刻の勇者カイニの過去回想 5

「本来。冒険の書を持つ者の呼称は『勇者』ではなかった。『ときの勇者』と言った。かつては民心の安定こそが教会の急務だった。よって刻の勇者と時間闘争の事実を隠蔽した。おかげで今知られている勇者はほとんどが本来の功績を語られておらず、道半ばで死した勇者は語られず、刻の勇者と呼ばれることも無くなった」


 アオアは別れ際に、ボクにそんなことを言っていた。


「応援。ワタシは貴方の旅路に関われない。しかし勝利を願っている」


 ああ、こういうクールな感じいいなあ、とボクは思ったのだ。大いに。


 ちょっと真似しようかな、と思ったのだ。大いに。


「正統の魔王は時間を操る。時間を操る魔王を倒せるのは、歴史を書き換えられようとも精神に影響を受けない、『冒険の書』の持ち主だけ。それが、勇者」


「……うん。ボクが倒すべき相手だ」


「其故。ワタシは歴代の勇者全てにこれを言うようにしている」


 だって、ボクは。


「貴方が負け、ワタシが消えても。ワタシは貴方を恨まない」


「───」


「たとえ滅びても、魔王が絶滅存在ヴィミラニエが悪いだけ。それだけのこと」


 キタに『勝ちたい理由』を貰って。

 アオアに『負けていい理由』を貰って。

 それでようやくちゃんとした勇気を出せるようになった、そんなダメダメな、偽物の勇者だったから。

 この『ありがとう』を抱えたまま、明日を勝ち取りたいと、思ったんだ。






 時が流れて。


 ボクは、みんなに認められた勇者になった。


 でも、それだけじゃダメだった。世界を救うには全然足りていなかった。


 魔王軍幹部───『魔王の五覚』に、ボクは手も足も出なかった。

 『無知全能の眼』マモ。

 『音喰らいの耳』ンドゥ。

 『虚実反転舌禍』ケマル。

 『剥死肌死餓死』ノーマ。

 『阿鼻叫喚赫焉』チザネ。

 魔王の前座にさえ、ボクの魔剣は届かなかった。


 本当はもっと前から分かっていたことだった。

 仲間が必要だ。

 共に闘ってくれる仲間が。

 ボクと一緒に戦ってくれる仲間が。

 ボクと一緒に死んでくれる仲間が。


 ボクが真実を明かさないまま、ボクの真実を知らないまま、ボクと共に命を賭けてくれる、ボクの嘘の被害者になってくれる人達が、必要だった。


 王様が言っていた、選りすぐりの三人の戦士が、その求めに応えてくれた。

 栗色のふわふわとした髪の毛をした、優しそうな僧侶のお姉さん。

 名前はカエイ。

 本人曰く二千年以上を生きてる、鯨の魚人の、凄腕弓兵のお爺ちゃん。

 名前はキアラ。

 唯一魔王軍幹部全てと戦い、全てに生き残ったという、でっかい盾の重戦士。

 名前はコロカ。


 顔を会わせてからしばらくして、ボクは三人に冒険の書のページを見せた。

 一番上にキタの名前。

 その下にボクの名前。

 これを大勢に見せるのはそれだけでリスクになる。

 名前だって、1ページしかないから無限に書き込めるわけじゃない。

 ページが埋まりきったらもう誰もキタの代わりに戦えなくなってしまう。

 だから気軽には見せられなかった。


 ボクは、出会ってから見た三人の戦いを判断材料にして、『背中を預けるならこの三人しか居ない』と思った。だから、この三人に決め打ちしたんだ。


「このページにキミ達の名前を書き込めば、キミ達も勇者の力の一部、冒険の書の護りを手に入れる。時間改変が起こっても記憶を持ち続けられる。その力があれば、魔王ズキシと、魔王ズキシに与する絶滅存在ヴィミラニエとだって戦える」


 三人は真っ直ぐな目でボクを見ていた。


「でも、この一枚に名前を書いた瞬間から、キミ達は地獄に足を踏み入れる。説明はさっきした通りだ。この戦いに終わりは無いかもしれない。……魔王を倒してからが本番になるかもしれない予測も出て来てる。それでも」


