第1話 依頼

「女の子のTNK?」


 俺は思わず訊き返した。


「ええ」


 艶のある生地のスカしたブランドスーツに身を包んだサングラスの若い男──七篠ななしのと名乗った──は即答した。


「私はさる研究機関に所属していましてね。確認されている中では史上初、世界唯一の女の子のTNKを保護して飼育していました」

「両性具有……ということですか?」

「違います。両性具有ならTNKはあって当たり前ですし、他に幾らでも前例がある。私どものTNKは、医学的には完全な女子に生じ、分離したTNKです」

「???」

「正直、理解して頂く必要はないかと思います。機密保持のコンプライアンスにも抵触しますので、私もあまり詳しくは説明できないですし」

「……続けてください」

「二日前です。対象の精密検査のため、保護施設から医療機関へ移送中でした。午前十時半ごろ、S区二丁目の交差点に差し掛かった時でした。当時該当の通りは混雑していて──原因は通りの店のセールだったのですが──随伴していた担当者は渋滞の先を確認しようと車の窓を開けた」

「その隙に逃げらた? TNKは拘束はされてなかったのですか? つまり、ケースに入れたり、ペニ輪を付けたりは?」

「樹脂のケースに入れて移送していたのですが、蓋のロックが外れていたらしく……」

「不注意でしたね」

「今回逃げ出すまでは、エスメラルダは非常に大人しい振る舞いをしておりまして」

「エスメラルダ? TNKの名前ですか?」

「はい。今にして思えば、それも我々の油断を誘う彼女なりの作戦だったのかも知れません」

「彼女? エスメラルダはメスなんですか?」

「女の子のTNKですよ?」

「なるほど」

「とにかく、TNKとしては非常に知能の高い個体だということを前提に捜索するようにお願いします」

「分かりました。で、例のものはお持ち頂いてますか?」

「こちらです」

 

 男はチャック付きビニール袋に入った、四角く畳まれた布を差し出した。


「エスメラルダの本体の人物から借りて来たハンカチです」

「確かに。お預かりします」

「しかしこんなものを……何に?」

「捜査上の秘密です。大丈夫。綺麗なままでお返ししますよ」

「そう願います」

「では、ここからは私の仕事です。吉報をお待ちください」

「あ、最後に一つお願いが……」

「なんです?」

「捕まえる時にその……あまり痛く、痛め付けないでやってください」

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