閑話 シスターの1日



 シスターの朝は日が登り始めてからすぐに始まる。可愛らしい水色のパジャマを身にまとった彼女はゆったりと起き上がり、てきぱきと身支度を始めた。

彼女の1日の始まりは教会の鐘を鳴らす事から始まる。この鐘はソートハウル市民にとって朝を告げる鐘なのだ。

鐘を鳴らすとトーストを焼きながら洗濯したての修道服に着替える。シスターにとって清潔感は重要である、市民が頼るべき者がお手本になれないということはあってはならない事なので念入りに髪を解かし、ほんの少しの化粧を施し、いつもの眼鏡をかける。これで皆に愛されるシスターが完成するのだ。

朝の鐘が鳴ってしばらくすると人々は教会の中へと入ってくる、朝の礼拝の時間だからである。シスターの礼拝の定型文を皮切りに人々は礼拝堂の中央に女神像に向かって祈りを捧げる。皆それぞれが一様な想いを捧げる様をシスターは穏やかに見守る。

そうして朝の礼拝が済むと、シスターは街へ買い物へ出かける。

お昼の配給の為の食材を買うのだ。

この教会では特定の日の昼頃に無料で飯を配給する、貧しい家族や、病気や怪我で仕事が出来なくなった人などに少しでも楽になって貰おうという慈悲の心で行われている。

商店通りを歩いていると道行く様々な人に声をかけられる。これも彼女が信頼されている証と言えるだろう。



「おぉ!!シスターちゃん!今日の配給はなんだい?安くしとくぜ?」


「八百屋さんおはようございます☆今日はシチューにしようと思うので、うーんと…このジャガイモと、人参と…オニオンもくださいな!☆」


「おうよ!!いつも世話になってるから…これとこれも付けて1ガルドでいいぜ!」


「まぁ!☆そんなに安くしたら奥さんに怒られちゃいますよ?☆」


「良いんだよ!他でもないシスターちゃんだからな!他にゃぁ一片たりともまけねーよ!」


「ありがとうございます!☆」


「おいおい!おっちゃん!なーに一人抜け駆けしてシスターさんと話してんだよ!!シスターさん!!シチューならパンもいるでしょう?焼きたて持ってきますよ!」


「まぁ!パン屋さん!☆良いんですか?☆お願いします!!☆」



こんな光景も街では見慣れたもので、通り過ぎる人は微笑ましそうに眺めていく。

教会に戻ると中庭には多くの人達が集まっていた、彼らはシスターの炊き出しを手伝う為にボランティアで集まっている人達だ。



「いつもいつもありがとうございます!☆それでは、担当に別れて行いますので頑張っていきましょう!!☆」



シスターのガッツポーズに威勢良く答える者達、あっという間に準備は終わり配給が始まった。

良い匂いが通りに広がり、中庭は人で溢れかえっていた。シチューを美味しそうに食べる者、楽しそうに走り回る子供達、井戸端会議を繰り広げる親達。

平和そのものを体現したかの様なこの光景を眺めながらシスターは想いを馳せる、


ああ、この子達を今この場で滅多打ちにしたらどんな顔が観れるだろうかと。

泣き叫ぶだろうか、何が起きたか分からないかもしれない、今この目の前ではしゃぎ回る子供の首をへし折ったら、子供達はどんな変化を見せるのだろうか。つい先程まで共に遊んでいた者の死を理解した時、平和に染まりきった彼らを不意に絶望に突き落とした時にどんな顔を見せてくれるだろうか。

考えただけでシスターは頬を緩ませてしまう。側から見れば子供達が無邪気に遊んでいる様を微笑ましそうに見ているシスターにしか見えない。誰が彼女がそんなえげつない事を考えていると見抜けるだろうか。加虐心をグッと堪えて我慢するシスターは穏やかな笑顔で人々と会話していた。


配給も終わり日も沈み始め街がオレンジ色に染まり出す頃、礼拝堂の掃除を終えたシスターは最後に祈りを捧げると教会の大扉を施錠した。そして急いで離れの自室でで料理を作り食べる。そして教会奥の小さな小部屋へと足を踏み入れ床下の扉を開ける。

古びたコンクリートで出来た長い階段を下っていく、ハイヒールのコツコツとした音が窓もない階段に反響して響く。歩いていくシスターの顔には先程までの慈悲に満ちた微笑みではなく、獲物を狩る三日月の様な女豹の眼をしていた。

階段を降りた先には鉄格子で区切られた沢山の部屋と、様々な禍々しい金属の道具が置かれていた。彼女はスキップしながらその中の一つの部屋へと入る。

そこには一人の男が括り付けられていた。筋肉がつき、ガタイの良い身体は見るも無残な姿へと変貌していた。余す事なく全身に付けられた打撲痕、切り傷、痣。特に腹部はミキサーでかき混ぜられたかの様にぐちゃぐちゃになっていたが、かろうじて息をしていた。

シスターは駆け寄ると耳元で囁きながら首輪のスイッチの様なものを起動した



「おはようございます寝坊助さん☆」



男は眼を見開き、シスターに全力で襲いかかろうとする。鎖に拘束された手足が引っ張られ、身体が悲鳴を上げようとも御構い無しにシスターを掴もうと力を入れる。猿轡をかまされているがありったけの怒号を浴びせている。

