絶世の美女の告白を断った俺、数合わせの合コンに参加したらフった美女がいて修羅場

ますく

本編

第1章 櫻大の女神

第1話 緋川の告白

 ジーーーーーーーー。


 射殺さんばかりの強烈な視線が刺さる。

 見れば、机を挟んで右斜め前に座っている美女——緋川理佐が俺をジト目で睨んでいた。


 怒っている。

 わざわざ本人に聞くまでもない。

 彼女は今、猛烈に憤っている。


(どうしてこんなことに……)


 背中に大量の冷や汗をかきながら、俺はつい先日の出来事を思い起こす。




 ◆◇◆◇




 私立、櫻崎さくらざき大学。

 今年の四月から佐々木玲も通っている全国的にも有名な名門大学だ。その歴史は古く、櫻大の卒業生は、弁護士、政治家、アーティスト、プロスポーツ選手など、多方面で活躍している。

 そんな伝統ある学び舎のとある講義室にて。


「うあ゛ーっ、つっかれたー!」


 講義が終わり、他の学生達が講義室を後にする中、佐々木の隣に座っている田中祥平が大きく伸びをした。

 佐々木と田中は高校来の友達で、大学に進学してからもこうして一緒にいる。

 本格的に暑くなってきた七月初旬。

 大学生活には慣れてきたが、講義時間の長さはいかんともしがたい。


「学食の席あいてっかな」


 佐々木が田中に尋ねながら、荷物を整理して席から立つ。


「どうだろ……とりあえず行ってみんべ!」


 教室から出て、いつも通り学食に向かおうとすると——


「ねぇ、ちょっといい?」


 突然、後ろから呼び止められる。

 二人が同時に振り返れば、数人の女子学生がすぐ後ろに立っていた。

 途端、佐々木の表情が僅かに強張る。


「あ、えっと……」

「おぉ! なになに? お昼のお誘い?」


 どもる佐々木と、慣れた様子で受け答えする田中。例えるなら、女子とまともに話したことない陰キャと、カースト上位に所属する陽キャといった感じだ。


「違うよ。しかも用があるのはあんたじゃなくて佐々木くんの方」


 そうぶっきらぼうに受け答えた女子学生はカバンから二つ折りにされたメモ用紙を取り出して、佐々木へ差し出してきた。

 佐々木は黙って受け取ると、メモの中身を確認しようとして。


「待って、佐々木くん」


 その寸前で、メモ用紙を渡してきた女子学生が止めた。


「中身は一人のときに見て。期限は今日の放課後まで。書いてあったことは他言無用だからね」

「……分かった。約束する」


 理由はよく分からないが、何か大切なことなんだと思って納得する。


「じゃあ、しっかり渡したからね」


 用が済んだ女子学生達はきびすを返して、そそくさと姿を消した。

 その瞬間。


「はぁああ——」


 突然、佐々木は張り詰めていたものを吐き出すような大きな溜め息をして、その場に脱力したようにしゃがみ込んだ。


「お疲れさん! 一言だけだけど女子と普通に話せたじゃねーか」

「あれ話せてたって言うか?」

「当たりめーだろ? 全く女子と話せなかった四月とか五月に比べたら大進歩だ!」


 そい言いながら、田中は佐々木の隣に同じようにしゃがみ込むと、「良くやった!」と言わんばかりに佐々木の肩に腕を回した。


「で、なんだったんだあいつら? 玲の知り合いか?」

「いや、初めて会った」

「だよな。高校とかの知り合いなら、玲だってもっと普通に喋るもんな」

「ま、とりあえず学食に行こう。腹減った」


 膝に手をついて立ち上がる佐々木。


「あれ? メモの内容は? 確認しねーの?」

「しねぇよ。一人で見てくれって言われたし」

「んだよー、気になんじゃん!」

「わりぃが諦めろ。約束しちまったし」


 その後も田中はゴネてきたが、適当に躱しながら学食に向かう。

 辿り着いた学食は予想通りかなり混雑していたが、運がいいことに、ちょうど二人分の空席を発見することができた。

 場所取りをした後、食券を買って係の人に渡す。

 ちなみに今日は日替わりメニューを頼んだ。


「そういえば、『櫻大の氷の女神』様、また告られたらしいぜ?」


 一通り食事を終え、田中が話題を切り出す。


「また? 今度はだれ?」

「なんでもサッカー部のエースの小金井先輩? て人が告白したらしいんだけど、きっぱりフラれたらしいぜ?」

「サッカー部のエースって……めちゃくちゃイケメンの人じゃん。あの人でダメだったんだ」

「意外だよなー。イケメンがフラれたのは嬉しいけど!」


 この櫻大には一年に三人、二年と三年に一人、四年の二人の計七柱の女神様が在学している。

 その中の一柱が櫻崎大学一年生——緋川ひかわ理佐りさ

 入学して早々、他を寄せ付けない圧倒的な美貌と常に冷静クールであることから『櫻大の氷の女神』と呼ばれ、これまで数々の男を魅了したらしい。

