第2話 目覚めたら

「……坊ちゃま……レイモンド様……起きてください……」


 目を開けると、優しげな赤みがかった金色の双眸が見つめていた。


「……ん……カーラ?………」


 メイドのカーラが俺の寝癖を手櫛で整えてくれながら……


「おはようございます坊ちゃま」


「……ありがとう……おはようカーラ」


「支度をお手伝いますね」


 と邪魔にならない様に束ねた黒髪を後ろに廻して準備したが……


「ねえカーラ。もう俺も10歳になったし、そろそろこれからは一人で着替えようと思うんだけど」


「……そうですか……うっ……ひぐっ……もうこのカーラは要らないと……」


……え?……泣き出しちゃった……どうしよう……そんなつもりじゃ


「いや、要らないなんて絶対にありえないから!カーラは俺にとって大事な……」


「大事な何でしょうか♪」


 とカーラはにっこりと笑った。


……冗談だったのかよ……でも良かった。


「さあ、早く支度しませんとね♪‥‥坊ちゃま♪」


……あれ?なんかごまかされた気がするんだが?……何だっけ?






  ここはコルドバ王国の東の端にあるグラバス領。80年前に隣国グラナダ帝国が侵略してきた当時。三代前の王弟グラバスが、攻め取られた領土を奪還どころか逆に大幅に奪取して大勝した。そして戦後それらの土地を纏めて拝領して、コルドバ辺境伯となった。

 グラバスの母親の第二王妃はグラナダ帝国の公爵家の出身だった。だから武勇に名高いだけでは無く両国の血を引くグラバスは、人口の半数以上が元敵国民であった新しい国境の領地を治めるには最適任だった。

 矢の雨に打たれて斃れた筈の俺が目を覚ますと、そのコルドバ辺境伯の三男として生まれていたのだ。


……そういえば生まれてから小さな戦すらあった気配もない。こう平和だとあの世界で生きていたのが本当に俺自身なのか、神の悪戯で何者かの記憶が俺の頭に入り込んだだけなのかは、分からないな。





「……えいっ!……やあっ!……ふんっ!……」


 まだ人気ひとけの少ない早朝の領都の中央広場の隅で、無手むての型を繰り返す。打つ、蹴る、だけでなく、相手の重心を崩し、流す、絡める、などに主幹を置き、あらゆる武器を扱う基本でもある。

 誰に習った訳でもない。いや正しくは今生では。記憶にある男の人生では物心ついた頃から習い、生涯日課として続けてきた戦い方の基本の型。そう、強くなければ生き残れない戦乱の世でその男は生きていた。


……10歳になって幾らか身体が成長したおかげか、大分自然に流れる様に行えるようになったな。


 只、以前と異なるのは、この世界には魔法があり、全ての人間が大なり小なり魔力を持っている事だった。

 3歳の頃に自室で初めて記憶にある無手の型をおさらいしたら途中で気絶した。翌日改めて行ってみたが、また気絶。だが昨日よりも少し長く続いていた事に気がついた。気絶しても部屋の中ならと、それから毎日続けた。そうして1か月を過ぎた頃になんとか一通りは出来るようになった。だがカーラには散々面倒を掛けたし、その負い目で今でも頭が上がらないが。


……気絶の原因が魔力の枯渇で、無手の型が魔力を発して循環させる修行にもなっていたとは、5歳になって学問を習うまでは気付けなかったな。


 続けてじょうという130センチ位の木の棒を手にする。そうして先程と同じ動きの流れの素振りの型を始める。これ一本で剣術も長物の稽古も出来る優れ物だ。弓も稽古したいのだが、安全に矢を射れる広い場所が自由に使えないので、帰ってから自室で強めに張った弓を引きながらのイメージトレーニングで我慢している。


……父上や騎士達に習っている片手剣と盾の術も日々上達してきていて面白いけれど、やはり俺にはこの一連の稽古のほうが一番馴染んでいる。あ、でもハルバードはとても便利で良い武器だよな。


……さてと、大分日が昇って来たので帰るか。そもそも余り人目に付きたくないから早朝にやっている。騎士団の連中が言うには俺は「変な踊り」で遊ぶ三男坊らしいからな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る