第29話 いつもの昼休み

 風莉かざりとのデートは滞りなく終わった。

 いつきにとって、恋人とのデートなんて初めてなものだから、一体どうすればいいかわからなかったが、無難に映画を観に行ったり、その後、喫茶店で駄弁ったり……。

 正直に思うと、これが恋仲ですることなのかは、樹にはわからなかったが、それでも、ただ一緒にいるだけで楽しかった。

 午後からのデートだった為か、想像よりも早く帰る時間になった気がして、別れる時に寂しさが強く残ってしまった。


「けど、風莉は楽しかったか少し心配なんだよな」


 月曜日の昼休み、学校の中庭の隅にある自販機の前で、片頼かたらいいつきは呟いた。


「それは僕に言われても」

「そりゃそうだな。ただの独り言だよ」

「樹も独り言を声に出すようになっちゃったか」

「お前は俺の何なんだ」


 久屋くや光善みつよしと並んで立って、パックジュースを飲みながら、なんとなく空を見上げる。

 雲ひとつない快晴に、暖かな日の光が差す中庭には、新入生の姿もあって少し賑わっていた。


「そういえばさあ、一応確認したいんだけど、2人は付き合ってることを隠してるの?」

「んー、自主的に言ってないだけというか……隠したかったら隠すというか」

「なにそれ」

「……ちなみに風莉の口から聞いたりは」

「してないなぁ」

「じゃあそういうことだろ」

「どういうことなの……」


 樹はそのまま黙ってりんごジュースを飲むと、光善も腑に落ちない様子で、甘ったるいココアを飲む。

 少し不機嫌な様子で光善がココアを飲み干すと、1つ息を吐いて、目だけを樹に向け、顎に指を当てながらジトりと睨む。


「ふーむ?」

「なんだ?」

「いや、確かに織咲おりさきさんは海凪みなぎさんには言ってるけど、僕には言ってない辺り何かありそうだなーって。というか織咲さんの性格なら僕らが集まってるところで言ってそうだし」

「なんで海凪には言ってるってわかるんだ」

「だって最近の海凪さん、樹と織咲さんがいると落ち着きないし」

「それは確かに……そうだな」


 確かに、ここ最近の海凪みなぎ夏帆かほはどこか落ち着きがないように見える。

 それでいて、常に風莉の側にいる気がするが、これは仲が良かった女子が、みんな違うクラスになったことも大きいだろう。

 樹はりんごジュースを飲み干すと、側にあったゴミ箱に投げ捨てる。


「それで、織咲さんが何か隠していることがありそうなのと、デートの時の顔が気になってしょうがないと」

「……くそったれ」

「えぇ……洋画みたいな反応」

「その通りなんだが、当てられるとなんか嫌だな」

「図星を言われるのが1番効くからねぇ。でも、僕にはなにも手伝えることはないかなー」

「いいよ。人には隠したいことの1つや2つ──だろ」

「とか言っちゃってさ、気になるでしょ」

「それはそうだが」


 樹は「はあ」と息を吐いた。

 空は恨めしいほどに青々としていて、こんなことで悩む自分がひどく小さな人間に思えてきた。


「まあ、織咲さんって全然表情変わらないから、楽しんでるのか退屈してるのかわかんないよね」

「正直だな」

「あっ……いや、悪口のつもりではないんだけど、彼氏の前で言う事じゃなかったなあ」

「まあ、本人も自覚してるし、気にしてないだろ」


 風莉が表情の変化に乏しいことは本人も自覚していることであり、実際のところ、樹自身も未だに読み切れないところがある。


「けど、最近の風莉は結構顔に出るようになったな」


 ぽつりとそんなことを呟くと、光善が「ふぅーん」と、何か言いたげな様子で相槌を打つ。

 そこで2人は完全に油断していた。


「私がどうかしましたか?」


 背中に氷を入れられたように、2人の肩が跳び上がった。


「か、風莉……いつからそこに」


 背後からの声に振り返ると織咲おりさき風莉かざりが首を傾げて立っていた。


「今来たところですね」


 話を聞いていたのかはわからないが、風莉は感情の読めない表情で樹を見つめる。

 風莉は一歩踏み出して、樹に近づく。


「それで、私がどうかしましたか?」

「いや……なんでもな──」


 樹が誤魔化そうとすると、風莉は更に一歩と足を踏み出して近づく。


「か、風莉?」

「私がどうかしましたか?」

「いや、本当に……」


 風莉はじっと樹の目を見つめてくる。

 その表情からは喜怒哀楽は読めず、何を考えているかが分からない。

 そのまま無言で風莉は更に一歩踏み出す。

 少し恐怖を感じてチラリと、横目で隣にいるはずの光善の方に目配せをする。


「み、光善──」


 しかし、気づけば隣には誰もいなかった。


「は?」


 光善はいつの間にかその場から逃げるように、音を立てずに立ち去っていた。


「樹さん」

「ん? な、なんだ?」

「何故、久屋さんの名前を呼んだんですか?」

「え?」


 ジリジリと詰め寄ってくる風莉の顔は、少し眉を顰めて不機嫌そうだった。


「さっきまで一緒にいたし」

「……樹さんは、久屋さんと一緒にいたいんですか?」

「へ?」


 顔を俯かせて風莉はそう言うと、突然、黙り込んでしまう。

 今日はいつにも増して様子がおかしい気がする。


「風莉?」

「樹さん、少しお話しませんか」

「え、いいけど……」

「場所、移しましょう」

「ここじゃダメなのか」

「出来ることなら……2人っきりになりたくて」

「そ、そうか……」


 少しドキリとしながら、言われるがまま、前を歩く風莉についていく。

 学校の中に入って、階段を登り、教室のある3階にたどり着いた所で、風莉は1度立ち止まり、視線を斜め後ろに向けると、更にもう1つ階段を登る。


「ここは……」


 3階から更に上の踊り場。

 踊り場では昼食を食べている者がいたかもしれないが、今日はいないようだ。

 春になって暖かい時期になると、ベランダなどで食べる人もいるので、もしかしたら人がそっちに流れたかもしれない。

 そこには屋上出る扉があるが、当然ながら扉には鍵が掛かっている。

 はずだった。


「こっちです」


 風莉は開かないはずの屋上への扉を開けた。


「待て待て待て待て! なんで開く!」

「なんか開きました」

「お前が開けたんだろ……」

「いえ、今試しにドアノブを回してみたら開きました」

「鍵かかってなかったのか? だとしてもまずいだろ、外に出るのは……」


 偶然にしては風莉は全く動揺していない。

 それどころか、少しご機嫌なようにも見える。


「でも、ワクワクしませんか? こういうの」

「…………少しだけな」


 背後をチラリと見て、周りに人がいないことを確認する。


「今回だけですから、行きましょう。樹さん」

「わかったよ」 


 2人は誰にも気づかれないように、開かないはずの扉から外へ出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る