2)令和4年12月22日

 今週、この冬一番(今のところ)の寒波が来て、私もとうとう耐えかね手袋を新調した。去年までは指先がないのを使っていたけど、さすがにちょっと寒いなと思って。

 仕事が早上がりの日に近所のショッピングセンターの中にあるお店を覗いたら、手袋したままでもスマホがさわれるやつで結構スマートなのが見つかって、それにした。手の甲に小さいリボンが付いてて、正直これは要らないなと思ったけど、ほかのはちょっとごつかったり色がイマイチだったりして、そんな中では一番よかった。


 それから毎日、通勤のときはその手袋をしている。今日も定時になり、デスクを片付けてコートを着て、マフラーを巻いて手袋をした。私が帰った後は社長と奥さんだけが残り、遅い時間を指定したお客さんの応対や雑務を済ませて閉店。今年はあと一週間くらいで仕事納めだ。

 私がそうして装備を整え、みんなに「お疲れ様でした」と言った途端に寒風が吹き込んできた。誰か入ってきたみたい。私がお店の玄関のほうを見ると、瀬上先生が立っていた。外が寒いから、先生の少し細めの眼鏡のレンズは、扉が閉まるとほぼ一瞬で曇ってしまった。


 会釈だけして私が突っ立っていると、奥から出てきた奥さんが「すみませんね」と言いながら私の前を横切っていった。

 奥さんは瀬上先生から茶色の封筒を受け取ると私のほうを振り向き、「渡しちゃいけないものまで渡しちゃったのよお」と言い、舌を出してみせた。この人はこういう、昔の漫画みたいなことをする。それが許されるキャラクターでもある。

 瀬上先生は帰る気満々の格好の私に頭を下げ、「先日はどうも」と言った。私は瀬上先生に声をかけられたのが意外で少しまごついたけど、すぐに返事できたので、そんなに挙動不審ではなかったと思う。

 奥さんが私と先生を見比べ、「何かあったの?」と言うので、私はあの税理士事務所跡のカフェでお会いしたことを話した。奥さんは「ああ、あのタルトの美味しいところよね」と言い、瀬上先生はそれに少しはにかむようにして頷いた。

「家内はあそこのコーヒーならブラックでも飲むんです」

「そうなんですか。うちの娘も同じことを言うんですよ」


 瀬上先生は眼鏡を外し、曇ったレンズを拭きながら、奥さんに「少しクセがあるんですがね」と返した。

 眼鏡を外した瀬上先生は、カフェの蒼介さんと同じように目尻に皺が寄っている。でも普段お見かけするときは、蒼介さんほどやさしそうな印象はない。紳士だとは思うけど。

 だからこの顔はたぶんその「家内」さんのせいだなと思い、私は、心の中で「ごちそうさまです」と言った。


 なんとなく、人を祝いたくなる季節だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る