第6話 迫りくるもの。初めての戦闘。

 カサカサ。

 遠くの藪で音がする。


「りゅう君?」

明日乃あすのが目を覚まし、葉っぱの服を整えながら、木と葉っぱで作った簡易テントのようなシェルターから出てくる。


「気づいたか?」

俺は明日乃あすのの怯える顔を見て声をかける。


「なんか、この耳のせいで音とか気配に敏感になっているみたい。りゅう君も?」

「ああ、やっぱりそうか。俺もやたら耳が良くなったと驚いていたところだ」

明日乃あすのも気配を感じていたようで目が覚めてしまったようだ。明日乃あすのの問いに答える俺。


明日乃あすの、一応、武器を持っておけ。それと、たき火のそばで、火のついた薪を持っておくといいかもしれない。もしかしたら火に怯える動物かもしれないから」

俺はそう言って、音のする方に、先をとがらせただけの木の枝を構える。槍と呼ぶには粗末すぎるそれを。

 明日乃あすのも無言で俺の言葉に従う。槍を持ちつつ、もう一方の手には松明代わりの火のついた薪を。いざとなったら打撃武器にもなるだろう。


 がさがさ。

 そして現れる、敵の姿。まだ薄暗い、明け方の4時。


「オオカミだ」

俺は明日乃あすのに声をかける。

 大きな灰色の犬のような生き物。大きい。100センチは優に超え、大きい物は130センチ以上あるだろうか? 大型犬の類だ。そんな狼が3匹現れる。

 しかも、藪の中にはもう2匹気配がある。


 俺は改めて、槍を構えなおし、明日乃あすのを庇うように立ち位置をずらす。

 まずいな。1匹ならまだしも、5匹だと囲まれたら明日乃あすのを守ることはもちろん、俺の命すら危うい。そして、バラバラに逃げたら確実に仕留められる。


明日乃あすの。たき火から離れるなよ。大丈夫だ。俺が守る」

俺はそう言って明日乃あすのを安心させる。守れる自信も根拠も何もないが。ただ、守らなければならない。それだけで心と体を奮い立たせる。


「こい!! オオカミ!!」

俺は、気合を入れて叫び、オオカミをけん制する。

 そして槍を大きく横にぶんぶんと振り、突く姿もみせる。近づいたら危険であることを視覚で分からせるように。

 

 攻撃が野生のオオカミに通用するのだろうか? 横薙ぎすれば当たりやすいだろうが致命傷にはならなそうだ。突きは当たり所が良ければ怯み、もしかしたら致命傷になるかもしれないが、避けられる可能性もある。

 突きでけん制しつつ、横薙ぎって感じか?

 俺はそんな感じで戦いをシミュレーションする。


 そんな、武器による牽制が効いたのか、オオカミは警戒しながらじわりじわりと近づいてくる。明け方とはいえまだ暗い。そして野生の暗さだ。たき火が無かったら真っ暗だったかもしれない。


 俺はたき火と明日乃あすのを背に、オオカミと対面する。

 そして、飛び掛かってくるオオカミ。1匹は俺に。残りの二匹は左右から回り込むように明日乃あすのに。

 不味い。最初から俺より弱そうな明日乃あすの狙いだったのか。

 だが、俺も、向かってくるオオカミを無視して他の2匹を相手する余裕もないし、逆に悪手だ。

 俺は確実に、俺を狙ってくるオオカミの顔を思い切り槍の横薙ぎで殴り倒す。


 ぎゃん!!

 オオカミが大きく吹き飛ばされて地面を転がり、立ち上がるもふらふらのようだ。なんだ? 思った以上に力が出た?


 俺は急いで明日乃あすのを襲う2匹のうち左から回った奴に突きを放つ。無我夢中で飛びつき、無我夢中で攻撃する。

 オオカミが警戒して、後ろに飛び退き、俺と睨み合いになる。


 明日乃あすのを見るともう1匹のオオカミに火のついた薪を向け牽制。オオカミも見たことのない? 火を見て攻めあぐねているようだ。


 だが、これでは、ジリ貧だ。最初に殴ったオオカミも、フラフラしつつも回復しようとしている。

 そして、藪に隠れていた2匹。さらに大きいオオカミが現れる。


 でかい。全長150センチ以上あるんじゃないか? 大型犬というより人の大きさに近いかもしれない。そんな大きなオオカミが2匹ゆっくり近づいてくる。


 明日乃あすのを逃がすか?

