1:13 交戦

 さて、このラプトル風をどうやって退けるか。


 手元にある武器といえば、二本のスタンロッドくらいしかない。伸縮式の警棒型スタンガンで、恐竜相手に使うことを想定してるので、最大出力はかなり大きく設定されてる。

 銃とかあれば強いんだろうけど、そういった殺傷目的の本格的な武器はまだ造られていない。まああっても、わたしの腕で当てられるかどうかは別問題だけど。


 基地の外に出るにあたって、軽くだけど、スタンロッドの使い方は一応習っている。

 シュコン、と音がして、両腕の前腕部に格納されていたスタンロッドの握り部分が飛び出てくるので、それぞれ反対側の手で取り出す。胸の前で交叉させた腕を、外へ開くように思いっきり振り下ろすと、その勢いでジャキっとロッドが伸びる。

 そうして、わずかに腰を落として、二刀流でスタンロッドを構えた。


 脳内メニューからスイッチを入れると、先端でバチっと電流が光った。よし、ちゃんと機能してる。これが威嚇になればいいけれど、まあ、相手が野生動物ラプトルでは一辺食らわさないと理解してくれそうもないか。


 そう言えば、VRゲームで使われてる『スキル』のうち、格闘系などはモーション部分をハーキュリーでも流用できる場合がある、という話があったような。

 モノによっては、リアルの警察や軍隊でやってる格闘術を取り込んでるというし、取得しておけばよかったかもしれない。恐竜相手では対人戦とは勝手が違うかもしれないけど、ないよりはずっとマシなんじゃないだろうか。

 残念ながら、今はダウンロードしてインストールする時間はなさそうだけど。


 あと、スキルじゃないけど、こういう時に使えそうな項目があった。脳内メニューを開いて、システムの動作設定セッティングを呼び出す。そして、とある項目をピックアップする。


『クロォーック! アーーーーップ!!』


 脳内メニューなんで、叫ぶ必要なんてまったくないんだけども。ノリというか、勢いでやってしまった。

 そしたら、〔設定を反映しますか〕とゆーダイアログが出てきて、ちょっと勢いがそがれたけど。


 別に中二病的異能スキルとかじゃなく、単純にハーキュリーに搭載されたプロセッサ類の動作クロックや電圧を上げたのだ。これにより、わたしの反応速度が上がる。思考速度と反射神経に限定した『加速装置』みたいなものだ。


 まあ、パソコンなんかでは、手動でクロックアップなんてのはかなりの時代遅れらしく、よほどの好事家でもない限り、まず触る機会はないらしいけど。

 しかし、このハーキュリーは試作機なのもあって、いろいろと設定が開放されてる。使わない手はない。


 ただし、負荷が上がって発熱もひどくなる。熱くなりすぎると、システムの保護回路が働いて強制的にクロックを落とされてしまい、逆効果になりかねない。2倍にすると30秒持たない。1.4倍で3分ほどなので、そのくらいが限度だろう。

 それでも、鈍くさいわたしには大きい。体感できるくらいに時間の流れが遅く感じられる。これで戦える。たぶん。

 わたしは背後の子竜をちょっと撫でてから、一歩二歩と前に進み出た。



 注意深くこちらの隙を伺いながら構えていたラプトルが、急にかがみこんだ。


(来る)


 そう思って身構えた瞬間、わたしの右真横から別のラプトルが現れて、飛び掛ってきた。

 いつの間に忍び寄ってきたのだろう。一方が引き付けておいて、別のが奇襲をかける戦法か。パーティでも組んでるのか。

 これにはマジで焦った。心臓が止まるかと思った。この体に心臓はないけど。

 反応速度向上と、ハーキュリーの性能がなかったら対応できなかっただろう。


『こんのぉっ!』


 わたしが力任せにロッドで殴りつけると、うまい具合にカウンターで腹にヒットした。ついでに電極が当たってバチっと電流が流れて、二匹目は体をのけぞらせながら吹っ飛んでいった。さすが、ハーキュリーのパワーだ。

