また会えたから、また頑張れる 4

 キタがダネカを好んでいる理由に、分かりやすいものが一つある。

 話が早いことだ。


 キタがダネカをちょっと面倒臭いと思っている理由にも、同じく一つある。

 話が速すぎることだ。


「クソが! ぶち殺してやるぞ俺! 俺の分際でなんてことしてやがる! この俺がぶっ倒してやるぞオラァ! ……やったのも俺じゃねえか???」


「ダネカ! 落ち着いて!」


 キタが刻の勇者関連の話や、ダネカにちょっとした忌避感に似たものを感じている理由と経緯を話すと、ダネカはキレた。

 主に、正史世界の自分に対して。


「お前やチョウにそんなことすんのは……もう俺じゃねえだろうがぁ! 俺じゃねえなら俺がぶん殴れるはずだ! キタ、待ってろ! 俺がこれから俺をぶん殴ってふんじばってお前とチョウに土下座させてやるからよ!」


「落ち着いてダネカ! 怒りすぎてもう何がなんだか分かんなくなってる!」


「落ち着いてられるかああああああああああああっ!!!!」


「時間に余裕が無いからさっさと落ち着けって言ってんだぁぁぁ!!!!」


 三分ほど、暴走するダネカをキタが止めようとする無駄な時間が続いた。


「ハァ、ハァ、サンキュ、ちっとは落ち着いてきたぜ」


「はぁ、はぁ、それにしてもこんな話よく一瞬で信じたね君は……」


「常識とキタの言ってることが相反したらキタを信じりゃあいいんだよ。そんで大体上手く行くんだからな。ケッケッケッ」


「君はそうやって全賭けしてくるから迂闊に浅慮な選択ができなくなって、よく考える癖がついちゃったんだよ僕は……」


「そうだっけか?」


「そうだろ!」


 ぎゃあぎゃあと、少年らしい掛け合いが続く。


 『この歴史の』ダネカはいつものことすぎて何も思わない。


 だけれどキタは、とても懐かしい気持ちになってしまったような気がして、胸の奥の戸惑いに、絶えず揺り動かされていた。


「……念の為、聞くけど。君がああいう感じになった理由に心当たりは? それが分かったら、僕も僕の世界のダネカにどう接すればいいのか分かるんだけど」


「分かるかよ! やるわけねえだろ、俺がンなこと」


「いや……僕もそう思うんだけどね……うーん……」


 腕を組み、考え込むキタ。

 難しい顔をするダネカ。

 二人は話しつつも移動して、青い魔人の絶滅存在ヴィミラニエが跳んだ過去へと続く時空の穴を捜索し始めていた。


「まあ待て、キタ。こうは考えられねえか? 俺の生きてた歴史の方が正史!」


「なんてこと言うんだ!」


「けどよぉ……正しい歴史で俺がお前とチョウにそんなことするわけがねえぜ? もっと常識的に考えてくれよ、な」


「めちゃくちゃ自信満々に言うなこいつ」


 『キタが言ってることが正しい』と『俺がお前らを望んで苦しめるわけがない』をあんまりにも堂々と言い切るダネカらしい言い草に、キタは苦笑して、頭を掻いて、今の現実の何がなんだか分からなくなってしまった。