 いや、どこに逃がす? 追いかけられて、背中を狙われるのが関の山じゃないのか?

 俺は焦る。だが、1匹ずつ確実に仕留めるしかないのも事実だ。一度軽く息を吐き、冷静になり槍を構えなおす。

 そして、目の前にいる、明日乃あすのを狙っていた1匹の横腹に渾身の一突きを浴びせる。


 ギャウン!!

 手に伝わる肉を引き裂く感触。オオカミのはらわたに深く突き刺さる木の槍。

 オオカミが俺と対面しつつ、明日乃あすのを意識していたおかげで、突きに対応できなかったようだ。明日乃あすのを意識して、俺に横腹を向けていたのは致命的だった。

 俺はそのまま走り、オオカミに全力で槍をねじり込む。地面にへたり込むオオカミ。

 槍を抜き、他のオオカミをけん制するがそれまでだった。


 最初に殴りつけたオオカミも回復し、1匹仕留めたことで、必死になったようで全力で飛び掛かってくる。後ろに控えていた2匹も1匹の仲間を失った怒りか、全力で俺と明日乃あすのにそれぞれ飛び掛かるように走り出す。


 ここまでか。

 さすがに2対1では俺も自分の防御で精いっぱい。明日乃あすのは身を守ることもできないだろう。

 俺は死を覚悟して明日乃あすのを守ろうと明日乃あすのに向かって振り向こうとするが、その時!!


「何やっているんだ、馬鹿野郎!!」

一人の人影。


 明日乃あすのを狙っていた1匹目のオオカミの横っ腹を蹴り倒し、明日乃あすのの持っていた槍を奪い取り構える。やたら、さまになる構え。格闘技の経験者の構えだ。


一角いずみちゃん!」

明日乃あすのがそう声をかける。

 そうだ、一角いずみ佐谷さたに一角いずみ。同級生で明日乃あすのの従妹の女の子。


「ぼーっとするな。流司りゅうじ。まだ、戦いの最中だぞ。とにかく、1匹ずつ確実に仕留めろ」

そう、俺に怒鳴りつける一角いずみ

 明日乃あすのに似た紺碧の髪を揺らし、蹴り倒したオオカミと、新たに向かってきたもう一匹のオオカミを交互ににらみつける。


 俺も、気を取り直し、槍を構えなおす。新たに飛び掛かってきたボスらしき大きなオオカミと、最初に殴り倒したオオカミに。

 

「りゅう君、私も戦うよ」

そう言って、明日乃あすのが最初に殴り倒したオオカミに火のついた薪を向け構える。


「すまない、そいつをけん制するだけでいいから、相手してくれ」

俺は明日乃あすのにオオカミの1匹を任せ、ボスオオカミらしき個体に挑む。


 

 ギャン!!

 一角いずみの方からオオカミの叫び声が聞こえる。上手い。突きで1匹をけん制しつつ、くるくると槍を回し、回転で、標的を変え、もう1匹のオオカミの鼻面に槍の柄を叩きつける。


 キャン、キャン!!

 そして同時に、もうひと回転、今度は下から上に、突き上げるように槍の尖った先とは逆、石突の部分でオオカミの顎をはね上げる。

 オオカミが大きく空中で縦に一回転して転げ落ちる。


 それを見た大きなオオカミ2匹と明日乃あすのが相手をしていた1匹がジリジリと下がり、そして踵を返し、森に向かって逃げていく。


「逃がすか」

俺は、一瞬、躊躇し、逃げ遅れた明日乃あすのに対面していたオオカミの脇腹に槍で深い一突きを浴びせる。そして、これでもかというように槍を押し込み、致命傷を浴びせる。 

 一角いずみも殴り倒したオオカミ、フラフラと立ちあがるオオカミにもう一撃、横薙ぎを浴びせ、倒れたところに首に一突きを浴びせ止めを刺す。


 突然の増援のおかげで何とか野生動物との戦闘に勝つことができた。


一角いずみ。助かったよ」

俺は一角いずみに歩み寄り感謝の言葉を述べる。


 彼女は佐谷さたに一角いずみ。俺と同じ高校の同級生で、明日乃あすのの従妹。そして、父親は合気道の師範で母親は弓道の師範というバリバリの格闘家肌、確か、部活動も弓道部の運動系の美少女だ。幼馴染の明日乃あすのの従妹なので俺も子供のころから交流がある。

