閑話 レンタルビデオ店のある1日


 喧騒と銃声とアニソンが鳴り響く街、ダステル電気街の8番街。専門店が多く連っているこの通りもあいにくの雨によって珍しく人通りが少なくなっていた。

電光看板のわざとらしい光に照らされた雨粒は凸凹の激しい道路に吸い込まれていき、雨音だけを残していた。

そんな通りの中にひっそりと存在するレンタルビデオ店が一軒あった。

『レンタルビデオ店』そのひねりもなにもないネーミングのゴテゴテとしたネオン看板の下の自動ドアを潜ると、店内は色とりどりの様々な作品や説明紹介ポップ、販売促進用のpvを流すための小型モニターが所狭しと詰め込まれた棚が天井までがっしりと伸びている。

外の雨音が映像音声にかき消された店内は客はおらず、換気扇の風と垂れ流される音声のみが循環している。

そんながらんどうの室内のカウンターにて、欠伸を放ちながらPCに向かう男が一人いた。男はこのレンタルビデオ店唯一の店員にして創業者である。

ダステル街界隈では割と有名な男である、有名な理由は主に彼の使うちょっと不思議な力とイかれた友人達、そして彼の知識が原因なのだが詳細はまたの機会ということで省かせていただこう。

地味な色のエプロンを身につけた彼は、黒髪の頭を少し搔きながらキーボードに指を叩きつけていたが、ふとした拍子に指が止まる。そして前を向くと示し合わせたかのように目の前のドアが開いた。



「レンタルビデオ店へようこそ、注文の品はちゃんときっちり用意出来てるよ、探偵さん。」



その言葉に対しドアを潜った男は傘を閉じながら簡潔に返答する。コートに軽くついた雫をはたいているのはソウレス街の探偵だ。彼は古くからの友人であり悪友。彼がまだダステル電気街で暮らしていた頃からの仲だ。



「助かる、感謝。」


「ちょいと待っててな、今取ってくるからさ。」



そう言って店員は奥の暗がりへと姿を消す。

しばらくすると、店員が何かの束を抱えてカウンターへと戻ってくる。そして綺麗に畳まれた手元にある紙を広げ、内容を読み上げていく。



「えーっとね…『MAXスピーダー2 エスカンダルの戦い』、『クイーンズサークル』、『白鷺』、あとは…『Suicide cat』か。これで全部であってるかな?」



店員は様々なパッケージを並べながら探偵に問う、それを一瞥すると小さく頷き、懐に全て納めた。


「『Desperate foursome』はどうだったか?」


「デルトラロ監督の奴?」


「そうだな。」


「良かったっちゃ良かったけど、前作が良過ぎてって感じはある。先入観は捨てることだけ守ればまぁまぁな作品だね。」


「なるほど、じゃあそれも借りるわ。」


「分かったよ、はい!まいどあり〜」


そう言って倉庫からサッと取り出して軽めに投げ渡す。それをドアから出ながら片手で受け取る探偵、気がつけばカウンターにはチップとして金貨が一枚置かれていた。



「探偵さんもわざわざソウレスから借りに来てくれるんだからそういう所は律儀なんだよなぁ……まぁ映画好きだしね。」



 それからしばらく経った頃。外から聞こえる雨音とは別の騒がしい気配を感じ取った店員は小さくため息を吐くとカウンターにタオルを用意して待つ。すると雪崩の如き勢いで半開きの自動ドアの隙間を縫うように大きな塊が転がり込んできた。



「あのさぁ…電子系統の物を扱っている店だって配慮を考えた事はないのかい?そろそろ気遣いって言葉を辞書に記すべきだよ」



そんな言葉を気にする様子もなくずぶ濡れの大男は店員に話しかける。彼はギャングボス。この街の最大勢力であるbanGassのトップにしてこの街最強と呼び声高い男だ。ビデオ店員は探偵らも含めてかなり古い仲であり、彼がボスとして、ギャングとして成り上がる前を知っている数少ない知り合いの一人でもある。



「棚に触ってねぇんだから問題ねぇだろ、そんな事より予約したCDあんだろ?」


「あぁ、もちろんあるけどさ…予約日から一週間過ぎてるんだよね?次はちゃんと来てよホント…」


文句を垂れ流しながらも物を取りに暖簾奥へと潜っていく店員。

レンタルビデオ店という名を呈してはいるのだが、CD、ゲーム、果てはフィギュアやおもちゃも取り揃えているエンタメ何でも屋となっている。これも完全に店員の彼の趣味であるサブカルチャーやエンタメへの熱い想いが前面に押しでている結果である。