 けれど、偽物でもなんでもない、ダネカらしさの残骸を感じる正史のダネカが、そういう人間になっていることは事実なのだ。


「いや……正直に言えば、あのダネカに向き合うのはキッツいから、この歴史で君と魔王を倒しに行って、世界を救うことに魅力を感じないわけじゃないんだけど」


 願望がある。

 苦痛がある。

 逃避がある。

 後悔がある。

 懐古がある。


 それでも、刻の勇者は最後の一線で間違えることはない。


「この改変された歴史では、カイニが殺されてる。そんな時間改変を、僕は絶対に許すわけにはいかない。あの子は幸せになるべきなんだ」


「……へっ。そうだったな。お前は勇者カイニのために村を出たんだもんな」


 苦しみを飲み込んで、キタは『このダネカと共に世界を救う』という選択肢を切り捨てる。

 ……カイニのため、という理由をわざわざ口にしながら。

 キタは歴史を戻して、このダネカを、あのダネカに戻さなければならない。


 それは苦渋の決断だった。

 キタの知らない、醜くなったダネカの待つ世界に帰るために、かつての輝きを残したダネカを切り捨て、別れを選ばなければならないのだから。


 『このダネカと一緒に居たい』という気持ちがあればあるほど、それが心の肉を引き裂いていく。

 軽い気持ちで選べることではなかったが、そうしなければならなかった。

 でなければ。

 では、なくなってしまうから。


「ま。お前は器用だからよ。お前が解決できなくて苦しんでる時ってのは、いっつも信じられねえくらいクソ案件とぶつかってる時って相場が決まってら」


「まあ……それはそうなんだけどね……本心を言えば、今日ダネカがチョウの首を締めてるのを見るまで、僕はちゃんと察せていなかったことに気付いたっていうか……こっちの歴史のダネカに上手く取り繕われてたんだなって気付いたとこ」


「キツいか?」


 一瞬、キタの表情に弱さが映る。


 それは、相棒にしか見せない弱さだった。


「キツくないわけないでしょ。こんなことダネカにしか言えないけどさ、ダネカにしか話せなかったようなこととか結構あったのに、そのダネカが変になったら、僕は誰にも相談できないこととか増えちゃうわけだよ。カイニとかチョウとか、妹分たちの前じゃできるだけ完璧なお兄ちゃんで居たいと思ってるし……」


「ハハッ! そりゃあキツいわな! お前の相棒がお前の敵になったんだもんなぁ! クソ、腹立ってきた。俺の野郎、必ず俺がぶっ殺してやる……!」


「話を開始地点まで戻そうとしないでくれ」


 燃える王都を、時の穴を探して走り、二人は語り合う。


 この出会いは偶然であり、必然であった。

 世界を救うためには不要かもしれないが、キタにとっては必要だった。

 ダネカ本人との語り合いであり、ダネカ本人との相対ではなかった。

 過去のダネカとの対話であり、もしもの現在のダネカとの対話であった。


 時の移動が見せた陽炎の夢のような、ひとときの出会いと対話。

 けれど、意味はあった。


「まあ、そんならよ! やること見えてきたんじゃねえか!」


「まあ、そんならそうだね。まず過去に行く穴を探して、青い魔人を倒して、時間を修正して元の歴史に戻して、それから……」


「その後! お前が! ぶん殴って戻すんだよ! 俺を、元の俺に!」


「───」


 キタが、息を呑んだ音がした。


 他の誰かが言っても、もしかしたら響かなかったかもしれない。


 心に響く言葉とは、何を言ったかではない。


 だ。


 救えないほど醜悪になったダネカを殴って元に戻せと、何も変わらなかった歴史のダネカが言う。


 それが、弱りかけていたキタの心に、諦めない力をくれた。


「頼むぜキタ! 俺が酔っ払ったことほざいて、お前がぶん殴ってくれなきゃ、俺は酔っ払った時にやらかしたこと一生後悔してなきゃなんねえからよ!」


 キタという少年に降りかかる難題と迷いは、いつだって深刻だ。


 けれどダネカはいつだって、キタの迷いを豪快に振り切ってくれる。


「ああ。必ず。間違う前の君を、取り戻す」


「おう! それでこそだ! 」


 本当のことを言えば、ダネカはキタの話を聞いてからずっと、心の奥で『もしかしたら俺はそういうことをするかもしれない』という疑惑と、『そんな風になってしまった俺がいるのか?』という恐怖に苛まれていた。

