第2章 初恋の理由と恋敵

第17話 舞台は夏休み

 とある観光ビーチ。

 砂浜に作られた、即席のビーチバレー場にて。


「なんで……なんで佐々木がアタシの敵になっての——ッ!?」


 もう我慢ならない。

 緋川は気付いたら、苛立ちを込めてそう叫んでいた。


(あっ……)


 自分のしでかしたことに気づいた緋川だったが、もう遅い

 周囲の観客達は何事かとざわつき……ネットを挟んだ敵陣にいる佐々木も面食らった表情を浮かべている。


「は、はは……何言ってんだろ、アタシ……」


 羞恥に顔を赤らめて、乾いた笑いを漏らす緋川。


「なんで……か」


 佐々木はそんな緋川を眺めながら、ここに至るまでの経緯を思い返した。




 ◇◆◇◆

 



 高校に比べ、大学の夏休みは長い。

 その期間ざっと二ヶ月。

 特別な課題でもなければ、バイトや部活をしていたとしても基本的に時間はあり余っている。

 外に出て遊ぶ者。家に籠って自堕落に過ごす者。

 人によって過ごし方は様々だが、佐々木の夏休みは圧倒的後者だった。

 毎年のように「記録的な猛暑」なんて言われているのに外に出る? なぜそんなことをしなくちゃいけない。一生懸命働いている世の社会人たちには悪いが、学生のうちはこの生活を満喫させてもらおう。


(幸せだ……)


 涼しい部屋でベッドに寝転がり、スマホを片手に時間を潰す。

 地獄のようなテスト週間を乗り越えたからこそ味わえる快感。

 だが——


(暇だな……)


 明らか時間を無駄にしている。

 本当にこれでいいのか……

 時間がありすぎるが故の弊害とでもいうのか……一人で過ごしていると、ふとそんな疑問が頭をよぎる時があった。

 かと言って何かするわけでもないのだが。

 佐々木が適当にスマホをいじっていると、電話がかかってきた。

 一瞬画面が消え、表示された名前は若月だ。


「もしもし」

『佐々木、バイトしない?』

「……は?」


 過程をすっ飛ばした結論。いきなりすぎて佐々木は思わず聞き返した。

 そして——

 この若月の一言から、修羅場の夏は始まったのだ。




 話によると、若月は祖父母が夏の季節になるとビーチで海の家を経営するらしく、毎年その手伝いに行っているらしい。バイトも募集しており、どうせなら友達を誘おうということで佐々木たちに白羽の矢が立ったのだ。

 前日の研修を含めて期間は四日間。

 日給も悪くない上に三食付きで宿泊可能。移動費なども向こうが負担。

 うますぎる話に佐々木は一も二もなく飛びついた。

 しかも奇跡的な因果が働いたのか、短期バイト期間中は緋川と田中も予定が空いており、四人全員で海に行くことが決まったのだった。

 そして——


「涼しー、ここは天国だなー」


 エアコンから送り出される風を全身で感じながら一人ゴチる田中。


「だが足りん!」


 次の瞬間、カッと目を見開いた。


「しょうへー、近所迷惑だぞー」

「あ……すまん」


 家主に注意されて、田中は大人しく座椅子に座った。

 佐々木はというと、ベッドに横たわりながらずっと漫画雑誌を読んでいる。

 といっても目当ての作品はなかったので、斜め読みしている程度だが。


「なぁ玲、おかしいと思わねーか?」

「なにがだ?」

「この状況がだ! 夏休みになったつーのになに男二人でイチャついてんの!? 女ぁ、女はどこだぁー!」


 佐々木の生ぬるい視線にもめげず、田中が自分の欲望を吼える。


「大学生の夏休みって、なんかもっとこう、ナイスな女子大生とイチャコラするもんなんじゃねーの!?」

「俺といる限りは無縁だな」

「ばか言え! 我らが櫻大の女神二柱と仲が良いだろお前は! 俺が知る限り、

あいつら以上のナイスな女子大生はいない!」


 そりゃそうだろう。

 外見だけで勝負しても、緋川と若月は県内どころか全国でもトップクラスに入るのは確実。芸能界に入ればさぞかし人気が出ることだろう。


「仲いいのは祥平も一緒だろ?」

「いーや断言できる! 二人とも距離感は玲の方が近い! だけになぁ! ふはははははは——っ!」

「…………」

「といわけで二人を誘ってください! 」


 土下座するような勢いで田中が頭を下げる。

 ダジャレとすべったことに関してはスルーの方向らしい。


「つかお前、茜はいいのかよ」

「如月? 今日は予定あるから無理って言ってた。だが聞いて驚け! なんと俺……今度如月とお祭りデートすることになったんだ!」

「マジで!?」


 デートの約束を取り付けるまで進展していたとは。

 完全に予想外だった。

 なんせ高校の時の田中は、好きな人ができても後方腕組み隊になってただけだった。そう考えると、田中も成長したように感じる。


「マジだ、マジ! しかも行くのは万立ばんだち川花火大会!」

「県内で一番デカい祭りじゃん! やったな祥平、お前はやっぱできる奴だ!」

「ありがとうよ親友! 俺、無事デートをやり遂げたら如月に告白するんだ……」

「応援してる! 当たって砕けてこい!」

「それ応援してる!?」


 ガシッ、と熱い握手を交わす佐々木と田中。

 そこには決して消えることのない、男同士の友情があっ——


「って! 俺のことはいいんだ! 頼む玲! 緋川と若月を誘ってくれ!」

「むり」

「即答!?」

「だって、あいつらなら今……」




 櫻大の最寄り駅から電車移動をして十五分。

 緋川と若月の二人は、普段から衣服なども購入している大型商業施設に来ていた。

 