ボスが暇そうに棚のポップを眺めていると店員が暖簾の奥から数枚のCDを手に出てきた。

再度確認の意を込めてカウンターに一つづつ並べていくと、最後の一枚で数えていた手がピタッと止まる。手に持ったそれをじっと眺めたあと妙にニヤけた顔でギャングボスの方へ向き一言漏らす。


「いやぁ…それにしても随分と“彼ら”のこと気に入ったんだねぇ…そんなにあのライブ良かったのかい?」


そう言って見せびらかすように手に持つCDには「Mol gonna 2ndシングル Melting beats」と刻まれていた。


Mol gonnaとは今帝国劇場にて話題沸騰中の新進気鋭バンドでギャングボスとはとある事件をきっかけに交流する様になったのであった。


ギャングボスは少し照れながらもその感情を表に出さないように振る舞った。


「…んだよ、仲良くなったんだから文句ねぇだろ!!」


「別に文句とかではないんだけどさ、あの日の出会う前に彼らのジャケ見たときは『俺はああいう軽い音のは好きじゃねぇんだ』とかなんとか言ってた気がするんだよなぁ〜??」



ボスの顔の前でCDをちらつかせながら店員は煽っていく。目に見えて怒りのボルテージが溜まっているボスの顔を見ながらも言葉を続ける。



「まぁライブの最前席に招待してもらったしあれは本当に良かっ…「うるせぇ!!!」あっぶね!!」


突如繰り出された右ストレートをすんでのところでかわす店員。



「俺が何を聞こうが勝手だろうが!!!!喧しいんじゃ!!!」


「わーかったから!!暴れるな!!棚があるから!」



爆竹が破裂したかのように怒るボスをなだめる、周りの棚がガタガタと揺れ動くが辛うじて商品は落ちていないが店員は大切な商品に傷一つつけぬ為にボスの怒りを鎮めつつ、店から追い出した。不機嫌なギャングボスであったが、手にはしっかりと借りたCDの入ったバッグが握られている。



「ふぅ…全くあの脳筋男は嵐みたいな奴だなホントに…さーてと、もうそろそろ店じまいでもしますかねー…」



重い腰をあげながら棚の商品を少しづつ定位置に戻しあげていく、莫大な商品量を誇っている代償として店仕舞いをする度にかなりの整頓と移動を行わないといけないのである。

そうして十分ほどたち、棚の商品を綺麗に整えながらごたごたの店内を閉める用に移動させていると慌ただしい音と共に大きな物体が転がり込んでくる。

その物体の正体を目を凝らして見た店員は少しため息を吐きながら問いかけた。



「まだ閉店をしてないっちゃあしてないけどさぁ…9割店閉めしてるみたいなものなんだよ?今日はてっきり来ないもんだと思ってたよ…」



その滑り込んできた人物は白衣についた水を何処からか取り出したタオルで拭きながら謝罪していた。


「いやぁ…本当にすいませんッス…研究やってたらこんな時間になっちゃいまして…いや本当は明日とかにすればよかったんスけど出来れば今日の用事は今日のうちに終わらせないといけないとか…とにかく申し訳ないっス…」


あたふたと身振り手振りを交わしながらペコペコと謝り倒しているのは研究員だ。

彼は電光研究所の研究員の一人で日夜研究に明け暮れている化学狂人共の中ではかなりの常識人であるが故に研究所内での雑用を押し付けられがちな悲しき男である。

そんな研究員の謝罪の嵐を軽くあしらいながら倉庫の奥から一つの紙袋に梱包された箱を取り出して確認する。



「予約注文の品はこいつで間違いないかい?」



そう言って梱包を解いた箱には可愛らしいポップな絵柄の女性が書き上げられていた。

その箱を見た研究員は眼を輝かせながら隅々まで観察していた。



「いやぁ!これッスよ!これこれ!『はぴねすクローバーブルーレイBOX』!いやーなかなか見つからなかったんスよね!しかも特典DVD付きとなるとプレミア確定みたいなもんスから本当にありがたかったッス!いやぁ本当にいい作品なんスよね…やっぱり主人公である加奈乃ちゃんの演技が最高で…」



