また会えたから、また頑張れる 11

 時間を遡った先は、やや人口が多めの農村であった。


 村の入口に冒険者ギルドの記章がない。

 つまりここには冒険者ギルドがないのだろう。

 冒険者が常駐していることがない、ということだ。

 はじまりの街ほどの防衛力がない、そういう村。


 しかしそれにしては村を囲う柵が三重で、かつしっかりした作りなのが目立つ。

 つまり、安全な立地の村ではないということだ。

 でなければこういうものの必要がない。


 キタは村を囲う柵の一番外側、もはや防壁と呼んで差し支えないそれ──鉄と魔獣の革を組み合わせて作ってある──の表面に触れる。

 爪や牙が刺さった跡、溶解液などが溶かした跡、複数の魔法を受けた跡は、この村がおそらく定期的に、魔族や魔獣に攻められているということを示していた。


「……それなりに前線が近いな」


 キタは経験から来る推測で、ここが前線に近いことを感じ取る。

 そういう空気。そういう備え。そういう戦いの跡だった。

 終戦前の前線付近の村にはこういう『印象の感触』があり、キタのような冒険者はよくこういう村に呼ばれ、村を狙う魔族や魔獣を駆除して来たのである。


 カイニは自分の手を見つめている。

 自分の手を、じっと見つめている。


 チョウは村を眺めて、何故か呆けていた。

 普段のチョウならキタに寄り添って彼を守ろうとし始めるのだろうが、今のチョウはどこか気が抜けている。

 何か、思っても見なかったものを見てしまった後のような顔をしている。


「チョウ?」


「……ああ、いえ、なんでもありません、キタさま」


「チョウ、カイニ、集まってくれ。前回の……ルビーハヤブサは信じられないほど強かった。今回の青い魔人はどうなのか、まだ予断を許さない。しかも僕らは魔王の五覚と交戦してだいぶ消耗してる。念のため一時間ほど休憩を取ったけど、それだけだ。無理をせず、三人で連携して、確実に勝っていこう」


「うん。がんばろっ」


「はい。キタさまの命じるままに」


 三人で頷いた、その時。


 キタの履いていた赤い靴が、喋り出した。


【おお! ようやく過去に到達したのでありますなぁ!】


「!?」

「!?」

「!?」


【過去に飛ぶことをトリガーと設定されておりましたますので、我もようやくの起動だぜございますよぉ! ハイパー待ちわびすぎましたぁ!】


 当然、場は困惑に包まれる。


 気付いたら靴が変わっていたキタ本人の困惑が一番大きかったと言えよう。


「え、何、何!?」


【名前は別にしっかりとありますですが! 今は赤い靴とお呼びよなのですよ!】


「お兄さん……靴の趣味、悪くない?」


「カイニ違う! 気付いたら履いてたんだ! それでカイニに聞こうと……」


「キタさまの足に勝手に……!? 特殊な性癖の靴かもしれません、キタさま。キタさまに踏まれたいとかそういう性癖の……」


「靴の性癖!?」


「ボクは話したことないから知らないけどそれってチョウの性癖じゃないの?」


「違っ……!!」


【キタ殿! キタ殿の師匠と我のお祖父様からキタ殿に伝言がありますですですぞ! キタ殿の師匠からは『自分の地金は見えましたか?』とのこと! 我のお祖父様からは『あなたが負けることで未来が失われるならそれでもいい、気負わないで』とのことでありです! ます!】


「師匠!? 師匠がなんで!? いやそもそも君はどういう」


【おっと話の途中でありますですが! おりましたよぉ、我らの敵絶滅存在ヴィミラニエ! さあさあ! 刻の勇者キタ殿! 我を使いこなせばあなたはS級冒険者にも届く戦士にもなれるかもかもなんだぜぇ! そのために作られたが我なのでありますなぁ! 戦いを始めて大活躍させてほしいのですわよぉー!】


