6 実験

 半額ステーキの味付けは塩と胡椒だけだったが、それでも値段以上の味がした。ちなみに塩も胡椒も地球ほどではないにしてもそんなに高価なものじゃないらしい。


 料理と食事をしながら、伊勢崎さんには魔法についてのことを少しだけ教わる。


 伊勢崎さんが言うには、この世界の魔法とは光魔法や火魔法、水魔法といったように様々な分類がされていて、人によって得意分野も違うらしい。


 大聖女だったという伊勢崎さんの得意魔法は分類上は光魔法なのだが、権威付けの意味もあり聖魔法なんて言われていたそうだ。


 ただ、この世界のほとんどの人間は魔力を持ってはいるものの、それを魔法として発現させるには魔力の流れを掴み、世界のことわりを読み解き、努力を積み重ねていく必要があるとのことだった。


 とはいえ、一部の天才はセンスだけで魔力を魔法と化すことができるのだとか。例えば伊勢崎さんは五歳で転移してすぐに光魔法を発現させることができたのだそうな。


 伊勢崎さんは「ですからおじさまも、すぐに魔法が使えるようになりますよ」なんてことを言っていたけれど、さすがに聖女の伊勢崎さんと庶民リーマンの俺を同じ枠組みで考えるのは無理があるだろう。


 とはいえせっかくなので、魔法を使える努力はしてみようと考えてはいるけどね。



 ステーキを食べ終わり、ハンカチで口を拭った伊勢崎さんが姿勢を正す。


「さて、おじさま。ひとつ言っておかねばならないことがあります」


「なにかな?」


「さきほど、ほとんどの人間が魔力を持っているという話をしましたけれど……どうやら私、魔力がなくなっているみたいですの」


「えっ、でも俺の傷を治してくれたよね?」


「はい。ですから、ひとつ仮説を思いつきましたの。おじさま、そこに立ってくださいませ」


 言われるがままに椅子から立ち上がる俺。すぐに伊勢崎さんが寄り添うように近づき口を開く。


「『ライト』……やはりダメですわね」


「やっぱり魔力がないのかい?」


「そのようです。そしてここからが実験です。あくまで実験ですからね?」


「うん。俺はなにをすればいいんだろう」


「お手をお出しになってくださいませ」


 言われるがままに手を差し出す俺。伊勢崎さんはしばらくその手を凝視した後、きゅっと軽く握った。


ライト


 今度は俺のすぐ隣で光球がふんわりと浮かんだ。


「おお、魔法だ! すごいね、これは光の球を出す魔法?」


「その通りですわ。そしてどうやら私、おじさまから魔力を供給されないと魔法が使えないみたいです」


 たしかに伊勢崎さんが魔法を唱えた瞬間、俺の中の魔力が引き出されたような感覚を覚えた。それが魔力供給のようだ。


「魔力を供給するには手を握らないといけないってこと?」


「そうです。で、ですが、これはまだ実験の序盤」


 伊勢崎さんはゴクリと音が聞こえるくらいにツバを飲み込むと、決意を込めた目で俺を見つめた。


「つ、次は腕を絡めてみましょう。供給される魔力量に違いがでるかも!?」


「えっ、伊勢崎さん? それはちょっと――」


「なにを言っているのですか! 私たちは夫婦になったのですから、それくらいのスキンシップは当たり前ですよ!」


「いや、夫婦になったんじゃなくて、夫婦のフリね、フリ」


「どこかでそういう演技をする必要があるかもしれません! いえ、きっとあります! 私は異世界に詳しいんです! ではいきますよ!」


 伊勢崎さんは無理やり俺の腕を取ると、そのまま両腕でがっしり絡みついた。


 彼女はいわゆる巨乳に分類される人なので、衣服越しとはいえ、その柔らかさと温かさが腕全体から伝わってくる。


 初めて会ったときはガリガリに痩せていたというのに、よくぞここまで育ったものだと思う。そのまま健康的に成長し、ぜひとも幸せに暮らしてほしい。


 しかし俺が微笑ましい感慨にふけっている間も、伊勢崎さんは実験を開始しなかった。うつむいて表情は見えないが、耳まで真っ赤になっている。


 そりゃそうか。俺の知る限り、伊勢崎さんは男女交際もまだだったようだし、これくらいでも恥ずかしがるのも当然だ。腕を組んだお相手がおっさんで申し訳ない。


「ええと……魔法は?」


「はあはあはあ……えっ? そっ、そうでした! 『ライト』!!」


 がばっと顔を上げ、『ライト』を唱えた伊勢崎さん。その光量はさっきと変わらないように思える。


「どうやら一緒みたいだね……って、伊勢崎さん?」


 俺から両腕を離した伊勢崎さんはスッと腰を落とすと、まるでオオクワガタのハサミのように両腕を広げ、じりじりと俺に迫ってきていた。


「ハア、ハアハア……。おじさま、やはり密着度合いが足りなかったのかもしれません。ここはやはり正面からギュウウウッッとハグをするべきではないでしょうか! 今度はおじさまからも抱きしめてくださいまし! ハア、ハアハアハア!」


 恥ずかしさのあまり頭がフットーしてしまったんだろうか。伊勢崎さんは荒い息を吐きながら、後ずさる俺に一歩二歩と近づいてくる。


「フーッ、フーッ、フーッ!」


「伊勢崎さん? ちょっと落ち着こうよ。ね?」


 俺の言葉が届いているのか、いないのか。伊勢崎さんはピタリと足を止めると――


「ぷあ」


 謎の鳴き声を発し、そのまま横にあるベッドに倒れ込んだ。そして鼻からつうーと赤い血を垂らしたのだった。

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