」

「うん」


 それは先ほど聞いたし、確かにこのカラオケの店員も結を認識はしていないようだった。


「つまり…………どうせ見られないのだから裸であることに何の問題も無いの」

「うん…………うん?」


 その理屈はおかしい。


「さらに見えざる魔女であるわたくしは寒さや暑さにも強くて頑丈で別に服で身を守る必要は無いの…………つまり服を着るのは資源の浪費なの」

「でもそれは公衆の面前で興奮していた理由にはならないよね?」

「…………ち、違うの」


 結が目を逸らす…………だから違うというのなら体を隠す努力をしろと僕は思う。


「いや別に責めるつもりはないから…………その、趣味は人それぞれだし」


 尋ねずにはいられなかったとはいえ恩人を追い詰めるつもりは僕にもない。もちろん都の法律的にはアウトではあるが、誰も彼女を認識できないのなら捕まえることだって出来ないだろう。


「しゅ、趣味ではないの…………ただちょっと人前に裸でいると少しばかり興奮してしまうだけなの」

「…………」


 それを露出狂というのだと思うけれど、僕はあえて口にはしなかった。


「…………最初はわたくしもこんな人間ではなかったの」


 すると諦めたように結は語り出す。


「最初はそう、わたくしを見て欲しかっただけなの」


 なら最初からそういう性癖だったんじゃ、思わず僕はそう口にしかけたが…………結がひどく暗く淀んだ瞳をしていることに気づいて息を呑む。


「わたくしたちは…………わたくしは誰にも認識されないのよ?」

「!?」


 改めて口にされたその言葉に含まれる重さに僕はようやく気付いた。誰からも認識されないということは誰とも会話もできずコミュニケーションがとれないということ…………この都市には大勢の人がいるのに彼女はこれまで孤独だったのだ。


「裸になれば誰かが気付いてくれるかもしれない。誰もわたくしを認識してくれない中でそんな考えに至ったのは自分でも馬鹿馬鹿しいと思うの…………でも、あの時のわたくしはそんなくだらない希望にもすがるしかなかったのよ」

「…………」

「そうしたら、衆人の中でいつか誰かが全裸のわたくしに気付くかもしれないと想像すると興奮することに気付いたの」


 そう言うと結は頬を赤く染めて僕を見る。


「そしてついに、君に見られたの」

「やっぱり露出狂じゃないか!」


 しかも理由が重すぎるせいで糾弾きゅうだんしにくい。


「いやでも、わたくし達って言うなら他にも見えざる魔女はいるんだよね?」


 それならば相手が限定されるにせよ完全な孤独ではないはずだ…………元より普通の人間だって日常で接する相手なんてほとんどが限定的な事が多いのだし。


「見えざる魔女の数はそれほど多くないの…………今残っているのも各都市に一人ずつくらいのはずなのよ。その魔女が自分を守る都市を離れて他の魔女に会いに行けばどうなるかは考えなくてもわかるはずなの」

「いやでも都市には防衛隊が…………」

「そんなもので都市を守れないことをあなたは思い知ったはずなのよ」

「!?」


 その指摘に昨夜の惨劇が思い起こさせられる。


「いや、でも…………」


 探知機は正確な位置を掴めなくともその来訪を感知できてはいたし、銃弾の効果自体はしっかりと発揮していた。今回のようなイレギュラーさえ起こらなければきちんと撃退は出来ていたはず、そう口にしようとして僕はやめた。それはつまりイレギュラーが起こればどうにもならないという事であり…………そしてイレギュラーの起こり得る要因はいくらでもあったのだ。


 今回見えざる獣の侵入を許した小隊がどんなミスをしたのかはわからない。補充用の弾薬を運び忘れたのかもしれないし、隊員の何人かがサボタージュを行ったのかもしれない。僕らの小隊は比較的に真面目に「演習」を行ってはいたけれど、それでも例えば備品の一つを忘れても許容される空気はあったように思う…………そんな小隊がいくつも存在すれば毎回どこかでミスが起こっていてもおかしくは無かった。


「あなた達の働きが全て無意味だったとは言わないの…………でも、これまでこの都市を守り抜いてきたのがわたくしであることは間違いないの」


 僕はまだ結の戦う所を見たわけじゃない…………だけど、少なくともこの都市を守り抜いてきたのは自分達だと胸が張れない事は確かだ。


「でもそれじゃあ昨夜のあれは…………」


 防衛隊のミスがあっても結が都市を守って来たというのなら、昨夜の惨劇は一体何が原因だったというのだろうか。


「それはわたくしが別の場所で…………違うの、あなたに嘘を吐きたくないから正直に言うの」


 結は一度理由を口にしようとして、首を振って改まった。


「昨日の時点でわたくしはこの都市を見捨てていたの。防壁が崩されたのは単純にわたくしがそのフォローに入らなかったからに相違ないの」

「!?」


 隠すことなく正直に明かされた事実に僕は動揺する…………もちろんその可能性を考えていなかったわけじゃない。けれど例えば彼女が口にしかけたであろう別の場所で獣に対処していたという理由を口にされても僕は納得しただろうし、そうであって欲しかった。