 そして、一角いずみが丸裸なことに気づき、慌てて目を逸らす。


 明日乃あすのの従妹なので顔は少し似ているが、身長が高く、締まった体、アスリートのような体形だった。そして張りのある鍛えられた女性の双丘だった。明日乃あすのに負けないくらいの大きさで。


一角いずみちゃんも服着ないと。葉っぱだけど、私が着せてあげる」

そう言って、あたりを見渡し、大きな葉っぱを拾うと一角いずみに駆け寄る明日乃あすの


「いや、本当に助かったよ。一角いずみ。」

俺はそっぽを向きながら改めてお礼をする。


「助かった、じゃない!! 明日乃あすのが怪我をしたらどうするつもりだったんだ。この馬鹿流司りゅうじ!!」

一角いずみが俺に罵声を浴びせる。


 そうだった、この子、一角いずみ明日乃あすのが大好き過ぎる少女だった。そして明日乃あすのは逆に引き気味で、ちょっと仲はよくない。

 昔から一角いずみ明日乃あすのに過保護すぎるのと、しつこく付きまとうので、明日乃あすのがちょっと避けている感じだ。仲が悪いというより距離を置きたいという感じか。逆に一角いずみは常に距離を縮めようと必死だ。


「もう大丈夫だよ。りゅう君。着替え終わったから」

明日乃あすのがそう言い、改めて一角いずみを見る。


 明日乃あすのと同じように大きな菜っ葉を二巻きほど腰と胸に巻き付け、髪の毛は、学校にいた時のようにポニーテールで束ね直したようだ。明日乃あすのより少し青みがかかったように見える黒髪、紺碧の髪だ。

 そして俺達と同じように頭の上に獣の耳とお尻には尻尾。一角いずみは犬かな? 犬っぽい尻尾と耳が生えている。


「間に合ってよかったぜ」

どこからともなく聞こえる声。ああ、神様か。

 声の方を振り向くと空に浮かぶ透明なおっさん。


「だが、緊急でお前たちの同級生の一人を降臨させたせいで、当分、俺の力はからっぽだ。この先、少し音信不通になるが、勘弁してくれ。そんな感じなんで、新しい仲間にはお前たちの方で説明しておいてくれよ」

そう言って、足早に去ろうとする神様。


「おいおい、ちょっと待ってくれ。一つだけ教えてくれ。この耳と尻尾はなんなんだ? そして二人とも、元の世界とは違う性格になっている気がする。これはこの耳や尻尾が関係しているのか?」

俺は慌てて一番聞きたかったことを聞く。


そのまま、去ろうとしていた神様が思い出したように、戻ってきて、

「ああ、それはけもみみだな。お前達は、元の世界の魂の10分の1を分霊してこの世界に転生させたって言ったろ? 実はその10分の1っていうのが野生の部分、動物の本能的な魂なんだよ。だから、その魂を象徴するような耳と尻尾が生えてしまう。そういう事だ」

神様が思い出したようにけろっと耳と尻尾の事を解説する。


「ちなみにリュウジ。お前の場合は『傲慢』。お前の中に隠れていた傲慢さが動物の本能と一緒に引き出されて、傲慢の象徴たる獅子の耳と尻尾が生えた。そんな感じだ。だから、現世同様、傲慢さを抑えるように謙虚に生きることを心がけろよ。傲慢すぎる男は女の子に嫌われるからな」