しかしシスターはギリギリ届かない場所まで下がるとじっくり眺めていた。ありったけの殺意を乗せた眼光がシスターに向けられると、シスターはその場で恍惚の笑みを浮かべて身悶えした。そしてシスターは考える。

この“おもちゃ“は大当たりだ!これだけ使ってもまだ殺意がある、心が折れていないという事はまだ絶望を味あわせてあげられる。この男を選んで大正解だった。久しぶりのおもちゃでついつい三人のうち二人は1日で『使い潰して』しまったがこのおもちゃは大切に遊ぼうと思っていた。



「かなり元気が良いですね☆直しておいて正解でした☆」



暴れ回る男を見てうっとりと考える。

なんとシスターはこの男に治療を施し、延命措置を行なっていたのだ。

更にこの男が着けられている首輪は呪具の一つであり、肉体の修復速度を上げる代わりに意識を失えなくなるという代物なのだ。つまりコレを起動している間は傷は塞がりやすくなるが、気絶はおろか睡眠ですら取れなくなるという呪いの一品である。彼女はコレを知り合いの古物商から買っていたのだった。


シスターはそっと口に噛ませていた猿轡を外す。すると男は喉が潰れかけているにも関わらず、思いつく限りの罵詈雑言と怒声を浴びせる。幾重にも重なった負の感情の罵声に対して、シスターはまるでオーケストラの演奏を聴く様に、それでいて子供の言い訳を聞く様に眼を合わせ親身になって聞いていた。


「……それじゃぁそろそろお楽しみの時間と行きますか☆」



そういうとシスターは自身の修道服をゆっくりとめくりだす、普通の男ならば息を飲む様な光景だが、忘れてはいけないのが此処が愉快な拷問会場であるという事である。タイツに覆われたその美脚が露わになる寸前にガーターベルトとタイツの間に挟まれていた何かを取り出した。それは金属で出来た細い棒の様なもので先端が変形している。



「コレはなんだと思いますぅ?☆正解はですね…目玉をくり抜くのに使うんです☆」



言葉の意味を理解した男の顔がみるみる青ざめて血の気が引いていく。それを見てシスターは愉悦を隠しきれなかった。思わずキラキラと笑みがこぼれ落ちる。


「そう!!☆その顔ですっ!!☆☆その絶望の顔!!☆己の未来を感じてしまったその顔です!!☆☆いいですねぇ!!☆☆いいですねぇ!!!☆☆」


シスターの顔はみるみる変貌していく。穏やかだった眼は三日月を描く様に歪み微笑ましそうに笑っていた口が釣り上がる様に開いていく。そこには皆から愛されるシスターではなく、狂気そのものがいた。


「さぁて☆今日はコレからですよ!☆頑張っていきましょうね?☆☆目玉の奥の筋肉をコレで切り離すとコロンッてこぼれちゃうんです!!☆楽しみですね!☆」


そう言って彼女は男の眼とまぶたの間に棒を挿し込んでいった。

この世の地獄がそこにあった。


 あれから暫く経った後、シスターは別の部屋へ来ていた。返り血などで凄まじい事になってるのも御構い無しに彼女は準備をしていた。その部屋は他のコンクリートだけの部屋とは違い、金属の棚とショーケースの様な物が並んでいた。彼女は無機質な金属製の机の上に今回の主役達を乗せた。


「今日も最高の働きをしてくれました☆ご褒美に磨いてあげましょうね☆」


次々と血や細かい肉片にまみれた道具達を並べていく、それを専用の道具で洗い、磨き、拭き上げながら道具の動きをチェックしていく。目玉をくり抜くのに使った棒、爪を10枚も剥がしたペンチ、歯を引っこ抜いた万力、一つ一つに想いを馳せながら、恋人とスキンシップをするように丁寧に磨きをかけていく。最終的に未使用と変わらないほどに磨き上げられた道具達は、棚の定位置へと飾られていくのだ。

そしてシスターは懐から小さな缶を取り出す、中には赤黒く濁った水と小さな眼球がプカプカと浮かんでいた。彼女はそれを丁寧に取り出すと赤子を扱う様に丁寧に洗い、透明な瓶へと詰め、透明な液体を流し込みしっかりと栓をした。中央で浮かぶ目玉と眼があうとシスターは微笑ましそうに笑った。そうしてラベルに今日の日付と「#33」

と書いて他の瓶の横に並べた。此処には彼女の思い出が詰まっている。


あぁ、見るだけで全て思い出す事ができる。

青い瞳が綺麗だった金髪の青年、真っ赤な眼が特徴だった酒屋の男、黒い眼が不満なのだとシスターに相談していた神父。ビンを見るたびに彼らの恐怖に歪んだ絶望の顔が鮮明に思い出せる。あといくつ増えるだろうか。そう思いを馳せながら部屋を後にした。


 離れの小屋を離れ、汚れた服を洗濯槽に投げ入れて血に塗れた身体を清める。彼女は身体にこびりついた肉片や血をまるで恋人と別れる様に、とても名残惜しそうに洗い落としていく。その顔は恋する乙女の顔であった。


「…おそらくあの男はもっても明日まででしょう…☆次はいつになるでしょうか…☆」


パジャマを着て、そう呟きながらベットに入る。ウトウトとしながら枕に顔を埋める。

次のおもちゃはいつ手にはいるだろうか、彼女はサンタさんを待つ子供の様にワクワクとしながら明日を迎えるのだった。


この話はソートハウル街の日常の小さな物語。今日も彼女は元気に暮らしていくのだった。


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