「なんで…………?」


 この都市を見捨てたのか、それを正直に打ち明けたのかを僕は尋ねる。


「単純に、疲れたの」


 告げられた理由は単純で完結だったが、その一言に込められた感情はとても重かった。


「都市を守っても誰にも感謝されず報われない…………それどころか見えざる獣の存在そのものすら無かったもののようににされてしまって、わたくしはなんのために戦っているのかわからなくなってしまったのよ」

「…………」


 目の前で消えていった小隊長と宮崎の姿が浮かぶ。二人はそんな感傷のせいで死んだのかと思いが浮かぶが、誰からも報われることなく彼女が都市の防衛を続けて来たことを思うと何も口にすることなど出来なかった…………少なくともあの緊急出動を「演習」などと口にしていた人間にその資格があるはずもない。


「でも、それならなんでまた都市を守ってくれたの?」


 一度は見捨てたはずのこの都市を目の前の少女は守っているはずだ…………そうじゃなかったら僕は生きてはいないし、見えざる獣に最終防壁まで破られていた可能性まであった。


「その理由はあなたなの」


 結が僕を真っすぐに見える。


「あ、僕が見えざる獣を見えるようになったから?」


 考えてみればそれはとてつもなく大きな要因だ。これまで誰からも認識されずに孤独だった結からすればこうして彼女を認識して話すことのできる僕の存在は何よりも大きい。


「それに関しては正直のところ望外の偶然なの」


 けれど彼女は少し恥ずかしそうに僕から目を逸らす…………そんな羞恥しゅうちがあるならまずその裸を何とかして欲しいと思うけど、そんなつっこみは今無粋なのだろうと思う。


「見えざる獣に喰い破られていく防壁や防衛隊の人達を見ても正直わたくしには何の感情も湧かなかったの…………でも、そこで荒野に飛び出していくあなたを見たのよ」


 味方を逃がすための囮のつもりで僕が飛び出した時のことだろうか。


「最初はただ気が狂っただけと思ったの…………でも、すぐにあなたが状況を理解した上で行動していたと気づいたのよ。仲間の為に自分を犠牲にするつもりで飛び出したのだと」

「それは…………まあ」


 あの時はそれ以外に方法ないと冷静に判断したつもりだったけど、今思えばほとんど衝動的なもので無謀にも近い行動だったと思える。


「我ながら月並みで単純な話だと思うけど、その姿に心打たれたの」


「えっとそれは…………僕もちょっと恥ずかしいかも」

 仲間の為に犠牲になろうとする男とそれに心打たれて助けに入る女…………確かに言われてみればその僕と彼女の行動は物語ではよくある展開の一つだ。


「それで助けたのだけどまさかわたくしが見えるようになってるとは思わなかったの…………あの歩道で目が合った時は本当に奇跡が起こったと思ったのよ」


 その時のことを思い出すように結は目を細めて頬を赤くする。彼女の側からすれば正に感動的な再会だったのだろうけど、僕の側だと死ぬ最後に見たと思った天使が露出狂だったという現実を目の当たりにしたわけで…………複雑な気分だ。


「ええと、一応僕は助けられてた時には見えるようになってたんだけど」


 それに気づいてすぐに僕は気を失っているから結が気付かなかったのも無理はないが、一応事実を告げておく。見えざる獣に吹っ飛ばされて起き上がった時に僕は彼らのような存在が見えるようになっていたのだ。


「そうだったの…………わたくしもあなたが味方に助けられるまでは見守っていたのだけど、無事を確認して去ったから気づかなかったのよ」

「その、気には……………」


 ならなかったのかと尋ねようとして僕は口をつぐむ。自分で尋ねるのは自意識過剰のように思えるし、何よりも結の心情が理解できたからだ。


「どうしたの?」

「いや、なんでもないよ」


 心を打たれて助けた相手から見向きもされないという現実はきっと彼女の心を抉る。だから多分あえてその後に接触しようとしなかったのだろう。


 そう考えると見えて良かったと僕は思う。


 もっとも、見るべきでないものはやっぱり見せないで欲しいとは思うのだけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る