 ボクも、真っ直ぐに彼らを見返す。


「それでも、ボクと戦ってくれるなら。世界でも良い、大切な人でも良い、信じるものでも良い、のために世界を守って死ねるなら……ううん、簡単に死ぬことさえ許されない、ずっとずっと戦い続けた果てに死ぬ、そんな結末を迎えるかもしれない……そんな苦しみの人生を、選べるなら……」


 その時。

 ボクは、とてもかっこ悪かった。

 勇気を出しきれなかった。

 『ボクと戦うことを選んで』と言うのを、ためらってしまった。


 彼らのこの先の人生に起こることがになることが、怖くて、怖くて、ボクの言葉を受けて彼らが選んでしまうことが、怖かった。


 だから、ボクと彼らが仲間になれたのは、ボクが勇気を出したからじゃない。

 彼らが優しかったからだ。

 彼らが自分の意思で地獄に踏み出すことを選んでくれからだ。

 ボクが言葉を続ける前に、彼らはペンを手に取って、各々が冒険の書に名前を書き込んでいった。


 『俺達は俺達の意思でお前を助けるから気にするな』……って、彼らは言ってないはずなのに、言葉の外で言ってくれてるような気がした。

 『俺達が死んでもお前のせいじゃない』って、言ってくれてるような気がした。

 『誘ったことを悔いるな』って、言ってくれたような気がした。

 その優しさに、とっても、とっても、救われた気持ちになった。


「じゃあ、なおさら書かないといけないっすね。へへ。女の子一人をそんな地獄に放っておくなんてできるわけねえっすよ」


 重戦士が、冒険の書に名前を書き込んでくれた。


「コロカ」


 コロカは重戦士。

 ボクの仲間になってくれて、それからずっと守ってくれた男の子。

 大きな盾をドシンと構えて、どこよりも怖い一番前で、誰よりも前に出てみんなを守る、盾の騎士。

 ここから何年もの間、ボクは彼に守りを全部任せきっていた。


 いい人なんだけど、本当に臭くて汚いのが玉に瑕。

 運動した後着替えないし、汗かきまくるのに風呂入らないし、重装甲の鎧の内側がめちゃ臭くなっても洗わないし、魔物が吐いた粘液を被っても顔すら洗おうとしないし、馬の糞の山に頭から突っ込んだ後に普通にボクらに触れようとする。

 いい人なんだけども。

 信頼できる仲間なんだけども。

 ボクが好きだって言ってるけど、お友達止まりでお願いします。


「ふぉっふぉっふぉっ。構わん構わん。これまで二千年戦ってきたんじゃ。追加でもう二千年くらいなら付き合って戦ってやろうじゃあないか。なぁに、永遠に戦う地獄などと思うこたぁない! たまに海に行って水着のチャンネーでも見て肉を貪り食えばまた明日から戦う気力は湧いてくるものよ! ふぉっふぉっふぉっ!」


 弓兵が、冒険の書に名前を書き込んでくれた。


「キアラ」


 キアラは弓兵。

 ボクの仲間になってくれて、ずっと足りないところを補ってくれたお爺ちゃん。

 ここから何年もの間、ボクは大きくなっていく胸とお尻をこのお爺ちゃんにずっと実況されていた。ボク殴ってもよかったんじゃない?