 好みの差はあれど、実際に緋川に会ってしまえば、誰もが『女神』というあだ名が過剰表現なんかではないと分かるんだとか。


「そんな女神様と少し前まで同じ高校に通っていて……しかも同じクラスだったとか……玲、俺らって緋川と付き合ってるって言っても過言じゃねーよな?」

「いや過言すぎるだろ! どういう理論だ。同じクラスだったってだけで話したことすらねぇだろうが!」

「玲は話したことあんだろ!?」

「いや、ねぇって。強いて言うならお互いに挨拶したことがある程度だぞ? あ、いやでも……屋上で一回話したか……?」

「俺なんか挨拶したこともねーわ!?」


 え、そうだったの?

 という言葉は煽りだと捉えられそうなのでグッと堪えた。


「あーあ……女神様達と付き合えるのってどんな奴なんだろーな。つーか付き合えなくてもいいからお近づきになりたいぜ」

「確か先輩の『黒』と『花』には彼氏がいんだよな?」


「黒」と「花」とは、「黒の女神」と「花の女神」のことを指す……要は略称のようなものだ。

 彼氏の話題を出すと、田中は目をカッと見開いて身を乗り出した。


「そうなんだよ! くっそぉ、一体前世でどんな徳を積んだってんだ!」 

「世界でも救ってきただろ」

「んなのぜってー勝てねーじゃん! おのれ! 同じ土俵にさえ上がれないとは!」

「トイレ行ってくる」

「おい玲!? ツッコミ担当がどこに行く!? いってらっしゃい!」


 盛り上がってきた田中を無視して、佐々木はトイレに向かって歩く。一応「送り出すんかい」と心の中でツッコミを入れておく。

 高校時代もそうだったが、大学でも緋川の有名人っぷりには驚かされるばかりだ。

 同じ高校の同級生としては、いっそ誇らしく思えるほどに。

 だが傍目からは輝かしく見えることも、当の本人からすれば迷惑に思うことも多いはずだ。

 佐々木はトイレに着くと、小便器ではなく個室に入った。そしてポケットからメモ用紙を取り出し、中身を確認する。


『話があります。今日の十六時、B棟の一◯三教室で待ってます』


 さっきまで田中と話していたこともあり、佐々木の脳内に勝手に想像が膨らむが、告白なんてことはないだろう。

 佐々木は櫻大に入学して今日まで、女子とまともに喋ったことがない。

 恋愛には絡み合う要素が多い。見た目だけでなく、コミュニケーション能力も重要なのは公然の事実。

 じゃあ告白でないとしたら、これは一体なんだ?

 良い想像もできるが、悪い想像もいくらでもできる。


(ま、行ってみれば分かるか)




 三限、四限の講義が終わり、佐々木はメモ用紙に書かれていた教室に来ていた。

 もちろん約束通りメモの内容は言ってないため、この場には佐々木一人だ。

 備え付けの時計を見れば、時刻は十五時五十分。

 そろそろ約束の時間だ。


(落ち着かねぇ……)


 ソワソワしながら、その時を待つ佐々木。

 そして——ゆっくりと教室の扉が開かれた。

 そこから現れたのは、予想だにしなかった人物。


「え……緋川……?」


 腰まで流れる長く艶のある赤茶げた髪。

 半ばトレードマークと化している黒マスク。顔の大半が隠れ、感情の乏しい目しか見えないのにも関わらず、その美貌は止まることを知らない。実際マスク美人と呼ばれる人とは違い、その黒マスクの中は非常に端正な顔立ちをしている。

 手足はスラリとしていながらも、出るところはしっかりと出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる——そんな冷静沈着で同性さえも魅了する『櫻大の氷の女神』がそこにいた。


「来てくれたんだ……よかった……待たせてごめん」


 佐々木の近くまで駆け寄ってくる緋川。

 どうやら、たまたま来たのとは違うらしい。


「ひ、緋川が……俺を呼んだのか……?」

「ン……そう……」


 心なしか、緋川が緊張しているように見える。

 呼ばれた理由は分からないが、佐々木は喋りやすい雰囲気を作ろうと努めて笑いかけた……つもりだったが、佐々木も緊張で顔が強張っていて、実際に浮かべているのは苦笑いだった。


「あ、あのメモ用紙の送り人が緋川だなんて驚いたな……話があんだろ? 聞くよ」

「あ……うん…………えっと……」


 すごいどもりようだ。普段クールな緋川からは想像もできない。

 そんなに言いづらいことなのか。

 しばらく流れる沈黙——それを打ち破ったのは。


「あ、あの……!」


 何かを決心したような力強い目をした緋川。

 黒マスクを外して、頬を真っ赤に染めながら、佐々木の目を真っ直ぐ見つめる。


「佐々木……アタシね、佐々木のことが好きなの……!」


「…………え」


 佐々木は頭の中が一瞬で真っ白になった。

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