第3話 真相

 アイザワから話を聞いた後も、時間を見つけては知り合いに会いに行った。しかし、これといって目ぼしい情報は特になかった。


 「ユウマ以外にも自分の周りで失踪者はいるか」、そう尋ねるとだいたいのヤツが「いる」と答えた。しかし気にかけている様子はあまりなかった。彼らもアイザワと同じ、この街から失踪者が出ることが当たり前に日常として受け入れているのだろう。


 もう諦めた方がいいのかもしれない。これ以上探ってもきっと何も出てこない。


 ユウマはいなくなった。あるのはその事実のみ。あいつの意志でいなくなったかどうかはわからないが、もう二度とここには戻らない。


 家が一晩でなくなったり、建てられたりする謎。結局わからないまま。

 あれは一体何だったのだろう。そもそもオレなんかがわかるものなのか。


 誰かの掌の上で転がされているような感覚。アイザワにもあったその感覚。例えばそう、神のような存在がいて、オレらは知らない間にそいつに動かされているのでは。オレらは神の筋書き通りに行動している。家を建てたり壊したりするのも自由自在………なんつって。


「ふふっ」


 自分で考えて可笑しくなった。そんなこと、あるわけがない。


「はぁ」


 今度は溜息が出た。少し自棄になっているのかも。

 ユウマは失踪する前に、アイザワに会っていた。おそらく別れを告げるつもりで。アイザワとは会ったのに、どうしてオレには会いに来てくれなかったんだろう。ユウマにとってオレは、取るに足らない存在だったのだろうか。


 ダメだ。考えがどんどん卑屈になっていく。


「よし」


 伸びをしながら立ち上がる。気分転換が必要だ。ちょうど日も暮れてきえ、腹が減ってきた。何か作ろう。


 食材は………。


 冷蔵庫を開けると、何日か前に作り置きしたやつと、野菜、卵が少しあるだけ。買出しに行く必要があるな。


 この卵、まだ食べられるか? そろそろヤバかったような………。卵をとって賞味期限を確認する。危なかった、今日までだ。

 卵料理と言えば何か。オムライス、天津飯、茶碗蒸し………、何がいいだろう。卵をたくさん使うなら、天津飯かな。そう思いながらもう一度卵を見る。


「えっ」


 視界にうつる自分の手に、思わず持っていた卵を落としてしまった。


「なん……だ、これ……」

 

 手の輪郭が揺れている。まるでジジジッと音をたてるように不鮮明に。


 目がおかしくなったんだろうか。こすって、もう一度よく見た。


 ジジジッ。


 手は変わらず左右に揺れ動いている。足にヒヤリとした感覚。下を見ると、たった今落とした卵を踏みつけていた。


「……っ!」


 自分の足を見て、息をのんだ。足、さらに身体全体が不鮮明に揺れ動いていた。


「あぁ……あ……」


 自分の身体に一体何が起こっているのか。足の力が抜けて、思わずテーブルに手をついた。その拍子にガシャンと、テーブルの上に置いていた調味料が床に落ちた。

 部屋全体を見渡すと、自分だけじゃない。棚も冷蔵庫もテーブルも壁も、すべてが不鮮明に揺れ動いていた。まるで、壊れたゲームみたいに。


「何なんだよ!」


 もう一度自分の身体を見ると、だんだんと自分の身体が透過し始めた。


 ―――消える。


 そう直感した。


「まさか、あいつもこんな風にして………」


 消えたのか?


『俺もいつか、あいつらみたいに消えるんじゃないかって思う』


 アイザワの言葉が蘇る。


 みんなこうやって、消えていったのか。


 自分の身体を抱え込むようにして、床にうずくまる。


 いやだ! 消えたくない!


 ―――ユウマ!!








***







「えっ、湊斗ミナト。『トーキョーストリートシティ』やめたの?」

 湊斗の隣の席でスマホをいじっていた悠馬ユウマは驚いて顔を上げた。

「だってお前、やめたじゃん」

 巷で人気を集めている『トーキョーストリートシティ』。「スマホで始めるあなたの第二の人生」というキャッチコピーのこのゲームは、お金を稼いで家具を揃えたり、料理をしたり、友だちや恋人をつくったりなど、もう一つの人生を、ゲームで疑似体験できる。


 プレイヤーはまず、ゲーム上で自分が操作するアバターを作る。好きに顔を作ることができ、好みの服を着させて、そして家を建てる。


 ゲーム上でいろんな人に話しかけて、フレンドになって、プレゼントを贈ったり同じ時間を過ごしたりなどして交友を深めていく。もちろん、リアル世界の友人をゲームに誘ってフレンド申請することも可能だ。湊斗はそうして悠馬にこのゲームに誘われた。


「やめる前にさ、お金とか使い切った?」

 悠馬が湊斗に尋ねた

「いや?」

「えー! もったいない! ちょっと高めのプレゼントをフレンドにあげたら、いつもと違った反応がみられるんだよ。それに高い家具とかも買ったりしてさ。どうせやめるなら、使い切ってしまったらよかったのに」

「確かに。それやればよかった。アカウント消す前にフレンド全員には会いに行ったんだけどな。そのときに何かあげればよかったー。もうアカウント消しちゃったから、今さら言っても仕方ないけど。ていうか悠馬、ほかのフレンドにはプレゼント贈ったのかよ。なんでオレにはくれなかったんだよ」

「いや、湊斗はいらないでしょ。リアルで会えるんだから」

 悠馬は時計を見て腰をあげた。

「湊斗、そろそろ行こうよ。授業始まる」

「ちょっと待って!」


 湊斗は開いているアプリを閉じ、ホーム画面に戻った。そして『トーキョーストリートシティ』を長押し。湊斗は表示に従って、そのままアプリをアンインストールした。

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トーキョーストリートシティ 三咲みき @misakimaru

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