「ちょっと黙ってて」


【はい】


 赤い靴が騒々しいが、今はそれどころではない。


 キタ達の視線の先で、小さな女の子が──青い魔人に変身した小さな女の子が──村の建物の前で、髭の男に抱きついているのが見えた。


 あれが、今回倒さなければならない、絶滅存在ヴィミラニエの宿主。






 今回絶滅存在ヴィミラニエに選ばれた存在は、ロウナ。

 カイカヒ村のロウナ。

 何の力もない女の子。


 ロウナは、『まだ死んでいない父』に我慢できずに抱きついた。

 未来という現在にて、もう死んでしまっている父。

 もう会えないと思っていた父に思いっきり抱きついて、思いっきり抱き締める。


 ロウナの身長は130cmに少し届かないくらい。

 髭の男の身長は2mを少し超えたあたりといったところか。

 80cm近い身長差は、ロウナが抱きつこうとしても、男の胸の高さにまで頭が届かないという絵面を作り上げていたが、ロウナは気にもせず抱き締める。


「また、あえた……!」


 その抱擁には万感の思いが滲んでいた。


 だが、相手の顔が分かるのは、ロウナの方だけだったようだ。


 父は娘を娘であると認識できず、何か困っているらしい女の子だと認識し、頭を撫でて笑顔を見せる。

 困っている子供を積極的に助けに行く、それでいてどんなに面倒でも嫌な顔一つしない、快男児の笑みだった。


「おんや、お嬢ちゃん、どしたんや? なんや迷子かの? おいにできることならしてやりてえと思うんやけども、今ちーっと手が離せなくてな……ん? はて、この顔……見覚えがあるようなないような……?」


「あっ……ご、ごめんなさいでしたぁ!」


 ロウナは気付く。

 彼女の父は、彼女が幼い頃に亡くなった。

 だから成長した少女を見ても、娘だと気付けないのだと。

 さっと顔を青くして、ロウナは父に背中を向けて逃げ出した。


 逃げ出して、走って、息を切らして、膝に手をついていると、ロウナに寄り添う力と思念の集合体が、ロウナに囁きかける。


『満足かい、ロウナ』


「まんぞく? わかんないけど……でも、うれしかった」


『そっか』


「おとうさん、やっぱりやさしかった。ロウナのおもいで、そのまま」


『うん』


「ありがとう、ディっちゃん」


『……お礼を言われるようなことなんて、まだ何も……』


 ロウナが息を整え、顔を上げると。


 ロウナと絶滅存在ヴィミラニエの目が向く先に、並び立つ三つの姿。


 キタ、カイニ、チョウ。


『げっ』


 心底嫌そうな声が、絶滅存在ヴィミラニエ側から出た。


『ああ、クソ、こりゃどうにもならないっ……!』


「ディっちゃん! けんかはめーなのよ! しちゃだめよ!」


『バカ! そもそも勝てないよ! 一対一でも勝てなかったんだから、三対一なんて勝てるわけがないの! ぼくとロウナの気持ちが一つになってないんだから!』


「じゃあ、おはなししましょ。わたしがみんなのぶん、おちゃをいれるの」


『呑気がすぎる! ああ、もうしょうがない!』


 絶滅存在ヴィミラニエが、肉体の主導権を奪い取る。

 その挙動を偽勇者は見逃さない。

 カイニの目が細まり、魔剣の柄に手がかかった。


 ルビーハヤブサに遠く及ばないこの青い魔人ならば、自分一人でも倒しきれる……というのが、カイニの見立てであった。

 あとは、この敵をどう詰みに持っていくか。それだけを思案する。


 だが、魔人はカイニの想定していなかった動きに出た。

 なんと、少女の体を使って、思念だけの状態ではできない懇願───土下座を実行したのである。


「えっ」


『お願いします! 5日だけ、5日だけ待ってください! お願いします!』


 敬語まで使い始めた。

 まだ二人しか絶滅存在ヴィミラニエを見ていないキタ、これが初めての絶滅存在ヴィミラニエであるチョウが揃って困惑し、カイニを見る。

 だが、カイニも困惑していた。

 こんなことがこれまで起きたことはなかったから。


『5日後、謎の魔獣がこの村を襲います! その敵を撃退するのと引き換えに、この子の……ロウナの父親が殺されます! 英雄級の父親です! ぼくは絶滅存在ヴィミラニエの力を使ってロウナの父親を助け、その謎の敵を殺すことで時間改変を起こすつもりでした! 5日後までは何も起こらないんです!』


 魔人は人の姿で、土下座している。


 額をこれでもかと地面にくっつけながら。


 けれど宿主の体に傷一つつけないよう、額を地面に擦り付けることはせずに。


『ぼくは5日後まで動きません! 5日後に、必ず歴史の行先を懸けて戦います! それまで決して勇者とその仲間には手を出しません! その間何を言われても言われた通りにします! だから……ロウナに5日間だけでいいから、父親と一緒に過ごす時間をください! お願いします!』


