ごめんなさい

 全身から汗が噴き出す。嫌な汗だ。じっとりと背中のあたりが湿っている。隣で眠る陸玖は、何も気づかないようで目を覚ます様子はない。彼の両親も同じで、断続的にカタカタという音がずっとしているほかに物音はしない。

 大丈夫だ。僕の両親だって寝ているんだから。実際はそれほど大きな揺れではないのだろう。


 ――いや。どうする? 今にも南部地震と同じくらいの揺れが来たら。


 ――どうする? あの棚が倒れてきて陸玖が押しつぶされたら。


 ――どうする? 家が崩れて陸玖も僕の両親も生き埋めになったら。もちろん僕も例外でなく。


 嫌な想像がどんどん頭の中に広がっていく。実際は震度3もないような揺れなのに、僕はあの時くらいに怖かった。

 耐えろ。こんなことで迷惑をかけてどうする。前も陸玖を怒らせてしまったではないか。もう、これ以上幻滅されるわけにはいかない……。


 ぐらり。いきなり少し大きい揺れが襲ってきて、喉の奥からヒッと声が出る。相変わらず陸玖は穏やかな寝息を立てていた。ぐらり。もう一度襲ってきた揺れに、僕はもう平静を失った。


「陸玖!」


 思わず陸玖の肩に手をかけて何度も揺さぶる。彼はやっと目を覚まし、眠そうな目を見開いて驚いたようにこちらを見上げた。


「皓也、どうしたの……?」


 僕は何も言えずに、陸玖の細い体にしがみついた。そのまま胸に顔をうずめ、ぎゅう、とありったけの力を込めて抱きつく。人肌の温もりが布地一枚を通して伝わってきた。


「こ…や、苦し……」


 遠慮がちな声を聞いて、僕は我に返る。腕の力を緩めると、陸玖はケホケホと軽く咳き込んで大きく息を吐いた。とたんに後悔が襲い掛かる。陸玖のことを何も考えずに、感情に任せて大きすぎる力をぶつけてしまった。


 ごめんね、こんなにもふがいなくて。もっとしっかりしていなきゃいけないんだろうけど、こんなことで動揺してしまって。ごめんね、こんな僕で……。


 涙がぽろぽろとあふれてきた。


 阿姨を喪った時のことを思いだしたからなのか、感情を抑えられなかった自分への嫌悪なのか、はたまた陸玖に嫌われるかもしれないという不安なのか――。


 いつもの僕に戻らなきゃ。いつもみたいに何でもないよと笑わなきゃ。必死に念じるものの、どうしても涙は止まらなかった。


「皓也、大丈夫……?」

 陸玖の手のひらが遠慮がちに背中を撫でる。温かいものが胸に流れ込んでくるような感じがしていよいよ僕は感情を制御できなくなった。


「……っ…陸、玖……ぅ…………っ」


 言葉を発するたびに押し殺せない嗚咽がとぎれとぎれに漏れる。困惑しながら背中を撫で続けてくれている陸玖の手のひらは毛布よりもなによりも温かくて。


「…………ごめ…ん……っ…うあ……」

「――なんで謝るんだよ!」


 唐突に陸玖は声を荒げた。


 とげを含んだ言葉に、びくりと身体が固まる。恐る恐る目だけ上に向けて陸玖の顔を見ると、怒っているような悲しそうな何とも言えない複雑な表情をしていた。

 怒ってるよね。君に迷惑を掛けているから。眠っていたところを起こしてしまったから。僕が感情を制御できないせいで、眠いだろうに起きていざるを得なくなっているんだから。


 はやく、なんでもないからきにしないでっていわなきゃ。


 はやく、ごめんなさいってあやまらなきゃ。


 はやく、だいじょうぶだからってわらわなきゃ。


 そうじゃないと、りくにきらわれるよ。


 大丈夫、とは最後まで言えないまま逆に堰が切れたように嗚咽があふれ出した。一度決壊してしまうともう堪えることはできなくて、僕は陸玖の胸にすがりつき声を殺して泣いた。その間、彼はずっと僕の背中を撫でていてくれた。


「ごめ…ん……っ、ほん……と…に……っ…ごめん……なさ…い……」


 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。


 もうこんな風に泣いたりしないから。だから嫌わないで、お願い――。



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