みんなに「要らない」と言われた君へ 3

 なんやかんやでアクシデントのあれこれを処理して、パレードも儀礼も一通り終わり、夜になって自由時間が出来るやいなや、カイニはキタがとりあえずで取った安宿の部屋にこっそり忍び込んできた。

 目を丸くするキタを前にして、カイニは深呼吸をする。そしてまた深呼吸。


 やたら落ち着きなく、そわそわして。

 やたら冷静を気取って。

 やたらチラチラとキタの方を見て。

 やたら「ふっ」と微笑んで。

 クール気取りの女勇者は拙く、あれやこれやを話し出した。


「ふっ……お兄さん、幼馴染だからといって気安く接してもらったら困るね。分かるだろう? 適切な距離感ってあるじゃないか。ま、ボクとしてはキミがどうしても親しく接したいというならやぶさかじゃないけど……立場ってものもあるからね」


「お前はなんであんなことした後にクールキャラ気取りができるんだ?」


「あんなこと……?」


「こいつ……記憶を……!」


 十年ぶりに再会した可愛い妹分は、やたらと兄貴分の前でカッコつけようとする女の子になっていた。


「ま、とりあえず。久しぶり、お兄さん」


「ああ、久しぶり、カイニ。めちゃくちゃ美人になってたからたまげたよ」


「びっ……!」


 ぼっ、と、カイニの顔が赤く染まった。

 カイニがにやにやし始め、両手で顔を覆って隠す。

 顔を覆う手の、その指の間から、またちらちらとキタを覗き見ていた。


「……ふぅ、やれやれ。とんだプレイボーイになってたみたいだね、お兄さん」


「お前もうクールキャラやめろ」


「いやだ。お兄さんをドギマギさせて翻弄したい、クールに」


「そんなこと言うクールキャラは有史以来存在しないんだよ」


 キタがカイニの頬をぺちぺち優しくはたいてやると、カイニはとても幸せそうに微笑んだ。


「あ、そうだ。もう終わったから返さないと。冒険の書、借りていい?」


「返す? 冒険の書に? ……ああ」


 カイニは腰に吊り下げていた教会の紋章つきのホルダーを開くと、手渡された冒険の書にページを戻していく。

 十年前引きちぎられたはずのページは、特に接着剤などでくっつけなくとも、ごく自然に元の形に戻っていった。


 冒険の書の中で何か。何かの重みが増した。何かが『変わった』実感があったが、キタにはその変化を言語化できない。

 子供の頃は分からなかった、冒険の書の何かの欠落が、今カイニが戻したページによって埋まったような気がしたが、『気がした』でしかないため、キタは特に気にすることもなく冒険の書をぺらぺらめくる。


 カイニが戻した冒険の書の最後のページには、キタの名前と、カイニの名前と、噂に聞いていた『勇者PT』の者達の名前……カイニの仲間達の名前が書かれていた。

 仲間内の寄せ書きのようなものだろうか?

 キタは疑問符を浮かべつつ、冒険の書を閉じる。


「そういえばお守り代わりに貸してたんだっけ。冒険の書のページなんて使い所なかっただろうに、捨てちゃってよかったんだぞ?」


「んー……ま、そのへんは、色々ね」


 曖昧に、誤魔化すように、カイニは微笑んだ。


 ベッドに腰掛けているキタ。

 椅子に腰掛けているカイニ。

 二人の間にあるのは、幼馴染ゆえの相互理解と、十年の断絶が生んだ不理解と、それをすり合わせていく慈しみの気持ちだ。


「色々あったよ、色々。ボクと一緒に旅をしてた仲間は全員死んでしまったし」


「え」


 一瞬、空気の粘度が上がる。


 二人の間には無数の『分かっている』があって、無数の『知らない』があった。


「魔王は倒して、魔族は絶滅させてきた。もう魔族が地上に生まれることはない……と言い切りたいけど、見落とした生き残りはいるかもね」


「……カイニ?」


「ふぅー」


 カイニの仲間の全滅。魔族の絶滅。カイニのどの言葉に反応すべきか、キタが言葉を選んでいる間に、カイニは道具袋から本を取り出して背表紙を指先でなぞる。

 本の題名は『絶滅種 人間の罪について』と書かれている。

 何故そんな本をカイニが持っているのか、キタには分からない。

 旅立つ前のカイニは、そういう趣味は持っていなかったから。


「絶滅生物の勉強とかもしないといけないんだ。もう、ボクを支えてくれた人はどこにもいない。ボクだけでも頑張らないとね」


「うん? よく分からないが、勉強したいなら王都図書館に知り合いが何人かいるから紹介しようか」


「ホント!? さすがお兄さん、相変わらずお友達が多いね」


「昨日めちゃくちゃ減ったとこだよ」


「なんで???」


 あーだこーだ。

 かくかくしかじか。

 追放されたことをカイニに話すキタ。


 大まか聞き終わったところで、カイニは笑った。

 とても綺麗な笑顔だった。

 内面の感情が見て取れないほどに。


 無表情で感情を隠すのは一般人。

 笑って感情を隠すのは有名人である。


「うん、分かった。そいつらぶん殴りに行こう、お兄さん」


「やめなさい」


 物騒なセリフと共に部屋を出ていこうとする──何をしようとするかは明白な──カイニの腕を、キタが掴んで止めた。


「なんで止めるんだい? ボクはね、お兄さんに暴力振るうなんて許せない」


「カイニ」


「誰の大切な人を傷付けたのか、無想像に無思慮に他人を殴ったらどうなるのか、それをお兄さんの仲間だった奴らに思い知らせて───」


「カイニ」


「なに!」


「おいで」


 ベッドに腰を下ろし直したキタが、膝をぽんぽんと叩く。

 声色は優しく、表情には柔らかで、家族に向けるような暖かさがあった。

 ぴたっ、とカイニが止まる。


 カイニは勇者である。

 誰も倒せなかった魔王を倒してきた勇者なのだから、そんな彼女が飛んでいってぶん殴れば、反撃できる者すらそう多くはあるまい。

 S級に分類される冒険者ですら、カイニがキタの仇討ちに動いてしまえば、問答無用でゲームセットである。

 ゆえに、カイニが動けば終わる、のだが。


 カイニの足は憎たらしい裏切者どもの方へ向かわない。

 大好きなお兄ちゃんの膝ぽんぽんに視線が吸い寄せられていく。

 『ああ、十年くらい前によくしてもらってたな』と思うと、もうダメであった。


 まるで飼い犬がライバルとの因縁の戦いを前にして『ごはんよ~』というご主人様の声を聞いて、大いに迷っている時の駄犬のような、そんな動き。


「……」


 カイニはニヒルに笑む。

 クールに笑って、爆速で誘惑に負けた。

 ゆっくりとベッドに横になり、キタの太ももに頭を乗せる。


「フッ……こんなことで世界を救った勇者を手懐けられると思ったら大間違いだよ」


「クールキャラやめろ」

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