 黄金で豪快に見える彼も、不安に呑まれそうになることはある。


 けれどダネカはいつだって、キタがそれを解決してくれると信じている。


「元の歴史の俺がお前を攻撃しようとしたらよ! 思い切って反撃してやれ! 股間……は狙うな。目だ、目を狙え! そこが俺の弱点だ!」


「大体の生き物は眼球が弱点だろう」


「肋骨もまあまあ弱点だぜ?」


「あれは弱点じゃなくて相対的に弱い骨だから折れるだけの弱骨だ!」


 二人は走る。


 だが、その足が止まった。


 走っていく先に、待ち構えていた女が居たから。


「あ?」


「会話を聞いてたけど、仲が良いね。ぼくともお話してくれないか?」


 赤く長い髪をツインテールにまとめた、豊満な体つきの鋭利な美人。


 キタは、その容姿に見覚えがあった。


 キタがに、本当に山のように見てきた、


「……アジ?」


「元アジだ」


 キタはその女の正体を知らない。

 この歴史におけるダネカもだ。

 されど女は、キタとダネカのことをよく知っている。


 その女の名は、エバカ。

 針のエバカ。

 古き記し方をするのであれば、アジ・エハーカと呼ばれる存在。

 アジの現行世代最初期生産型ファーストロット、第四号。

 盗賊ロボトを憎む者。

 黒龍アンゴ・ルモアの絶滅存在ヴィミラニエ、シサマの配下の女である。


 燃える王都の道の上、ヒバカと同じ赤い髪が、炎に照らされている。


 エバカは鋭い視線で、射抜くようにキタだけを睨む。


ぼくはお前に恨みは無いが、ある人にとって、聖剣に選ばれたお前は邪魔でね」


 じゃらっ、とエバカの手の中で、不思議な響きの擦れる音がする。


 それは戦闘態勢に入ったエバカの手の中で、針が擦れるがゆえの音。


 『刺す』のではなく、『擦れる』ことで、存在感を示す針。


ぼくの独断で、お前を消しに来た。悪く思うな」


 エバカの持つ針が擦れる音は特殊な魔法効果を発揮する。

 『音』は、人の脳に作用しやすい入力情報だ。

 耳の傍の蚊の飛翔音を聞き、完全に何も思わない人間というのはそう居ない。


「ああ!? わけわかんねえがキタを消させるかよ、ぶち殺してやんぞ……!」


 エバカは戦闘前に会話から入り、会話中に針を擦り、その音で敵の精神状態に悪影響を与え、平常心や判断力を削ぎ落としたところから戦闘を開始する。

 それが彼女の定番である。

 現にダネカは、針が擦れる音を聞いて無自覚に心乱され、既に冷静さを幾分か失ってしまっている。


 されど。

 そんな小細工は、冒険の書の持ち主に通用することはない。

 この書は持ち主の心を守るがゆえに。

 冷静に、的確に、キタはエバカが無自覚に見せた『心の隙』を見落とすことなく、それに気付いていた。


「嘘だね。ダネカ、こいつは嘘つきタイプだ。変化球の動きに注意を」


「……オーケー、お前の見立てがそうならそうなんだろう」


「はは、ぼくが嘘つき? 初対面なのに随分な決め打ちをしてくるじゃあないか。反吐が出るくらい街の皆さんに信用されてる優しいキタ様の言うこととは思えない」


 キタの目が、まっすぐにエバカを捉える。

 嫌な目だと、エバカは思った。

 心の芯まで見透かされそうな、共感性の高さを感じられる、勇者の目。


「『恨みは無い』って言ったけど、君、僕を何か恨んでないか?」


「───」


「うちのPTの盗賊と嘘をつく時の癖が似てる気がする。なんとなくだけど」


 そして放たれた言葉が、キタが思ってもいなかった部分に、エバカの隠された急所に、綺麗に刺さった。


「ああ? ロボトにそんな癖あったか?」


「談話室で話してる時に時々出てるでしょ。ダネカもよく見てれば分かるよ」


「分かんねえよ」