 その隙に最初の一体が突進してくる。

 そっちには左手のロッドで対処しようと腕を伸ばそうしたとき、また別な方向から三匹目のラプトルが現れて、飛び掛ってきた。


『っ!?』


 考えてる余裕もない。正面の最初の奴にスタンロッドを押し当て電撃を食らわせると、ギャッと吼えてそのまま倒れた。だが、三匹目は避けようがなかった。


『んぐっ!?』


 巨体にぶつかられて押し倒されそうになった。

 咄嗟に〔自動姿勢制御オートバランサー〕を〔ON〕にしたことで、どうにか持ちこたえられた。まだ未完成で限定的な制御しかできないけれど、それでもこの辺の技術は、わたしの脳みそが感覚でやるよりもずっと的確だった。


『んっぐぐぐぐぐぅっ!』


 三体目はハーキュリーの腕に噛み付いて、両手に備わった鋭利な鉤爪を突き立ててきた。

 ハーキュリーの装甲の塗装が少し削れて、ほんのり浅く傷が入ったけれど、それ以外はちょっとセンサーがチクっとした痛みを伝えてくる程度だ。

 力ならハーキュリーの方がずっと上で、力比べで負けることはない。

 わたしはロッドから手を離して、三体目のラプトルの頭を無理やり掴んで持ち上げた。


『ぬぬぬ……、こん、の、おぉっ! どっっ! せっええいっ!!』


 じたばた暴れるけど、おかまいなしに気合を込めて力一杯投げ飛ばした。いや、気合の声は出しても出さなくても、ハーキュリーの出力にはまったく影響しないんだけど、気分的に。

 かなり重かったけれど、それでもまっすぐ20mくらいは飛んでいき、周辺の草をなぎ倒してゴトッゴロゴロッと地面を転がっていった。当たり所が悪かったのか、それっきり動かなくなった。

 電撃くらって昏倒してる最初の一匹も、げしっと蹴っ飛ばして遠くにやった。


 三匹目は手足が痙攣はしてるけれど、もう呼吸はしてなさそうだ。

 残る二匹はよろよろと立ち上がると、こちらを警戒しつつ後ずさりしている。

 勝ったか? とフラグ的なことを考えたとき、


『ちょっ、きりこさん!?』

『キリコ! 逃げテッ!!』


 不意に、焦ったような七海ちゃんとマギーからの通信が入った。彼女らは飛行型ドローンで上空から見ていたらしい。


『えっ? なに?』


 二人の声の直後に、ズシンッと腹に響きそうな太い音が響き渡り、地面が揺れた。そして、まるで雲で太陽が覆い隠されたみたいに、わたしの周囲が急に薄暗くなった。

 見れば、二匹のラプトル風も視線がわたしではなく、わたしの後方を見上げているみたいで……。

 何だろうと思って首をめぐらすと、背後には視界いっぱいに壁があった。


『いっ!?』


 いや、よく見ればそれは壁じゃなくて、でっかい目玉があって、鼻っぽい二つの穴があって、ばかデカい歯がズラっと並んだ口のようなのがあって、つまりはそれは巨大な恐竜の顔だった。

 間近で見る大型恐竜のドアップはものすごい迫力だ。口なんて、ハーキュリーを丸呑みできそうな大きさだ。

 相手がこうも巨大だと、もうそれだけで恐ろしかった。ラプトル風相手も怖かったけれど、これは別格すぎる。ハーキュリーでどうにかできそうな気がまるでしない。


 わたしは怖さのあまり、完全に硬直していた。ハーキュリーに汗腺があったら、まちがいなく脂汗がだらだらと滝のように流れてただろう。


 グパァっと、その口が開いた。


(喰われる!?)


 と、思ったのだけども。

 巨大な舌が出てきて、べろぉ~~~んとハーキュリーの顔を舐めた。そして、さらに顔を近づけてきて、フンフンッと臭いを嗅いだ。


(……もしかして、わたし、臭い? 臭ってる? 動きまわったし?)


 いや、ほんとは汗なんて出るはずがなくて、機械油とか塗料の臭いはあるかもしれないけど、一応、わたしも女の端くれとして、体が臭ってるなんて嫌だなあ。……などと、あまりの恐怖で現実逃避気味に思考が変な方向へ走ってるうちに、その大型恐竜はわたしから視線を離して立ち上がった。

 どうやら、わたしを喰おうとしていたわけではないらしい。もしくは、味がお気に召さなかったか。


 その大型恐竜の足元から見上げる格好になったんだけども、こうして見ると顔だけじゃなく全体的に大きい。頭のてっぺんは四階建ての建物くらいの高さはあるんじゃないだろうか。今まで見た恐竜の中で、たぶん一番大きい。

