5 平原の幻影

 数日世話になり、「元気でね、神様。兄ちゃんも」と涙ぐんでいるテナに手を振って帰路に着いたタナエスの外見は、いよいよ限界を超えて派手になっていた。金のマントの上から鮮やかな色帯を幾重にも重ね、恐ろしく大きな真っ赤な石の耳飾りをして、目尻にも赤い化粧を入れられている。頭には内側の棘を丁寧に落としたいばらの冠。それが神々しいほど似合っているのも面白いのだが、彼がその格好のまま真剣な顔で二冊の野帳をじっくり見比べ、報告書の草案を練っているのも笑いを誘う。

「やはり目撃されたのは早朝だろう。あの時間帯が一番美しい」

「フゥゥゥン?」

 羊が鼻で鳴く。どうしても彼のそばを離れようとしなかったこの変な生き物は、そのまま神への供物として一匹貰い受けた。食料となるガナの束と種も。

「私もそう思う」

「いつの時間帯が美しいとか、そんなことまで報告するのか。大変だな」

 森を抜けるまで送ってくれるというラゥエンが「前見てないと転ぶぞ」と苦笑した。

「そもそも、平原で目撃された謎の金色の幻影の正体を探りに来たのです。むしろこの情報が最も重要と言える」

 タナエスが言うと、ラゥエンは「……え?」と眉を寄せた。

「金色の幻影の、正体」

「ええ」

「それ、たぶん羊じゃねえぞ」

「はい?」

 ほれ、と親指で背後を指すラゥエン。森に入ろうとしていた私達は、夜明けの光に照らされた平原を振り返り、そして息を呑んだ。言葉が出なかった。

 広い広い平原を埋め尽くすような、金のかげろうのようなものがそこにあった。オパールの内側に燃える炎のように妖しく輝き、揺らめき、雲に届くほど高く立ち昇る。

「あれ、は……」

 先に言葉を取り戻したのはタナエスだった。ラゥエンはなんてことのないような顔で笑い「先に言ってくれればよかったのに」と言う。

「五十年前くらいから、あの中央あたりに妖精の一族が棲みついてんだよ。だからここ十年くらいかな、半分異界化してる。もうそろそろ妖精の国ができるんじゃないか?」

「もうしばらく、泊めていただくことはできるだろうか。無償でとは言わない。労働力と、私の魔法薬で……」

「水臭いこと言うな。娘が喜ぶ」

 嬉しそうなラゥエンの顔を見て、私の心もあたたかくなった。もうしばらく帰れそうもなくなってしまったことがこんなにも嬉しい。胸に手を当てる。彼らならば私の魔法を見ても喜んでくれるに違いないという、不思議な確信がそこにはあった。


〈了〉


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ダールェン平原に見られる金の幻影についての調査録 綿野 明 @aki_wata

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