魔女の落とし物

横山佳美

魔女の落とし物

「きっと、タカシくんもミノリの事好きだよ〜。告ちゃえば〜。」と


友達は冷やかすように言った。


手も足も疲れて限界をとっくに過ぎていた私は、


「ん〜。まだ待ってみる。じゃあ、また明日ね〜。バイバーイ!」と


友達に言って、家の方に向かって歩き出した。




チョコレート、飴、クッキー、甘いお菓子でパンパンに膨らんだ


オレンジ色の袋をずっと握りしめていた左手は、真っ赤に腫れ上がっている。


ゲート付きの同じコミュニティに住んでいる友達と別れた後、


もう一度だけ、今年の成果を覗き込む。


大好きな飴を一つ口に放り込み、ニヤニヤしたまま顔を上げると、


道路の向こう側にある広大な空き地に、ポツンと明かりがついている事に気がついた。


「あれ?あんなところに家があったの?」


お父さんは、「暗くて危ないから、このコミュニティーの外には出てはいけないよ」と


今年一番人気の映画に出てくる前歯の大きな魔女のコスチュームを着て興奮が抑えられず、


靴が半分脱げている状態で出発しようとする私に念を押すように言っていた。


約束は、決して忘れてはいない。けれども、


「最後にもう一件だけ。」衝動的欲求が抑えられずに道路を渡った。


私の腰の高さまで伸びた雑草をかき分けて前へ進むと、


白い外壁の小さな家に続く真っ暗な細道があった。


道路の街灯の灯りさえ、もう届いていない。玄関先で光るオレンジ色の明かりだけが頼りだ。


小さくなった飴をガリガリっと噛み砕いて恐怖心を打ち消す。


だけど、砂利を踏みしめる度にガリガリっと出る音が恐怖心を再び煽る。


いつも臆病で一人では何もできない私が、


なぜ一人ぼっちでこの家に来ようと思ったのだろうか。


小さな家はすぐそこに見えるのに、急に引き返したくなった。が、


玄関前のパティオでロッキングチェアに乗っている女性が私に気づき手を振っている。


袋に入っているお菓子がこぼれないように、袋の口をギュッと握りしめて全速力で走った。


「Trick or Treat」この魔法の言葉を可愛く言えない12歳の私は、


吐く息多めに下を向きなが小声で言った。


魔女のコスチュームを着て、三角の帽子を深くかぶっている女性の目の前に


すでにお菓子でいっぱいの袋を開いて差し出すと、


女性は握りしめていたものを袋の中に落とした。


音からすると、一口サイズのチョコレート1個だと予想する。


「道路を渡ってここまできたのに、チョコレート1個かぁ」とガッカリもしたが、


そんなことより無言で無音の恐怖から早く逃げ出したくて、


さっさとお礼を言い、真っ直ぐで真っ暗な細道を


見えない恐怖から逃げるように無心で走って家に帰った。




 ダイニングテーブルの上に、袋の中身を全部広げた。


テレビを見ていたお父さんが


「今年も大収穫だな。明日のケーキはいらないんじゃないか?」と笑いながら言い、


お菓子の山を大胆に崩しながら、物色し始めた。


私も、一緒になってお目当てのグミを探していると、


おとぎ話に出て来そうなメルヘンチックな金色の鍵がある事に気がついた。


「この鍵、お父さんの?」と聞くと、


チラッと鍵に目線を送り「知らないなぁ〜。」とだけ言って、


サクサクのワッフルをチョコレートでコーティングした私が大好きなお菓子の袋を


勝手に開けてポリポリと頬張った。


いつも通り、私の話は半分しか聞いてない父は無視して、鍵をジッと見つめた。


なぜか、最後に行った魔女が入れたような気がした。


でも、このことはお父さんには言ってはいけない。


だから私も知らないふりをして、


「もしかしたら、友達が間違って私の袋に入れたのかもしれない。」と


聞いてもいない父にとりあえず言い、


お母さんの写真が入っているロケットペンダントのネックレスを首から外して、


鍵をネックレスに通し、もう一度、首に付け直した。


鍵はサイズ感といい、色味といい、このネックレスに怖い程しっくりきた。




重たい袋を持ちながら2時間以上も歩き続けた体は疲れ果て


お風呂に入ってリラックスすると、明日の学校の準備も忘れ


ベットに倒れ込むように寝てしまった。そしたら、なんだか悲しい夢を見た。




真っ白の部屋で、ロッキングチェアに座り、


白いノースリーブのロングドレスを来た女性が揺れている。


