第7話 蝶の時空転移

 子どもの頃はたまに得体の知れない体験をしていたが、大人になってからはほとんど関わらなくなってしまった。

 ……と、思っていたら起こったのだ。奇妙な出来事が。


 あれは数年前のこと。


 私は地方都市のアパートに住んでいた。街中で、辺りはお店や住宅が建ち並んでいた。目の前の道路には車がひっきりなしに通っていた。


 ある日の朝、私はいつものように寝間着から服を着替えることにした。洗面所に洗濯機があるので、普段からそこへ行って着替えをしていた。戸を閉めて、履いていたジャージを脱いだ瞬間。


 ボトッ。


 足もとに、なにかが落ちた。


 びっくりして下を見た。三センチほどの茶色いなにかが床にいた。それは痙攣しているように、体を小刻みに震わせている。生き物のようだ。


 近づいて確かめてみると、それは羽を閉じた一匹の蝶だった。


 写真を撮らなかったから識別はできなかったが、おそらくタテハチョウの仲間だろう。


 しかし、この蝶はどこからやってきたんだろうか?


 その日はまだ一度も部屋の窓を開けていなかった。洗面所には窓すらない。前日からいたのだとしたら、昨夜お風呂に入った時に気づくはずだ。


 まさか、前の日に干していたジャージの裏に蝶が入り込んでいた? だとしたら、一日布団で寝ていた服の中だ。羽が傷ついているだろうし、最悪潰されてひどいことになっていただろう。けれども目の前にいる蝶は、なんの傷もついていない。まるで、羽化したばかりのようだ。


 私の頭の中は疑問が次々に浮かんでくる一方、蝶はしばらく体を震わせていた。やがて震えは収まり、ふっと羽を広げて飛び立った。


「とりあえず、捕まえなきゃ!」


 私は手近にあった洗濯ネットで蝶を捕まえて、ベランダへ出て逃がすことにした。


「もう、うちに迷い込むなよ」


 そう言いつつ、洗濯ネットを開いて蝶を外へ出す。どこへ飛んでいくだろうかと様子を見ていたら、突然、蝶はこちらへ向かって突っ込んできた。


「うわっ」


 私は思わず顔をそむけて目を閉じた。目を開けて辺りを見回したら、蝶の姿はどこにもいなくなっていた。


 まさか、あの蝶は時空を超えて転移してきたんじゃないだろうか。そして私自身が、時空転移装置になっているんじゃなかろうか。


 ほんとに、あの蝶はどこから来たんだろう……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る