親しみやすい筆致が魅せる、『未玉(あらたま)』が『玉』となるまでの物語

万葉の、どこかおおらかな空気が香り立つ奈良の時代――しかし舞台となる上野国に吹く風は、厳しい伊香保風(からっ風)です。

この時代の女性が纏う領巾(ひれ)を思わせる柔らかな筆致に、読み手はすぐに引き込まれます。そこで描かれる場面がどれほど厳しい現実を孕んでいようと、気付けばこの世界の中で、主人公と共に怒り、笑い、ときには涙を流し、先へ先へと物語を追っているのです。

本作は、ハッピーエンドであることが概要で明示されており、またプロローグでもそれがはっきりと示されています。
ですが、続く本編から語られる、主人公古志加の境遇は容赦の無い過酷なものであり、読み手は容易に、というより全く、プロローグで見せられた彼女の幸福な姿への道筋を想像することができません。
それどころか、そもそも今この先どうなってしまうのか、という目の離せない展開に、遥か未来のことなどそっちのけで釘付けになってしまいます。

そのように古志加は数々の困難に見舞われますが、しかし誰かしらが彼女に温かい心を向ける場面が随所にあり、ただただ辛いばかりではなく、むしろ「良かったね」と声を掛けたくなることもたくさんある物語ですので、ご安心ください。

読みやすい、とは他の方々も口を揃えて評しておいでの点ですが、作者様は、ご自身が愛するこの物語世界と登場人物たちを、いかに確かな形で読者に届けるかに心を砕いておいでです。

遠い遠い過去である奈良時代、当然そこで生きる人々は私たち現代人とは異なった感覚を持っていますが、それが作中で驚くほどに分かりやすく、そして自然に説明されるので、隔たった時代であることなどまったく障壁になりません。

題名にある『あらたま』とは磨かれていない玉の意、そして『玉』とは宝石を表すとのことですが、作中では魅力的な女性のことを『玉』になぞらえています。

主人公古志加は実の父親に男子同然に育てられ、そのことが長らく彼女から女性としての自信を奪い、特異な立ち位置に追いやってしまいます。
しかしそんな辛い状況でも、彼女は素直で明るく、何より懸命に生きており、確かな魅力を秘めていることを周囲に感じさせます。

その磨かれていない『あらたま』であった古志加が、いかにして『玉』の輝きを放つに至るのか、ぜひとも確かめていただきたいです。

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