第6話

 参考人の名目めいもくで殺人現場に呼ばれハチ合わせした2人は、半年前に破局はきょくした恋人同士だったのだ。

 いわゆる"元カノ"と"元カレ"というヤツ。


「まさか、アナタが彼女をっ!」

 元カノたる女性は、先ほどまでの可憐かれんな印象をかなぐり捨て、血相けっそうを変えて怒鳴どなった。


 元カレたる青年は、ブンブンと首を横にふり、

「ふざけるな! 僕は、たまたま近くを通りかかっただけだ。このアーケード街に足を踏み入れたのだって、今が初めてなのに」


「たまたま通りがかるなんて、ありえない。アナタの職場もマンションも、ここからずっと離れてるじゃないのよ。彼女を見張って、ここまでコソコソ後をつけてきたのに決まってるわ。この大ウソつき!」


「ウソつきは、そっちだ! 初心ウブで純情なフリして、実は隠れて浮気してたろう? あげくに僕をフッたクセに」


「そういう疑い深いところにウンザリしたのよ!」


「僕に内緒でコソコソ、しょっちゅう深夜に外出してたじゃないか。浮気じゃないなら、なんだったんだ?」


「そんなの今さら、アナタに説明する義理なんかないわ」


「なんだと? この尻軽しりがるめ!」


「そっちこそ、ヒトゴロシ!」


 黄色い規制テープのすぐ外側で、今にもツカミかかって取っ組み合いとっくみあいをはじめそうな2人を、所轄しょかつの女性警官と若い刑事が、それぞれ背後から抱え込むようにして後ろに引きずった。


 どうやら、おとなしげな顔に似合わず、青年は、交際相手に対する束縛そくばくはげしかったようで。

 元カノと非常に懇意こんいだった被害者の女性に、元カノにフラれたサカウラミを抱いていたフシがある。


「あれ?」

 若い刑事は、細長い青年の上体にシガミつくような格好で抑えつけるうち、不意にケゲンな声をあげ、

「なんか、ペンキみたいな匂いが……?」

 と、青年のシャツにブシツケに鼻を寄せてクンクン匂いをかいだ。


「失礼じゃないですか! ペンキなんて見てもいませんよ、僕」

 青年は、繊細せんさいな柳眉を心外そうにしかめ、刑事の両腕を荒々しくふりほどいた。


 洗いざらしの白っぽい無地のシャツには、たしかに、小さなシミひとつ見えない。チノパンも、シンプルな白いスニーカーも、オロシタテのようにピカピカだ。

 潔癖けっぺき性分しょうぶんなのだろう。身に覚えのない体臭たいしゅう指摘してきされたことで、ずいぶんイラついている。


 一方、鑑識員かんしきいんの1人が警部に声をかけた。

「被害者のズボンの尻ポケットに、こんな紙きれが入ってました」


「…………?」

 警部は、スーツの胸元から白手袋を出してハメてから、四つ折りにされた白い紙を受け取った。


 広げると、A4サイズのコピー用紙。カラープリンターで出力されたカラフルなイラストに彩られている。

 グラフィック用のPCソフトを利用して描かれた、いわゆる"デジタル画"だ。


 横長の画角には、フワフワした小さな綿毛わたげを無数に散りばめたような黄色い花房の花束が、背景を占める虹の中から舞い飛んでいる。この商店街のモチーフとされている、ミモザの花をデザインしているのだ。

 画角の端のほうには、絵の具を散りばめたパレットと絵筆が、今まさに虹の橋を生み出している最中というギミックの、躍動的やくどうてきな図案だ。


 絵の上部には手描き風の書体で「I LOVE ART」というアルファベットが並び、下部には「○○画材店」という店名が、それぞれ淡いパステルカラーで書きこまれていた。


「これって、下絵したえですよね? 被害者ホトケさんがシャッターに描くつもりだった絵の。せめて、被害者ホトケさんが殺されたのが、この絵を描いた後だったら、この商店街も千客万来せんきゃくばんらいだったのになぁ。惜しいねぇ」

 と、鑑識員かんしきいんは、思わず不謹慎ふきんしんなツブヤキをもらした。

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