第12話ビリビリ・ド(瞬間移動)

フェンリルだと? レジーナは思わずオーリンと顔を見合わせた。

オーリンも眉間に皺を寄せて男を見た。


「その……ふぇ、ふぇ……ヘンリルはどこにいるどごさえだ?」

「そのフェンリルは今どこに?」

「ここから四里ほど北の村だ……俺たちはその場にたまたま居合わせた冒険者で、住民を避難させつつなんとか侵攻を喰い止めようとしたんだが……」


このザマだ。その先を言い淀んだ男に、オーリンは「なも言わなくてへわなくていい」と制した。


「それにしてもフェンリルなんて……今までそんな魔物が王都に接近したことなんかないのに……」

「確がに、少しわんつかえぱだだけんた話だな……」


オーリンも顎に手を当てて不審そうな表情を浮かべる。

フェンリルとは巨大な狼型の魔物で、凶暴な性質ではあるものの、その生息地域は広大な森や草原に限られ、王都のような中心部までやってくることは滅多にない。

ましてや今治療した傷は――如何に大型の魔物とはいえ、たかだか牛程度の大きさが関の山のフェンリルであるのに、その爪痕はまるで恐竜に屠られたかのような巨大さだった。

どうやら、今暴れ回っているフェンリルは異常とも言えるほどの、特大の個体であるらしい。


そんなものが入ってきたら、王都は――! 焦燥に駆られるレジーナの横で、オーリンは落ち着いた声で冒険者に言った。


「詳すぃごどはわがった。とにがく、よぐ頑張ってけっぱってぐれだな。後の事ば他さ任せでゆっくりど休んでけへ」


オーリンが言うのと同時に、《ギルド通り》の人々をどやどやと押しのけながら衛兵隊がやってきた。

傷だらけの冒険者二人は衛兵隊の担架に乗せられ、順次救護所へと運ばれていった。


その様を見ながら、レジーナは頭一つ分高いオーリンの顔を見上げた。


「先輩……!」

「ああ、わがってる。ヘンリルとなれば、これは衛兵隊でなんどかなる相手でばないだろうねびょんどうにかしないとなじょぬがすねば

「そうと決まればとにかく戦力を集めないと……各冒険者ギルドにこの事を伝えて……!」

そんなすたな時間はねぇ。一人ふとりこで行ぐさ」

「そうですね、私たち二人でなんとか戦力を掻き集めて……」


そこまで言いかけて、はい? とレジーナはオーリンを見た。


「せ、先輩――今なんて?」

「何喋てる。で喰い止めるしかねぇど喋たんだ。今がら王都のギルドさ布告フレゴドして回る時間なんかねぇべや」

「そ、そんな無茶な!」


正気なのか!? とレジーナはオーリンの前に回り、翻意を促した。


「せ、先輩! いくらなんでも無茶ですよ! 今の人たち見たでしょう?! 結構ベテランの冒険者でも敵わなかったのに! いくら先輩でも一人でいくなんて無茶ですよ!」

「なぁに、ツガルもんばナメんなよ。ツガルにはコブラもいるしゾウもいる。なぁぬがヘンリルだ、あすたら犬コロよりもシラカミの人喰い熊の方がなんぼ凶暴きかねぇがわがんねど」

「そんな無茶苦茶な……!」

「とにがぐ、おらは行ぐ。あんなあさなもの、王都に近寄らへるわげにぁいがねぇ。少なくとも時間ば稼がねばまいね」


どうやら表情を見る限り、オーリンは本気らしい。

ツガルものは誰でも強情――そう言っていたのを思い出し、説得は不可能だと悟ったレジーナに、オーリンは言った。


お前はここで待ってろ」


え? とレジーナはオーリンの顔を見た。


お前の言う通り、危険だのはその通りだべしな。それに、怪我人がまだ王都さ来るがもわがんね。回復術士ばいだ方が良いべ」

「な……何を言ってるんですか! 先輩だけを行かせるわけには行きませんよ!」


レジーナが大声で言い、ローブの腕を掴むと、オーリンが少し驚いたようにレジーナを見た。


「お……」

「昨日言ったこと、もう忘れたんですか!? 先輩と私は同じパーティなんです! 先輩がどうしても行くって言うなら私もついていく、そうでしょう!? 先輩がなんと言っても、私はついていきますよ! いいですね!?」


必死に言い張ると、オーリンはしばらく、こいつは本気なのかと言いたげな顔でレジーナの顔を見つめた。

嫌だと言ってもついていくぞ、という意志を全身から立ち上らせて仁王立ちしていると、ふと――オーリンが笑った。


「なるほど。お前、なっかながの強情じょっぱりらすぃの」

「それ、褒めてるんですよね?」

「もぢろんさ。――さぁ、そうど決まれば覚悟ばええが。少し乱暴なあらげねぇ手段で行くど」

「へ?」


乱暴な手段……? まさか馬にでも乗っていくのか、と思った途端、レジーナの右掌をぐっとオーリンが掴んだ。


「わわ、せ、先輩……!?」

「黙っででけろ。今ヘンリルの生命力ば探知すてるはで」


そう言うオーリンは瞑目し、何かに意識を集中させるように沈黙して数秒。

克、と目を見開いたオーリンは「見つけだど」と低く言った。


「よし、そこまで瞬間移動ばするべし」

「はい?」

「瞬間移動だ、瞬間移動。何、最初は少しわんつか頭ばぐらぐらするばやばやずぐなるども、すぐによぐなるはで。よし、準備ばいいが――」


瞬間移動って――!? レジーナは仰天していた。

空間に穴を開け、亜空間を瞬時にして移動する瞬間移動――それは高位の魔導士でなければ扱えない、やはり高難易度な魔法だ。

禁呪魔法まで平然と使いこなすオーリンにしてみればできて当たり前の芸当なのかも知れないが――しかし、もちろんレジーナは体験したことがない。


「ちょ、ちょっと待って! 先輩、心の準備がまだ――!」


そこまで言いかけた時、それに押し被せるようにオーリンが叫んだ。




「【瞬間移動ビリビリ・ド】ッ!」




その瞬間、レジーナが見ていた目の前の景色が、コマ落としのように消えた。



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じょっぱれアオモリの星 ~「何喋ってらんだがわがんねぇんだよ!」どギルドをぼんだされだ青森出身の魔導師、通訳兼相棒の新米回復術士と一緒ずてツートな無詠唱魔術で最強ば目指す~ 佐々木鏡石@角川スニーカー文庫より発売中 @Kyouseki_Sasaki

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