「これ……いや、こっちの方が……」


 施設内にある目当ての店にて。

 若月がしきりに両手に持った水着を、服の上から緋川の身体に当てて唸っていた。

 その表情は水着を着る本人よりも真剣だ。


「ねぇ、詩織」

「んー?」

「今日は普通の服を見に来たんだよね? それがなんで水着店に来てるわけ?」

「なんでって……バイト行くじゃん。海の家の」

「え……? 水着で接客でもするつもり?」


 真面目な顔で聞いてくる緋川に若月は思わず吹き出しそうになるが、どうにか堪えることができた。


「さすがに水着で接客はしないよ。そうじゃなくて、バイトするのが主だけど、全く自由時間がないってわけじゃないの。お昼の時間帯が過ぎれば客足も落ち着くし、そうなると、おじいちゃんもおばあちゃんも逆に遊んでこいって追い立ててくるから、水着は絶対に必要ってだけ」

「なるほどね。安心した」


 どうやら本気で水着で接客されることを疑っていたらしい。


「ンー、なら……」


 緋川は比較的に露出が少ないワンピースタイプの水着コーナーから、ビキニタイプの水着コーナーに移動した。

 てっきり緋川は肌を隠したがるものだと思っていた若月が、意外そうにその後を追う。


「理佐のビキニかぁ……そそる」

「真顔で変なこと言わないで。単にこっちの方が好みなの」

「そうなんだ。ちょっと意外かも」


 単純な話、水着を着れば不躾な男子の視線が向けられる。

 それが魅力的な女性なら尚更だ。

 

「アタシもTPOはわきまえるって。せっかく海で遊ぶのにガチガチに着込んでたらシラけるし、詩織の祖父母にも変に気を遣わせちゃうじゃん。それに——」


 一度言葉を区切って、緋川は適当に取った水着を合わせる。


「恋する女としては、可愛い水着を着て、佐々木に褒めてもらいたいじゃん?」


 若月の目を真っ直ぐ見て、不適に笑いながら言い放つ緋川。

 絶対に落とす。そんな意思が垣間見える目だった。

 もちろん不快なものは不快だ。

 気にならないわけじゃない。

 ただ、それらを諸々を加味してもなお、緋川の中にある佐々木へ傾いた天秤が揺らぐことはなかった。


「でもその水着は攻め攻めだねー」


 若月はニヤニヤ笑いながら、緋川が持っている水着を指差した。

 つられて緋川が自分の持つ水着を見た途端。


「——ッ!?」


 ボンっ、と音が立ったように顔を赤くさせた。

 無理もない。

 簡単に解けてしまいそうな紐。極端に少ない布面積。

 フリルなどはなく、ただ着用者のボディラインを強調させるデザインをしていて、世界でも激烈トップ級のスーパーモデルしか着ることは許されないような水着だ。


「いやっ、これは違うから!」

「えー、違うの? 理佐だったら来ても許されると思うよ?」

「許されない! 無理! 何よりアタシが許さないから!」

 

 早口で捲し立てながら、慌てて水着を元の位置に戻す。

 するとそこへ、爽やかな笑顔を浮かべた年若い女性店員が緋川と若月に近づいてきた。


「失礼します、お客様。お悩みのようでしたら、こちらの方でいくつか見繕わせていただきますが」

「あ、じゃあお願いできますか?」

「え?」


 緋川が答えるより早く、若月が店員にお願いする。

 店員は「少々お待ちを」と言い残して離れ、すぐにまた二人の元に戻ってきた。

 その手には数着の水着。

 可愛らしいデザインのものからセクシーなデザインのもの、色、今年のトレンドなどを一通り網羅している。


「この中で好みのものはございますか?」

「ン……これ……とか?」

「では、ものは試しです。あちらでご試着を」


 店員の勢いに気圧されて、あっという間に試着室に押し込まれる緋川。

 

「お着替えが終わりましたら、お声をお掛けください」


 そう告げて、店員はカーテンをきっちりと閉めた。

 ここまできたら仕方ない。

 緋川は自分がこれから着せ替え人形になるであろうことを覚悟して、どこか悟りを開いた境地で着替えを始めた。

 ……数分後。


「理佐、可愛い!」

「ええ、さすがお客様! 想像以上によくお似合いです!」

「あ、ありがと……」


 若月だけでなく、店員までもが興奮した面持ちで緋川を褒めちぎる。

 その熱量にたじろぐものの、決して悪い気はしない。

 どうしても気恥ずかしさはあるが。

 緋川が選んだ水着は黒のホルターネックの水着だった。トップの紐を首の後ろで結び、胸が中央に寄せられ、綺麗な谷間を作っている。


「そちらは女性らしいセクシーさを演出しつつ、バストをしっかり包む込むデザインをしておりますので、安定感と自然なバストアップ効果が期待できます」

「へぇ……ンー、悪くはないんだけど……」


 店員は緋川がしっくりきていないことを察知し、また新たな水着を差し出した。


「では、こちらはいかがでしょう?」

「ねぇねぇ、これとかも似合いそうじゃない?」

 

 そこへ両手に水着を持ってきた若月も現れた。

 そして——試着すること十着以上。

 なぜか他の女性客までもが観客と化して、半ばファッションショーとなった試着を終え……水着を購入した頃には、緋川はもう疲労困憊になっていた。

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