 そして、その形はイグアナっぽい子とそっくりだ。親子なんだろうか。


 親竜(推定)はジロっとラプトルたちを睨んだ。ラプトルたちも、それを見てそろりそろりと逃げ出そうとしている。まるで、チンピラが子供からカツアゲしようとしていたところに、強面の親が出てきたので逃げ出そうとしてるみたいな、というかそのまんまだろうか。


 ふと、頭上で「ひゅぉおおおおお」という、ジェット機のエンジン音にも似た、やたら甲高く不穏な音が聞こえてきた。


『へ?』


 何かと思って再び視線を上に向けると、親竜がガパっと口を大きく開けていて、その口の手前の空間に、光る粒子が集まってきてる。

 粒子はどんどん増えて、まぶしいほどに光が強くなっていく。と、思ったら、


 じゅいんっ!


 すごい音と共に、親竜の口から一筋の光線が放たれた。

 光線が走った先を目で追ってみると、ちょうどラプトルのうちの一匹が光線に撫でられて、胴体を斜めに切断されるところだった。上半身と下半身がズルっとずれて、ばらけて落ちた。


『ビーム吐いたっ!?』


 どういう原理なのかわからないけど、とにかく、破壊力がとんでもない。

 恐竜がなんでそんなのを、というか、ゴ○゛ラですか、これは。怪獣のカテゴリーなのか。もう、理解の範囲を完全に超えている。

 その光線はもう一匹のラプトルにも向かっていったけど、寸でのところでラプトルの脚が突き出た岩に引っかかって体勢を崩したために、光線は尻尾の先っちょを切り飛ばしただけで通り過ぎていった。

 ラプトルは起き上がって全力ダッシュで逃げていった。親竜もそれ以上の追撃はせず、光線の放出を止めた。


 当たった方のラプトルは、切断面が真っ黒に炭化してた。他にも、周囲の木などがスッパリと高熱で焼き切られてて、断面からはかすかに煙が上がっていた。岩にも焦げた線が描かれてて、ちょっと赤く光ってる。

 ものすごい威力だ。これ、ドローンでも当たったらヤバいだろう。


 わたしが硬直していると、子竜(推定)がぴとっと抱きついてきた。

 子竜は機体にぐりぐりと頭をこすりつけてる。これは、わたしが守ろうとしてたってのが伝わったのかな?


「な~~~」


 子竜はそう一声鳴いて、親竜のほうを見上げた。

 親竜はそれに応えるように、


「の゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああああぁぁぁぁああーー……」


 と、やたら野太い鳴き声を上げた。大音声すぎて、機体がビリビリと震える。

 そうして、再びハーキュリーの頭部に顔を近づけて、ぺろりと一舐めした。


 親竜は立ち上がると、ズシンズシンという重低音の足音を立てて歩き去っていった。

 子竜もそれに続いて立ち上がり、数歩歩いたところでわたしのほうに振り返って、


「にゃぁああーー」


 まるで「またね」という感じで一声鳴き、親竜の後を追いかけていった。



 ……助かった、のかな?

 緊張がほどけて、わたしはハーキュリーの機体でその場にへたり込んだ。てか、ハーキュリーの脚の関節って、とんび座りできるのね。


 少なくとも、親竜からの敵認定は避けられたみたいだ。

 地球の野生動物なんかだと、人間が子供に近づくと親が怒って襲ってくる話を聞いたことがあるけども、そういうことにはならずに済んだようだ。

 アレを怒らせたらどうなるか、考えただけでぞっとする。


『キリコ、だいじょぶだっタ?』

『上から見てましたけど、怖かった……』


 マギーと七海ちゃんのドローンが恐る恐るといった様子で降りてきた。


『うん。なんか思いっきりベローーンって舐められちゃったけど』

『味見されタ?』

『そのくらいで済んで良かったですね』


 二人も辺りの惨状をマジマジと見回した。


『てか、あの謎光線なに?』

『ドラゴンブレス、って感じじゃなかったですね』

恐竜ダイナソーというより、KAIJUやネ』

『何にせよ、これ、司令部に報告入れなきゃね。二人とも、上空からは映像記録とか取れてた?』

『それはダイジョーブ』

『親竜が出てきた辺りから、録れてますね』



 わたしたちが報告すると、やっぱり開拓団は大騒ぎとなった。一時間も経たないうちに調査班がやってきて、謎光線の痕跡などを調べ始めた。

 なにせ、あの謎光線の威力は開拓団にとっても脅威だ。その上、比較的知能が高そうである。穏便にやりとりできればいいけれど、うかつなことをすれば、血みどろの抗争に発展することもありえなくはないかもしれない。