 旅の中でも、戦いの中でも、キアラの知識と経験と強さにずっと支えられて、ずっと助けられてきた。

 キアラが居なかったらきっと、旅は上手く行かなかったかも。

 ボクらのお風呂や着替えを覗くなんて日常茶飯事。古い時代から飛び出してきたみたいなスケベジジイ。誇張なしにえっちな人だった。


 でもキアラの同族は二千年に全滅してて、キアラは誰とも子作りができなくなってしまっていて、キアラが死んだら種族は絶滅する、っていう事情があった。

 ボクはセクハラは嫌いだけど、キアラは嫌いじゃなかった。

 キアラのスケベ行為は、性欲というより、どっちかというと自虐だったかも。

 絶滅が決まった種族が、性欲でも娯楽でもなく、ただ『子供が作れる種族の真似』をして生きているのが、なんだか見ていて虚しさを感じたんだ。


「辛かったでしょう。こんなこと、ずっと一人で抱え込んで」


 僧侶が、冒険の書に名前を書き込んでくれた。


「カエイ……」


 ぎゅっと、カエイがボクを抱きしめてくれる。


「もう、カエイお姉さんって呼んでって言ってるのに」


「……恥ずかしいんだよ。ボク、一応クールな勇者で通ってるんだから」


「ふふふっ、カイニちゃんかーわいっ」


 カエイは僧侶。

 可愛らしさの化身みたいなお姉さん。

 ボクの仲間になってくれた……というより、ボクのお姉さんになってくれた人。


 普通の僧侶と比べたら、飛び抜けて強い人だった。

 でも、ボクの仲間達の中では一番弱い人だった。

 それでも、一番必死に走り回って、杖で殴って、回復魔法で人を助けて、怪我人を抱えて炎の中を走り抜けて、そんな姿が魅力的だった。


 あ、すんごいモテててた人だった覚えがある。

 可愛いオブ可愛いって感じだったね、うん。

 『美人要素すら邪魔』『綺麗部品要らない』って感じの、可愛いの化身だった。

 おっぱいも大きかったしね。


 ボクが倒した魔族の数よりカエイに告白する人の方が多かった日もあった。

 ……いや流石におかしい! なんだあの人は!


 誰にだって優しい人だったから、笑顔が可愛い人だったから、男性特攻ゆるふわ擬人化みたいな人だったから、それはもうどこに行ってもおモテになられてた。

 正直、コロカがカエイじゃなくてボクを好きになったの理解できなかったもん。


 いやホントにね。

 たんぽぽの綿毛みたいな美人だったんだよ、カエイ。


「勇者カイニ一行ー! スタンピードー!」


「なんすかねその掛け声」


「もうちょいマシな掛け声考えたらどうじゃ」


「私はカイニちゃんらしさが出てていいと思うけどなぁ」


「……スタンピードー!」


 そうして、ボクらは最前線を巡る旅に出た。


 一人と一人と一人と一人が、四人の仲間になるための旅だった。


「私ね、カイニちゃんみたいな妹が欲しかったの!」


「ちょ、ちょっと、人前で抱き締めないで……ボクも、カエイみたいなお姉ちゃんが欲しかったかも。名前も似てるし……」


「! あらあら! じゃ、お姉ちゃんって呼んでいいのよ~?」


「それはちょっと……」


「もー、なんで?」


「……ええと、昔からボクがよく見てる悪夢があって……」


「うんうん」


「ボクは子供だから……キタお兄さんは、ボクと違って、子供の頃から大人だったから……たぶん、ボクみたいな子供っぽい子じゃなくて大人っぽい女の人を選ぶんだろうなって、そう思ったら……怖くなっちゃって……」


「うんうん」


「ふとした時に『その日』を夢に見て、夢の中でお兄さんが選んだ女の人をボクが『お義姉さん』って呼んでて……なんかそれがすっごく辛くて……カエイみたいな魅力的な女の人をお姉さんって呼ぶのが怖くなってしまってるっていうか……カエイにお兄さんを取られるのを夢に見そうっていうか……そんな感じです、はい」