 ただ、ただ、宿主の少女の、たった5日間の幸せのためだけに、絶滅存在ヴィミラニエは誇りを捨て、憎んでいる人間に土下座している。


 それは、絶滅する前から、『この種族』がそういう生き物だったから。


 成熟個体が皆という本能を持っていた、絶滅存在ヴィミラニエ


 何がなんでも子供を守る生き物として、生前を生きていた絶滅存在ヴィミラニエ


『ぼくは"ディープニードルクラブ"の絶滅存在ヴィミラニエ。約束を守ってくれるなら、この名にかけて、決して仁義にもとることはしないと誓う。5日後、君達と尋常なる決闘にて正々堂と雌雄を決すると誓う。だから……少しだけ、たったの5日でいいから……この子を、あの父親と、平穏に過ごさせてほしい……』


 キタは、情を動かされていた。

 カイニは、ひたすら困惑していた。

 チョウは、複雑な感情でその土下座を見つめていた。


「カイニ、こういうことは、たまにでもあるのか?」


「……ううん。ボクも、こんな絶滅存在ヴィミラニエ、初めて見た……」


 キタ達に、この約束をする意味はない。

 世界のためになんだってしていいと思うなら、すぐに首を刎ねればいい。

 人間体で土下座している今、少女の命ごと奪ってしまうなら、それが一番低リスクな世界の救い方になるだろう。

 苦労もなく、負ける可能性もなく、するりと世界は救われる。


 世界を救うためなら、なんだってしていいと思うなら、そうすればいいだけだ。


「……」


 けれども。


 すぐにそんな風に割り切れって、この願いを蹴り飛ばし、この少女ごと絶滅存在ヴィミラニエの首を刎ねられる人間など、この世にどのくらい居るのだろうか。






 絶滅存在ヴィミラニエには、四つの系統が存在する。

 『破壊』。

 『汚染』。

 『天敵』。

 『変化』。

 彼らは四つの形のどれかで絶滅し、その絶滅の形によって、怨念を形にした固有能力をその身に備えている。


 神王歴2497年、キタとカイニは再会した。

 そこから遡ること八年前、神王歴2489年を起点に時間改変は発生した。

 ここから大きな改変が生まれ、時間の連続性が破綻すれば、勇者が魔王を倒した事実は消滅し、魔王は人類の存在を消滅させ、絶滅生物達はこの世界に回帰する。


 歴史は綴られる。

 時は遡ること、神王歴2399年。魔王の時代。

 人道的な誰かが言った。

 『あのおぞましき猛毒生物を根絶し、子供を守ろう』。

 その土地では昔から、河で遊ぶ子供達が猛毒を持つ蟹に刺され、若くして命を落とすという悲劇が多発していた。

 そうしてその猛毒生物を絶滅させる、人道的な活動が始まった。


 ディープニードルクラブはそうして絶滅した、その一種。

 人間はこの種を根絶するため、生息域である複数の河川に、魔導科学によって生成した魔導合成物質を流した。

 この物質には特定のキチン質のみを溶解させる効果があり、ディープニードルクラブだけを溶かして殺す、毒にして薬である物として機能したという。

 ディープニードルクラブという力無き人々にとっての身近な脅威は、人徳によってこの世界から絶滅した。

 人を呪う其の怨念は、今、此処に在る。


 よって、絶滅存在ヴィミラニエは成立する。

 種名は『ディープニードルクラブ』。

 絶滅系統は『汚染』。

 有する因子は『溶解毒』。


 其は、人類に牙を剥く歴史。


 ……だった、はずなのだが。






 あの日、ディープニードルクラブは、ロウナを選んだ。


 水棲生物は様々な理由から、宿主を適当に選ぶ傾向がある。


 ディープニードルクラブもまた、宿主を適当に選んでしまった結果、本懐を遂げるにあたって無駄な障害を得てしまったというのは否めない。


 けれども。


『どんな過去でも一つだけ、変える権利を君にやろう。滅びと引き換えに』


「おねがい、おとうさんを……おとうさんをたすけて……」


『おっ……思ったよりちっちゃい子だったな……ぼくどうしよ……』


「おとうさんが、ころされちゃったの……ロウナのせいかもしれないの……」


『え』


「おかあさんが、そういって、ロウナをたたくの」


『……!』


「ロウナはうまれてきちゃいけなかったの」


『───』


「あのひにもどって、ロウナをころして、おとうさんをたすけたいの」


『……君、は……』


「ロウナのおねがいを……かなえてほしいの……おとうさんを、たすけて……」


 ディープニードルクラブの絶滅存在ヴィミラニエは。


 その少女の『狂おしいほどの後悔』に取り憑き、その願いを選んだ。


 その果てに、何も手に入らない結末が待っていると、予感しながらも。


 その少女の、手を取った。


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