 エバカにとっては、初めてのことであった。


 敵の心を乱そうとして、逆に心乱され、戦闘が始まるだなんて。


 心中穏やかならぬまま、エバカは歯をむき出しにして、針を構えた。


「……ぼくの心を覗き込んでくるな、刻の勇者───」


 エバカが、針を投擲する。

 速度は風。

 精度は文字通りに針の穴を通すレベル。

 数は46。

 エバカの腕から広がった『魔力の膜』がそれらを加速させ、キタとダネカに一斉に襲いかかった。


「ダネカ風!」


「吹け、風!」


 だが、予備動作の時点で、キタはその攻撃を見切っていた。


 がために、キタの意識には針攻撃への警戒が未だ置かれており、それが綺麗に噛み合った。

 噛み合ってしまった。

 先手確殺したかったエバカにとっては、最悪なことに。


 キタが叫び、ダネカが問い返しもせず反射的に魔法を行使。

 吹き荒ぶ風が、直進する針の全てを叩き落とした。


 超高速の意思疎通と連携行動に、エバカは目を見開く。

 キタが見切り、判断し、指示を出し、ダネカが聞いて、応え、魔法が発動されるまで、本当の本当に一瞬であった。

 まるで、ダネカが腕で、キタが脳で、二人の体が繋がった一つの体なのではないかと錯覚しそうなほどの、見事な連動。


 個人の強さでもなく。

 武器の強さでもなく。

 連携の強さにおののいたのは───エバカにとって、未知の感覚。


「……いや、日頃の行いは良くしとくもんだね。直前に戦ってた相手が針の使い手じゃなかったら、今頃僕らは蜂の巣だったかもしれない。運が良かった」


「おーこええこええ」


 恐れているようで、どこか余裕綽々に、男二人は語り合っている。


 引き抜かれた青い双剣と黄金の剣が、空中で打ち合わされる。


 まるで鐘の音のような金属音が、エバカに冷や汗を滲ませた。


「ま、楽勝だろ。俺とお前が揃ってて、負けたことあったか?」


「21回も負けたことあったでしょ」


「は? あれは全部実質勝ってた。つまり無敗ってことなんだよ、分かるよな? 俺達は無敗にして無敵のコンビ……ってことだ。今日も負けねえ」


「『無敵のコンビ』ってこんな欺瞞で名乗っていいもんだったっけ?」


 独特の威圧感があった。

 キタとダネカが揃っている時にのみ、敵が感じる威圧感があった。

 この二人が手を組んでいる時にだけ在る、『負けない』空気があった。


 エバカは尻込みしそうな己に気合を入れ直す。

 殺意を滲ませ、歯を剥き出しにする。

 主君のため、キタを殺す理由があった。

 自分のため、キタを殺す理由があった。


 自分の中に渦巻く感情を吐き出すようにして、エバカは己を鼓舞する。


「死ね。ロボトはぼくのお母さんだ。お前達の仲間なんかじゃない」


 けれども、吐き出された感情がまあまあ変だったので、ダネカは困惑した。

 キタも困惑した。

 しかし困惑している場合ではないので、二人ともに剣を構える。


「歪んだ性癖の発露?」


「ダネカ! 真面目に! ……いや歪んだ性癖かもしれないけどさ!」


ぼくは歪んでなんかない! 正しい! ぼくは正しいんだ!」


「ロボトは男だ寝言言ってんじゃねえぞテメーッ! 特殊性癖満たしてえなら俺の仲間に構ってねえで女向け風俗店でも行ってやが───」


 ダネカが怒鳴った、その時。


 世界を揺らす轟音が響いた、


 純然たる振動が、世界を揺らす。


「なんだ!?」


 そして。


 王都の上空へと、魔王軍の『最強の一人』が放った『赫焉』が襲い、それが青い魔導結界に逸らされ、空の彼方へ飛んでいく。


 そうして、空に浮かぶ星が一つ、焼滅した。

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