第2話 一歩目

「えぇぇえええええええええええーーーッ!?」


 電話越しに田中の驚愕した声が聞こえてきた。

 あまりの声量に、佐々木がスマホを耳から遠ざける。


「こ、告白されたのかッ!? あの緋川に!?」

「おう」

「マジで!?」

「マジだ」

「驚きだな!」

「いや本当に」


 緋川から告白された日の夜。

 佐々木は一人暮らしをしているアパートに帰ると、あの教室で起きた出来事を田中に電話で話した。

 と言うより、田中がしつこく聞いてきて話す羽目になったのだが。

 最初は電話がきても無視したり切ってたりしていたが、何度も何度もかけ直してくるあたり、よほど気になっていたらしい。


「つか、俺の感想はどーでもいいんだ! その後どうしたんだ!? まさか緋川と付き合ったとか!? お前も実は前世で世界を救ってたのか!?」

「んなわけねぇだろ! ったく……しっかり断ったよ……」

「おいおいマジかお前……普通あんな美女に告白されたら、世の男子は泣きながら大歓喜するところだろ……っ!? むしろ付き合わせて下さいってこっちから土下座するところだろ!?」

「しねぇよ。むしろドン引かれて終わりだ」

「あ、そうか……玲、お前もしかして天才か?」

「いや、お前がバカなだけだ」

「まぁ、冗談はそれぐらいにしてよ」


 冗談だったのか……

 バカだから本気で言ってると思った。


「玲はさ……まだ恋愛できねーの?」


 打って変わって、田中の口調が真剣になる。

 さっきまでの軽薄さは微塵もない。


「玲のことだし、馬鹿正直に『恋愛ができない』って言って、緋川のことフッたんじゃねーの?」


 驚いたな。

 まさにその通りだ。


「……緋川もちょっと驚いてたよ」

「ま、だろーな。言い回し的にどうしても気にはなんだろ」


 今は恋愛をする気にはなれない。

 恋愛に興味ない。

 これらの言葉は告白を断る文言としてよく使われるが、『恋愛ができない』という表現は一般的ではない。

 だが、決して嘘はついていない。

 佐々木の場合、緋川の告白に対して誠意を持って答えるには、この表現が一番適切だったのだ。


「なぁ玲、あれからもう五か月経つし……、もちろん無理にとは言わねーけどさ……もうそろそろ、一歩を踏み出してみねーか?」

「——ッ」


 心臓がキュッ、と締めつけられた気がした。

 言葉が出てこない。

 呼吸も少し浅くなっている感覚がある。


「お、俺……」


 五か月前——佐々木の脳裏に、あの時の光景が鮮明にフラッシュバックする。

 待っていると言ってくれた……けど裏切られた……。

 それどころか……

 無意識にスマホを握る手が強まる。


「いつかは乗り越えなきゃいけない過去だ。もちろん急ぐ必要なんてどこにもない。でも……そのいつかってのに、今回の件はちょうどいい機会になるんじゃねーか?」


 田中も精一杯言葉を選んでいるようだ。

 いつまでも過去に引っ張られている……その自覚はある。

 ただ、怖いのだ。

 誰かと付き合う……誰かを好きになる……そう考えると、どうしてもあの光景が蘇ってきて、心をむしばんでくる。


「みんながみんな、あの人のようなわけじゃねーだろ? あの恋はもう終わったんだよ、玲」

「…………」


 そうだ、あの時の恋はもう終わったんだ。

 なら——


「あー……わりー、玲……俺もちょっと焦りすぎだな……。さっき言ったのは忘れ——」

「いや、祥平の言う通りだ」


 田中の言葉を遮る佐々木。

 おそらく田中は、黙っていた佐々木に気を利かせて、話を先送りにしようとしてくれんたんだろう。

 だが、未来の自分に過度な期待はしない。

 どんな過去も時間が解決してくれるのは事実だが——


 佐々木の脳裏に緋川の顔が思い浮かぶ。

 緊張してて……恥ずかしそうで……普段のクールなイメージからは掛け離れていたその姿。

 でも彼女は逃げなかった。真っ直ぐ佐々木の目を見て、たどたどしくも、しっかり自分の気持ちを最後まで伝えてくれた。

 勇気を振り絞った行動。

 恋愛ができなくなってもそれぐらいは分かる。

 深呼吸を一回して、佐々木は一つの覚悟を胸に抱いて田中に伝えた。


「あれからもう五か月だ……そろそろ俺もしっかりしなきゃ、女々しいったらありゃしねぇ」

「いや、玲が過去を吹っ切れないのに、女々しいって言葉はおかしいだろ。実際にお前は傷ついたんだ。深くな。それに、そんな言葉で簡単に片付けていい過去でもないだろーが」

「そう思ってくれるのは素直に嬉しいけど、過去は過去って割り切りたい気持ちは確かにあるんだ……そのための一歩を、俺は今ここで踏み出したい……! ここで逃げたら、また新しい勇気が必要になる……!」


 緋川の告白を利用するようで申し訳ないが。


「そっか……なら、そんなお前に朗報だぁ!」

「……」


 佐々木の変化を感じ取ったのか、嬉々として話し始めた田中。

 佐々木はこれまでの経験からか、少し嫌な予感がしてきた。


「この前、如月きさらぎって子のこと話したろ?」

「あー、すげぇ可愛いって熱弁してたな」

「そう、その子! 実は如月さんの友達の女子に頼んで、如月さんが参加する合コンを組んでもらったんだよ!」


 田中の興奮具合がスマホから伝わってくる。

 だが合コンという単語が出てきて話が見えてきた。


「……参加しろってこと?」

「そういうことだ! ナイスな提案だろ!」


 自信満々に言い放つ田中。

 合コンか……また急な話だ。


「恋愛はできなくても、最近は女子とお話ぐらいは出来るようになっただろ? ただの数合わせだし気楽に参加してくれ。それに玲はそんな顔悪くねーし、ぶっちゃけ男子側の人数が足りなくて困ってる」

「それが本音だろ」

「で、どうする?」


 無視か、コラ。


「困っているのは事実だけど、さすがに強制はしねーよ。こういうのって自分で決めなきゃ意味ねーだろ?」


 田中はバカで強引だが、わきまえるとこは弁えてくれる気遣い上手だ。

 自分の都合を押し通すこともできるだろうに。


「合コンの時間と日にち……あと場所は?」

「今週の金曜日の十九時から。場所は——駅近くのレンタルスペースを予約してある」


 レンタルスペースか。

 居酒屋でやるより自由度が高いし、個室だから盛り上がるだろうな。

 ——駅近くの所なら部屋もオシャレだし、女子にも人気だ。


「で、どうすんだ玲」

「当然、行く」

「さっすが俺の親友! んじゃ、他の参加者にも連絡しとくわ!」


 数回のやり取りの後、佐々木は電話を切った。

 そのまま横になって、天井を見上げる。


(金曜日か……)


 記念すべき一歩目……だな。

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