第32話 ゼフィールとアストル

四聖星一行は丘を降り、ルークの故郷『ゼフィール』へ向かった。




ピュルテの森を何十分か歩くと急に視界が開けた。

足元は崖になっており、パラパラと小石が奥底の泉へ落ちていった。


「ひぃ……」と怖気付く三人を側目に、一人冷静に斜め上を見上げ「着いたぞ」と言うルーク。




三人が顔を上げると空中に小規模の島々が浮かび、その島々をドラゴンが飛び回っていた。


「ガイドブックの写真見て疑ってたけど、本当にあったわ」

と目を丸くしてラティが言った。


「その手前の島に行けねぇの?」

と言うラティにルークが溜息をつく。




ルークは指二本を口の中に入れ、ピィーーと笛のような音を鳴らした。


「おっ!!ドラゴン?どこから来るんだ!?」とはしゃぐラティは向こうの小島を見ていた。



風が吹く中、それらしき気配が無かった。

「…………来なくね」

そよぐ風に黄色い髪を揺らしながら彼が言う。



ルークはゆっくりと振り返り、後ろに居る彼を呆れた目で見た。


「もう来てるけど」


ルークの紫色の目はラティではなく、彼の後ろを見ていた。



「はっ?」

ばっと振り返ったラティの顔に黒い影が落ちる。

その影は彼を覆うように、白く鋭い牙が生え揃う、ラティの身長の二倍はある大きさの開いたドラゴンの口だった。

乳白色の牙は唾液の糸を引きながら彼の頭を囲っていた。


「うぅぎゃあ゛あぁぁぁぁァァァァァァ!?」




言葉に聞こえないくらいの汚い高音の悲鳴を上げてラティは硬直フリーズし、彼の横にいたアシュレイとエレンも紫色アメジストの大きなアーモンド型のドラゴンの目がこちらをギョロリと見た瞬間に、ヒュ…と息を吸ったまま目を見開いて固まった。



「どうだ、カッコイイだろ」

とルークが言うが、ラティは先程のテンションとは真逆にとても静かで、

「ちょっと怖さの方が勝ってる……」

とカタカタ肩を震わせていた。






その大きい生き物は深緑色のうろことふさふさの毛で全身がおおわれており、琥珀色の流木のような角が二本、身体の方に伸びていた。

おでこにはエメラルドグリーンの大きな鉱石が重なるように八枚。


耳の位置には兎の耳のようなものが垂れ下がっていた。四足歩行の脚先には毛に隠れた鋭い鉤爪があり、背にはドラゴンの羽、トカゲの様な形の尾の先には常緑葉エメラルド色の菱形の宝石に毛束が付いた変わった尾だった。

葉っぱや雫型の宝石も尾に付いていて、揺れる度にシャラ…と音が鳴る。


ラティの顔と同じくらいのサイズの目は、ルークと同じ紫水晶アメジストの色だった。






「ヴヴ……」とその生き物はうなり、「エムロード」

とルークが合図をすると、エムロードと呼ばれた"それ"はラティを避けて口を閉じ、瞬きひとつする間に一回り小さく丸っこい姿に変わった。




「キャン!」

と子犬のような鳴き声を上げたエムロードはさっきのいかつい姿とは打って変わって、くりくりとした愛らしい目に、兎のような垂れた耳をパタパタと揺らしながらラティの周りを楽しそうに走っていた。




「この姿は可愛いな。他のドラゴンもこんな感じか?」と訊くラティ。



「それぞれで性格も姿も違う。

小さくなる奴はこいつ以外聞いたことが無い。

ここ《ゼフィール》では、一人の魔術師に一匹相棒のドラゴンが居る。人の子が一人産まれると、同時期に人の両親が飼うドラゴンの二匹のうちどちらかが卵を産む。こいつらには性別が無いからな……

同じ日に産まれて共に育ち、同じ日に死ぬ、運命共同体みたいな存在だ。」

とルークは走り回るエムロードを見ながら言う。


「ちなみに気づいてると思うけど、目の色はペアで一緒の色だ」


ルークは自分の目を指さして言った。

「へぇ」とそれぞれが相槌を打つ。





「ねぇ、このエムロードに乗って空飛べない?」とラティが首を傾げて言う。


数秒間の沈黙の後、ルークが口を開く。

「……元気すぎて振り落とされても知らないからな」



ルークと目が合ったエムロードはまたグググと大きく厳格な鱗が目立つかっこいいドラゴンに変化した。

バサッとコウモリのような翼を上下すると周りの木々の葉が一斉になびいた。



乗りやすいようにしゃがんだエムロードの背に慣れた手つきで軽々と飛び乗るルーク。

ラティの頭と同じ大きさの竜の目がラティを見、またラティが固まる。


「乗らないなら喰わせるよ」

とルークが冷たく言い、 彼に手伝われて他三人も乗った。


「一周だけだぞ」という約束で大空へ羽ばたく一行。



「うわっ」

三人が風の勢いに押され目を瞑りながらエムロードの毛にしがみつく。

数秒後に目を開けて見えた景色に目を輝かせる。


周りには家々が立ち並ぶ島が浮かび、下にはターコイズブルーの湖が広がり、空の向こうには虹がかかっていた。


「ここもいいところだね、風が気持ちいい」と、エムロードの広い背中の上で喜ぶラティとアシュレイだったが、ふとエレンが一言も発していない事に気づいた。




後ろを向くと彼女は下を向いたまま、うぷっと嗚咽していた。

「大丈夫!?」と狼狽えるアシュレイにエレンは青ざめた唇で答えた。


「ちょっと酔ったかも……」






エムロードはゼフィールを一周した後、元の場所へ四人を下ろした。

小さくなり、「キャン」と一鳴きして森の茂みに駆けて行った。


ルークは、アシュレイに支えられているエレンを横目に、少し不満気に

「次、ラティの都市」と言った。







四人はラティの地元『アストル』へ向かった。

ゼフィールとアストルの境界に薄い膜があり、その中に入ると一気に景色が近未来都市に変わった。



空中を車が飛び交い、あちこちに空間移動用の装置がある。


「ここら辺に手をかざしてみて」とラティ。


アシュレイが空中で発光している六芒星のマークに手をかざすと、ヴォン…と音を立てながら半透明の電子機器のホーム画面が表示された。「おお……」



『NEWS』と書かれた四角のアイコンをタップすると最新の時事ニュースが出てきた。


「ハイテクだね。周りにAIロボットも歩いていて全体的にガラス張りの建物が多くてきれい」

と目をきょろきょろさせて言うアシュレイ。



「だろう?最新技術が集結した都市なんだ。頭のいい人ばかりでさ」


と鼻を高くさせて言うラティにすかさず、

「なのにここ出身のお前は何故か馬鹿、と」

とルークはメモを取るようなジェスチャーで彼を小馬鹿にした。



「こないだからオレにだけ当たり強くない?」と眉を顰めるラティを無視して、

ルークが一つの空間移動装置に触れる。

「…………!?」



一瞬でルークが消えたと思ったら、数メートル先の反対側の歩道脇の装置に転移していた。

驚いた様子で突っ立っているルーク。


「ああいう感じでここにはいくつも装置がある。上手く乗り継げば他都市に近いところまで数分で行けるよ」

と自慢げにラティが言った。





四人は不思議な装置で暫く遊んだ。

途中、エレンが離れた所に転移して迷子になった。



次第にワープする好奇心も収まり、時計は午後一時を過ぎていた。

ルークは午後二時から塾があったため、そこで解散することにした。

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