「……はー! かわいいっ!」


「わぷっ、ちょっとカエイ、この角度で抱き締められるとボクの顔がキミの胸の間に埋まって喋れなくなっちゃ」


「私をあなたの名誉姉にさせてー! あなたのお兄ちゃんは取らないからー!」


 戦って、救って、話して、仲良くなって、山を越えて。


「キアラ! ボクが魔族の気を引く、その隙に人質を解放して! ここから魔族に捕まってる人達のロープを矢で切断、できるだろう!?」


「なにバカなこと言っとるんじゃカイニ!」


「できないっての!? 古代の英雄の名も地に落ちたもんじゃないか!」


「人質30人の解放も捕まえてる魔族20体の射殺も1秒も要らんわ! そっちは全部ワシに任せとけ! お前は奥のボスを一太刀でぶち殺すんじゃ!」


「……りょーかい!」


 戦って、救って、話して、仲良くなって、谷を越えて。


「コロカ、お風呂に入って?」


「や、やだ……足首よりカサのある水に浸かりたくないっす……」


「じゃあ水と香草で体流すだけでいいから」


「いやっす、流水怖いっす」


「なんなの……?」


「カナヅチなんすよ、洗面器に溜まってる水が怖いレベルの」


「そのレベルのカナヅチって実在するもんなんだね、ビックリしてる」


「っす」


「じゃ、あの川を渡る前にコロカを殴って気絶させて大人しくさせてから投げるからちょっと我慢してね。今ちょっと急いでるから。渡ったら覚醒魔法かけるから」


「え?」


 戦って、救って、話して、仲良くなって、川を越えて。


「実はね、私も故郷に婚約者を残して来てるの。カイニちゃんと同じで、好きな人が故郷に居るんだ。その人と一緒に生きていく未来を勝ち取りたくて……内緒よ? ふふふ、実はカイニちゃんと同じ理由で戦ってたの」


「わぁ……そ、その話、もうちょっと詳しく。後学のためにボクに是非っ」


「ふっふっふ。同じ境遇、同じ理由、同じモチベーションの私に興味津々という感じね、カイニちゃん……! いいわ、教えてあげる。甘酸っぱい成功談から、思い出したくない失敗談まで、私とカレの全部を赤裸々にね……!」


「ま、待って! 貢ぎ物を持ってくる! 焼き菓子でいい!?」


「あらあら素敵なお気遣い! じゃあ私は、お茶を入れましょうかしら」


 戦って、救って、話して、仲良くなって、海を越えて。


「わりゃー何を考えとんのじゃあコロカー! こんっ……ボケがぁー! なに戦闘中に海に飛び込んで一般人救助しとるんじゃー! カナヅチはどうした! 戦線が危うく崩れるところだったじゃろうがー! じゃが褒めてやる! ようやったのう!」


「人の命がかかってるのにそんなこと言ってられないっす」


「じゃあ普段から我慢して風呂に入れキレるぞってボクは思うけど」


「あらあらうふふ」


 戦って、救って、話して、仲良くなって、森を越えて。


「あの……カエイ……」


「あら、カイニちゃん。どうしたの、もう寝てる時間じゃない?」


「……魔王に、負ける夢、見ちゃって」


「……そっか」


「今日も……一緒に寝させてもらって、いいかな?」


「ええ、今日だけと言わずに毎日だって構わないわよ」


「それはちょっと。勇者はクールで強くないといけないから」


「ふふっ……そうだね。勇者は強くないといけないんだもんね……」


「失礼するよ。うん、あったかい。カエイの体温だ……なんか……安心……」


「……まだ13歳か14歳か、って年頃だもんね……カイニちゃんも……」


 戦って、救って、話して、仲良くなって、沼を越えて。


「カイニはもう半分ワシの孫じゃー! くせえお前にやるもんかぁー!」


「言ったなぁクソジジィー! カイニさんは俺の初恋っすよー!」


「だったらなんじゃぁー! 撃ち殺すぞオラァー!」


「奇跡が起こって体臭ごと愛する真実の愛が目覚めるかもしれねえんすよッー!」


「ボクが見てる前で猿が糞を投げつけ合う喧嘩みたいなの繰り広げないで?」


 戦って、救って、話して、仲良くなって、闇を越えて。


「勇者カイニ一行ー! スタンピードー!」

「勇者カイニ一行ー! エクスプロージョンじゃぁー!」

「勇者カイニ一行ー! デストロイっすー!」

「勇者カイニ一行ー、れっつごー!」


「なんでこうなってしまったんだ……ボクらは……!」


 神王歴2497年。


 僕らは、魔王城に辿り着いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る