女性の膝の上に、私が子供の頃大好きだった


おもちゃのジュエリーボックスと同じ大きさぐらいの、


コーラルピンク色に、金色の装飾がついた箱を乗せ


両手で優しく大切に守るように持っている。


「そばにいてあげられなくてごめんね。」と言って


一粒の涙が、女性の頬を通って箱の上にポタっと落ちた。




『ジリリリリリ!』


うるさい目覚まし時計が鳴って、慌てて目が覚めた私の頬も濡れていた。


今日は、お父さんが特別に学校の送り迎えをしてくれる日。


私にとっても、お父さんにとっても、スペシャルな今日という日は


学校に送り迎えサービスをするという長年の暗黙のルールになっていた。


お父さんは、玄関の前に車を止めて、


準備に時間がかかる私を、ハンドルを掴んだ指をトントンさせて


少し苛立った様子で待っていた。


玄関の鍵を閉めようとした時、


「今日は、赤ちゃんの頃の写真を学校に持っていくんだ!」と急に思い出し、


お父さんに「忘れ物した、ちょっと待って!」と言って急いで家の中に戻った。


小さい頃のアルバムは、私の部屋のクローゼット一番上の棚にある段ボール箱に入っている。


焦っている私は、椅子を持ってくることが面倒で、


爪先立ちをしながら指先だけを使って、少しづつ段ボール箱を前へ前へとずらす。


腕も足の裏もつりそうで、「もう限界!」と思った瞬間、


ダンボール箱は、重さで雪崩のように上から振ってきた。


頭の上に、いくつもの手のひらサイズのアルバムが落ちてきて、


尻餅をついて後ろに転んだ。


「いった〜。」


痛みを我慢して、一番近くにあったアルバムをさっと握りしめ立ち上がろうとした。


ふと、目線を送った先に、色褪せたコーラルピンク色の箱が


大量のアルバムに紛れて落ちていることに気がついた。


とりあえず、その箱も一緒に握りしめて、急いで車の後部座席に乗り込んだ。


「この箱何か知ってる?アルバムが入ってた段ボールの中に一緒に入ってたみたい。」と


お父さんに聞いてみたが、お父さんはバックミラー越しに箱をチラッと見て


「わからないなぁ」とだけ言った。


この立派な箱には、金色の小さな鍵穴がついている。


箱は鍵がかかっていて開かない。


耳元で振ってみると、カサカサっと紙が入っているような音がする。


そういえば、昨日見つけた鍵も金色だったと、ふと思い出した。


合うはずが無いとわかっていても、どうしても試してみたかった。


ネックレスを首から外し、鍵を鍵穴に入れ回してみると『カチャッ』と音がした。


「えっ??」


ゆっくり恐る恐る蓋を開けてみる。




『13歳のお誕生日、おめでとう』と書かれた封筒が入っていた。




『みのりちゃんへ。


13歳のお誕生日おめでとう。


お父さんと仲良くやってますか?お友達といっぱい遊んでますか?学校は楽しいですか?


このお手紙を見つけてくれて、どうもありがとう。


13歳のみのりちゃんに伝えたいことがあって、お手紙を書いています。


まだ子供ではあるけれど、少しづつ大人になる準備をしている


悩みの多いお年頃になってきましたね。


みのりちゃんと、恋の話やメイクの話、いっぱいガールズトークしたかったな。




ごめんね。


寂しい思いをさせてごめんね。




お父さんにも話せないような、困ったことがあったら


一人で悩まずにお母さんにも、こっそり悩みを打ち明けてね。


お母さんは、いつでもみのりちゃんの事を見守っていますよ。




お母さんより。』




手が震えて手紙がなかなか封筒に戻せないまま、


もう一度、目線を箱の中に戻すと、一枚の写真がある事に気がついた。


ロッキングチェアに座り、おくるみに包まれた生まれたての私を大切に抱く母の姿があった。


私に向けられている母の眼差しは、カメラに微笑む時間さえも惜しむように、


そして、もうすぐこの幸せな時間が無くなる事をすでに知っていたかのように、


母の全ての思いを私に注いでいるようだった。


私は、止めどなく流れる涙をどうにかしたくて、上を見上げて車の外に目を移す。


街角で大々的に宣伝している公開中の映画のポスターに、ふと目が止まった。


『今すぐあなたに会いたい。ー恋するあなたに贈る愛の物語ー』

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