神様が余計な説明を付け加える。


「傲慢で獅子。まるで『七つの大罪』だね。そして対応する謙虚さは美徳って感じ?」

明日乃あすのが楽しそうにそう言う。


「なんだそりゃ?」

俺は聞いたことがない言葉を聞き、明日乃あすのに聞き直す。


「元はキリスト教の教え? 元は『七つの罪源』っていって、人間が陥りやすい、罪を犯しやすい感情や欲望をまとめたものって感じかな? で、後世の作家さんとかが、それぞれの大罪に悪魔を関連付けたり、架空の幻獣を当てはめたり、実在の動物を当てはめたりしたんだよね。りゅう君は七つの大罪のうちの一つ、『傲慢』が強く出ちゃって、獅子の尻尾や耳が生えちゃったってことかな? ちなみに関連する悪魔はルシファー。幻獣はグリフォン、関連する動物としては孔雀や蝙蝠なんて文学もあるわね。で『傲慢』に対する美徳は『謙虚』。確かに、りゅう君は元の世界じゃ謙虚な感じだったもんね。こっちの世界に来てだいぶ変わったよ?」

明日乃あすのが七つの大罪とかいうものを説明してくれる。

 つまり、こっちの世界に来て傲慢になったから謙虚さを思い出して暮らせってことか?


「なんか、中二病臭い匂いがするな」

一角いずみが、ちょろっ、とそんな感想を漏らす。


「私は中二病じゃないんだからね。これも異世界転生小説が好きって部活の友達が貸してくれた小説の話なんだからね」

明日乃あすのが必死に弁明する。中二病ではないらしい。本当かどうかは知らないけど。


一角いずみちゃんは尻尾の感じからすると、多分、犬か狼かな? 犬だったら七つの大罪は『嫉妬』。狼だったら『憤怒』。一角いずみちゃんは怒りっぽいから『憤怒』で狼かな? 美徳は『忍耐』だから合気道とか弓道やっている一角いずみちゃんにはいかにもって感じの大罪かもね。忍耐強く生きなきゃだめだよ。って、感じ?」

明日乃あすのが中二病の話題から話を逸らすようにそう説明する。逆に中二病の匂いが強まった気がするけどな。


「それじゃあ、明日乃あすのは何になるんだ? 兎に当てはまる大罪とかって何になるんだ?」

俺は明日乃あすのの事も気になって聞いてみる。

 明日乃あすのもこっちの世界に来てからやたら、積極的になったし、イチャイチャしたがるようになったもんな。元の世界じゃもっとおしとやかなイメージあったけど。


「私は多分、兎だから」




明日乃あすのが説明しようとしはじめたところで沈黙する。


「また、機会があったら話すね」

明日乃あすのが慌てて、話を止める。照れ笑いをしながら。話題を変える。


「そうだ、神様に素材のありかとか聞くんでしょ? 神様、鉄とかはないんですか、できたらナイフが欲しいです。お鍋とかも。ダメならせめて、黒曜石。あと、竹とか川のある場所が分かると嬉しいです」

明日乃あすのが神様にそう言って話題を完全にずらした。


「ああ、これで最後だぞ。もう、俺の力残ってないからな。竹と川は森を進めばあるし、黒曜石はちょっと遠いな。海沿いに歩けばそのうち山が見える。その山を登れば黒曜石のとれる岩場がある。そして、ナイフや金属だが、この島に鉄はない。将来的にこの島を出て、他の島に移動すれば鉄鉱石のとれる島もあるが、まだ先だな。魔物もいるしな。あとものすごくたくさん祈れば、俺の力でナイフを作ることができるが、とりあえず、仲間を降臨させる方が先だろ? 人数増えれば祈りも増えるし、そしてナイフとかお鍋は相当な祈りが必要だぞ? 何カ月も何カ月も祈るくらいの力が必要だ」

神様がそう言う。そして、体がさらに透けて、向こうが見える。


「ああ、もう、時間切れだ。詳しくはリュウジ、秘書子さんに聞け。秘書子さんはリュウジとしか話せないが聞けば聞いたことは教えてくれるから、説明書のつもりで活用してくれよ」

神様はそう言うと、透明になって、消えてしまう。


「行っちゃったね」

明日乃あすのが残念そうにそう言う。まだ聞きたいことがあったのだろう。


「秘書子さんは俺にしか見えないのか」

俺はそうつぶやく。


「はい、私は神様と違い、リュウジの力を借りて、リュウジの脳に直接話しかけているだけなので、神の力の消費は少なく、また他の人には話を聞くことも姿を見ることもできません」

突然、現れる秘書子さん。

 なるほどな。力を節約する為に俺にしか見えないようになっているのか。


 ちょうどいいので、秘書子さんから色々聞こう。オオカミの死体も何とかしたいし。


 次話に続く。

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