完全に自分の世界に入り込んだ研究員のオタクトークを眺めながらふと何かを思い出したように倉庫の奥に消えていくビデオ店員。

10分ぐらい経過してから出てきた店員は妙にニヤニヤしながらカウンターへ出てきて研究員に問いかける。



「ところで研究員さんや、今日の財布の中身はどれくらいだい?面白い物を仕入れたんだけど。」



研究員はその問いに対して訝しげな顔を見せる。



「財布なんてもうすっからかんッスよ…このブルーレイBOXの代金を前払いするだけで今月の半分は昼飯パン一つになったんスから。もう買えないっすよ…」



「だがしかしそんな硬い財布の口を開けゴマする魔法の箱なんだなぁこれが…」



そういって取り出した箱のベールを廃した時、研究員の目が驚愕に染まった。



「そっ…それはっ!!!!!!あの伝説の『Dream⭐︎melody 〜魔法の合言葉〜』ブルーレイBOXコンプリートセットじゃないッスか!!!!!!!…てことはもしや特典DVDの『夏合宿編、スキー旅行編』も付いてるってことスか!?!?あの神シーンが盛り沢山の???ネットオークションですらお目にかかれないしかかったとしても阿保みたいな値段がついてるという…」



箱にかぶりつかんとばかりに食いつきながらの解説に店員は少し彼を押さえ離れるようにしてから落ち着くように促す。だが、店員のその頭には餌に食いついた魚を丁寧に手繰り寄せる方法を張り巡らせていた。



「まぁまぁ…落ち着きなよ、コイツはこの前ダチの倉庫掃除を手伝った時に在庫の山から発掘された代物でね、倉庫の持ち主曰く購入者が引き取り前日に爆発に巻き込まれただかなんだかでサヨナラバイバイしたらしくてね、俺が掃除の代金として頂戴したって訳さ…」



店員は箱に埃がつかないように丁寧にまた包み紙で包み直す。



「さて、この品物の価値は君ならば十分過ぎると言っても良いほど分かってるだろうけど、そんな君にさらなるショックを与えてあげよう。」



研究員の視線が自然と店員の方へ向かう。一言一句逃さぬつもりで耳を傾けている研究員の元には驚きの情報が入り込んできた。



「なんとこれ………未開封だ。もうここまで言えば察しのいい君ならば分かるだろう?」



研究員の頭の中で方程式が組み上げられ、

辿り着いた事実に息を呑む。研究員は震えながら口に出す。



「…まっ……ま…さかッ……“あの”特典グッズがついてる……!?!?!?!?」



店員が研究員の前にスッと一枚の紙を提示する。



「さーて、ここに君が一筆書き込めばコイツが全て君のもんだ。ペンならここにあるぞ?どうする?」



研究員は震える手でペンを受け取り書き込もうとするが、ギリギリの所で手が停止する。



「いっ…いくら…ッスか…??」



店員は心の中で舌打ちしながらサラリと答える。餌には食いついてる。あとは網で救い上げるだけ、そう考えながら…


「750ガルドだ。」



研究員は財布の中身がフラッシュバックしたため、少し躊躇する。


「いや…でも流石にお金が無いですし…」


しかし店員は焦らず外堀を埋めていく。


「別に一括払いじゃなくて分割でいい、それに僕は君が“コイツ”がふさわしい人間だろうと思ったから持ち掛けただけだ、君が買わないなら他に声をかけるさ。なんせコレを欲しい人間なんぞ山のようにいる…」


「あぁ…でも…買わなかったら…いやでも…」


店員はそっと肩に手を置き、問いかける。あと一息、そっと背中を押すだけ。


「…で?『本当に買わなくて良いのかい?』」


「……………よし!!!買います!!!」


「はーいまいどありー!、ここにサインしてねー。」


そうして諸説明などをした後研究員と別れを告げる。


「じゃあ半分くらい払い込めたら商品届けるからね、もしも持ち逃げとかしても契約からは逃げられないから宜しくねー」


「分かってるッスよ!!!…またしばらくパン生活ッスか…いやもはやパンすら危うい…」



そう言いながらとぼとぼと帰るその足は少しだけ明るい足取りであることは間違いなかった。



 雨の日にも関わらず珍しく来客の多かったレンタルビデオ店は無事closeの看板をぶら下げた。店内の換気扇の音だけが鳴り響くカウンターで何処かに電話をかけ始めた。



「もしもしぃ?筋肉ギャングさんや。」


「どうした?遂に死刑にでもなったか?」


「んな訳ないでしょ…いやさ、みんなで一杯飲みにどうかってさ、一杯奢るぜ?」


「なんだよ急に奢るってシャブにでも手を出したか?シャブは許さんぞ。」


「するわけないでしょうが、ただ少し大きい取り引きが成功して気分が良いってだけさ。」


「じゃあ奢られてやろう。感謝しろよな。」


「しねーよ馬鹿、いつものバーな。」


「おう、探偵に言っとくわ。」


そう言って電話を切り、身支度を整える。雨もいつのまにか弱まり、静かな夜が広がっていた。


「おぉ…さぶっ。」


コートを羽織り白い息を煙らせながら薄暗い道を一人歩く、ダステルの夜は珍しく閑散としていたのだった。


           to be continued…

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