第3話 誇りある衛兵の仕事 1

 俺の名はジョセフ・ボーモン。男爵家の次男だ。幼い頃からひたすら剣の腕を磨き、やっと念願の領都の市街地を護る衛兵隊の一員になったばかりの18歳だ。


「……えいっ!……やあっ!……ふんっ!……」


 だがしかし。毎朝中央公園で体操?をする領主の御子息を見守るのが今の仕事だ。三男とは言え領主の一族ともなれば全く警護無しにはいかないからだ。嫌だと思っても入りたての新人では文句が言える立場では無い。渋々受けた任務だったので、視界に映るお気楽に妙な体操を続ける領主の三男坊の姿が尚更に馬鹿々々しく見え、同時に恨めしくも思えるが仕方無い。






「がっはっはっは!……どうだ新入り!には慣れたか?」


 大声で嫌味を酒と加齢の臭い息と共に吐き出している40過ぎの糞オヤジは、衛兵第5分隊を率いる隊長のマース・カイタラ。影での通称マスカキ。残念ながら俺の上司だ。今日も無理矢理酒場に連れて来られたが、こんな奴と飲む酒はまずいし、この店自慢の料理も味がしない。


「皆聞け!……この新入りのジョセフ殿は何と!ご領主の三男様のを毎朝ご見学されるという栄えある任務に就いておられる!」


「ねえ♪……どんな踊りなのか一度見てみたいわ」


「……わたしもー♪」 「ねえ踊って見せてよー♪」


……臭いオッサンに取り巻くケバい厚化粧の年増共に言われても、うっとおしいだけだな。わざわざ嫌味を言う為に度々俺を酒場に連行しやがって。そんなに暇なら俺に迷惑かけないであだ名の通りに自室でマスカキでもしてろよ!


「おいジョセフ!もう一か月も見てるから覚えてるんじゃないのか?踊って見せてくれよ。」


……またいつもの台詞せりふかよ……前回は「三週間」だったな……もう帰っていいかなあ……明日も早いのに。


「……踊れません。常に周囲を警戒していますから、警護対象の行動を監視している訳ではないので当然の事です。」


「それじゃあ仕方ないな……一週間で「変な踊り」を覚えて来い」


「はあ?」


「命令する!……覚えて来い!」


……命令だと?


「こんな意味不明な命令はありませんよ」


「黙れ!衛兵隊長としての命令だ!……必ず覚えて来い!」


 辺りを見廻すと、客の中の顔見知りの屋台の親父達がこちらを見ながら「下っ端は辛いよなあ♪」とばかりに苦笑している様子だったので目礼を交わした。……あ!……あのメイドさん?……奇麗だな♪






 まずい酒だったが昨夜は大分飲み過ぎたので、目を覚ますと慌てて中央公園に走って来たが、どうやらいつもよりかなり早い時間らしい。遠くでふくろうが泣いている。


……眠い……まだ酔いが残っててかなりふらつく……何か醒ます方法は……そうだ。


「……息を大きく吸いこんで……ゆっくりと吐く……だったか?」


 俺は酔い覚ましにと「変な踊り」を真似てみた。マスカキにはと呆けていたが、流石に一か月も毎日見ていれば嫌にでも覚えてしまっていた。少し癪だったが、辺りに誰も居ないのは好都合と、お気軽に始めた。


……何だこれは?……酔いが醒めるどころか段々と力がみなぎってくる。


「……えい!……やあ!……ふんっ!……」


 俺は、いつの間にやら無我夢中に「変な踊り」を繰り返し行っていた。


……どこの馬鹿だ?……これを変な踊りだと言いだした奴は?……これは……洗練された武術の動きじゃないか!……斬り掛かってくる敵の姿が見える……それを躱して地に投げ落とす……後ろからも敵の気配が……それを流れる様に捌く…………魔力が漲る!……手の先に魔力を纏った剣が見える……槍が見える……え?…………視界が……回る?……


 突然の眩暈に倒れてしまったが、不意に誰かに手を添えられて地面に落ちる衝撃を感じる事も無く横たわった。


「……大丈夫か?」


「……!?……」


 誰?と考えるまでもなく、毎朝見慣れている辺境伯の三男だった。


……あ……警護の任務中……だった。


「喋るな……その侭落ち着け……今は何も考えるな……魔力が枯渇している状態は危ないからな……」


 これが辺境伯三男のレイモンド・コルドバ様との本当の意味での出会いだった。

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