エージェントは、今日もよくしゃべる

蛇仕草

プロローグ いらっしゃい依頼

「やっほー紗英さえさん。潜香せんかちゃんが来ましたよー」


 背中まで伸びる黒髪を持つ女性――浦方紗英うらかたさえ。コーヒーメーカーの前に立っている彼女に、私は声を掛けた。

 紺色で襟付きのワンピースを纏っている紗英さん。相変わらず美人ですこと。

 いつもニコニコと微笑んでいて、太陽のように明るい性格だ。


「いらっしゃい。そこに座ってくれるかしら?」

「承知っ」


 ソファーに体を預けた。

 コーヒーメーカーと、必要最低限の家具が並んだ、新鮮味に欠ける部屋。およそ十畳の空間に、コーヒーの香りが漂っている。


「はいどうぞ」


 紗英さんは茶色の液体が入ったカップを二つ、机の上に置き、向かい側のソファーに腰を下ろした。


「あっ。ありがとうございます」


 お礼を言って、カップを口に運ぶ。

 いただきます。

 ……。

 ……ちょっと苦い。


「早速だけど、話していいかしら?」

「はい。お願いします」 

「今回のタレコミは、とある商店街で喫茶店を営んでいる方から。近所にあるコーヒー専門店が詐欺をしているのではないか、とのこと」

「詐欺ですか。価格が高すぎるとか?」

「その逆。価格が安すぎるそうよ」


 ……うーん。話が見えない。

 美味しいコーヒーを安く提供してくれるなんて、すごくいいお店だと思うけど。


「それ、何がダメなんですか?」

「具体的に言うわね。最低でも一杯千円は取らないと元が取れない豆があって、それで淹れたコーヒーが五百円で売られているのよ。おかしいでしょ?」

「確かに、何かありそうですね」

「喫茶店の店主は、『安い豆で淹れたコーヒーを高級な豆で淹れたものと偽って売っているのではないか』と証言しているわ」

「つまり、その真偽を確かめてくればいいってことですね」

「うーん。まあ、そうなんだけど……」


 ……ん?

 随分、歯切れの悪い返答だなあ。


「何かあるんです?」

「……店主が実際に飲みに行ったら、確かに高級な豆の味だったそうよ」


 ふむ。なるほど。

 その証言から考えられる可能性は三つ。

 一つ目。高級な豆を、採算度外視で本当に使っている。

 二つ目。依頼者が実は味音痴で、偽物の豆を本物だと勘違いした。依頼者が嘘をついている可能性もなくはないのだが。

 そして三つ目は――。


「どう? やってくれるかしら?」

「もちろんです! この天才エージェント、潜香ちゃんにお任せください!」


 勢いよく胸を叩いた。ちょっと痛かった。


「よろしくね。頼りにしてるわ」


 私は力強く頷いた。そして、もう一度カップに口をつける。

 ……やっぱり苦かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る