 体の構造的にさほど戦闘に向いてるようでもないのに、あのサイズまで成長できたのは、ああいう隠し武器を持っていたからなのかな。

 他にもああいう特殊な能力を持った生物がいないか、調べる必要も出てきた。

 ラプトルもどきのほうも、連携して襲ってくるのが確認されたため、やや警戒度が上がった。研究用として、二匹の遺体も回収されていった。



 わたしはと言えば、問題発生時はまず連絡をしろと、司令部から口を酸っぱくして言われた。これはまあ、わたしが悪い。

 マイヤール部長からは、子竜と接触したことや、ラプトルもどきと交戦したことなどで、ネッチネチと文句を言われた。素直に聞き流したけど。

 技術部からは、ハーキュリーの実戦データが取れたことは喜ばれたけれど、〔近距離探知機ショートレンジセンサー〕をちゃんと活用しろとも言われた。そうしてれば、奇襲とか防げただろうしね。

 機体に傷がついたことは不問とされた。

 むう。


 個人的には、ハーキュリーになってる間に、調子に乗っていろいろやらかしてしまった件が一番の問題だった。基地に戻って知能が復活すると、ジワジワとぶり返してきて居たたまれない。

 まず、その場の勢いで不干渉の方針をあっさり無視しちゃってたのはダメだろう。

 それに、ネタじゃなく、本気マジで『クロックアップ』とか叫んでたし。あ゛~~、思い返すも恥ずかしい。いい歳して、何をやってんのかと。

 そもそも、戦闘経験もなく、相手の能力も不明だったのに、なぜやれると思ったのか。うまくいったからいいようなものの、いくらハーキュリーだからって無謀が過ぎた。


 冷静に考えると、テンションが異様だったかもしれない。それに、なんか妙に過激で好戦的になってて、暴力にも忌避感がなかった。ラプトルを倒しても、なんとも思ってなかったし。

 わたし、殴るのはもちろん、引っ叩くくらいのケンカもろくにしたことないし、ゲームでもFPSとか格闘とかいった戦闘系のはニガテだったんだけど。

 あれが、「ドローンに転送してる間は頭が悪くなる」というのの影響だろうか。何気に怖いな。

 もちろん、開拓団の使命のために、いずれ恐竜やその他の生物と戦わざるを得ない状況も出てくるかもしれないけど、嬉々として殺しにいくのは違うと思う。


 まあ、今回は子竜を守れたから良しとしよう。そのことについては後悔してないし。





 後日、件の恐竜種は暫定的に『魔竜マギ・サウルス』と呼ばれることになった。


 あの謎光線は、この世界の魔法を応用したものと考えられている。風属性で集めた空気を雷属性でプラズマ化し、火属性で制御しながら、無属性で指向性をつけて撃ちだしたのではないか、と調査班の人は推測してるそうだ。


 以前、あの種類の恐竜の死骸を調査した際に、何のためにあるのかわからない用途不明の器官が見つかっていたらしい。それが今回の件で、一種の魔導回路になっている可能性が出てきた。

 ここの生物が進化の過程で、自然に生体魔導回路とでも言うべき器官を獲得するというのは、それまで誰も可能性さえ想像もしてなかった。

 てか、この世界の魔法は、使い方次第であんなこともできるのか。やっぱりSF成分ばっかりで、ファンタジー成分は欠けてるけど。


 それで、魔法を使える恐竜ってことで、『魔竜』。安直だ。

 現状では、ここの生物全般について学術的な研究がなされておらず、系統立てて分類できるほどのデータもないことから、学名とかは放置されてる。

 まともに生物すべてに学名つけようなんてしてたら、何年かかるかわかったものじゃないし。やるとしても、一〇〇年くらいたって、新人類から生物学者でも出てきたらかねえ。

 一部には『ゴ○゛ラ』と名づけようとする人もいたようだが、諸般の事情により却下された。


 子竜のほうは、その後もちょくちょく遊びにくることがあって、わたしは個人的に『タマ』と呼んでる。安直だけど。さすがに『ミ○ラ』はない。

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