第19話 強化プログラム

「疲れた……」

 部室に戻り、俺たちは束の間のティータイムに突入していた。とはいっても中身はホットミルクなのだが、まぁそこは気にする必要はない。

「それにしても、よく対応できたね……」

「えぇ、まぁ……」

 言えない。あなたたちで慣れましたなんて死んでも言えない。そのせいで部長の誉め言葉もなんだか複雑だ。

「けど、予想以上にすごかったねー。特にあの……小橋さん」

「大橋さんじゃないです?」

「部長が小橋さんと言ったら小橋さんだ!」

「いやさすがに人の名前はまずいよね!?」

「む、それもそうか……」

 あんなことがあった後だからだろう。側近君も、下手に突っかかってくることはなかった。さっきから黙っている妹ちゃんも、ふてくされたようにホットミルクをすすっているし。それほどまでに水瀬さんたちの影響は大きかったってわけか。

「とにかく、これで風太君もわかっただろう? 練習しなきゃ、あんな馬鹿に負けるんだぞ?」

「まぁ、そうですけど……いつになくとげとげしいですね」

「「「当たり前」」だろう!」

「なんなんですかあの人たちは。毎度毎度人を馬鹿にして、さっきなんて学校まで馬鹿にしましたよ!」

「まったくだ! 桜庭はさておき、部長のいるこの西高を馬鹿にするなど言語道断!」

「そーだそーだ! 二人とももっと言ってくれ!」

 今まで我慢していたものが吹っ切れたように、三人の愚痴が一気に放出されていく。部長なんか、普段の何倍も声に力がこもっているし。というかそれ、本人たちの前で言わないのね。

「ほら、風太君も言ってやれ!」

「いや、あの……それ本人の前で言わないんですか?」

「ダメだ! また面倒なことになる」

「またってことは、一回言ったんだな……」

「えぇ、まぁ……」

 気まずそうに妹ちゃんは言った。三人の表情から察するに、相当揉めたのだろう。一目見ただけでもわかったが、相当に面倒くさい人たちだろうしなぁ……。

「よし、それじゃやることはわかってるだろ?」

「えぇ! もちろんですよ!」

「私だってやりますよ! 先輩もですよね!?」

「あぁ!」

 いつになく皆燃えている。こんなにも熱意にあふれた部長たちは初めて見た。それなら俺も応えなきゃならない。俺だって死ぬほど腹が立つし。

「それじゃ、睡眠部やるぞー」

「「「おー!」」」

 ちょっとした決起集会を済ませ、俺たちはそれぞれの特訓に励むのであった……いや、励むにしても何をすればいいんだ?

「何をしている! ついてこい!」

「うわ、ちょ……」

 側近君に首根っこをつかまれ、俺はベッドに連れられる。

 荒いことをされるのかと思ったが、そうではないらしい。

「今からお前を鍛え上げる! いいな!」

「え、マジで言ってるんですか!?」

「当たり前だろう! はっきり言うが、お前はまだ自分の武器を見つけ出していない!」

「うっ……」

 ズケズケと痛いところを突かれる。だが、確かに事実なのだ。実際に戦ったからこそ、側近君に見えるものもあるのだろう。

「この三週間でお前の武器を発掘する。それができなきゃ、確実に負ける!」

 そう言った側近君の目は本気だった。それだけ睡眠部へ……いや、部長へとかける思いがあるのだろう。今の彼なら、もしかしたらやってくれるのかもしれない。

「よし、それじゃ始めるぞ」

「あ、あぁ。よろしく頼む」

「早速だが寝てみろ! いや今すぐ寝ろ!」

「いや無茶だろ!?」

 はいじゃあ寝ろって、あまりにも適当すぎるだろ。てかそれで寝れるならもうそれが武器じゃねえか! いきなり不安になってきた。

「これくらいできないでどうするんだ。俺なら五秒で寝れるぞ」

「マジかよ」

 こいつ、実はすごいやつなのか? それが本当ならぜひ参考にしたいが。

「じゃあ見せてくれよ! 何かの役に立つかもしれないし」

「任せろ! やるぞ……」

 そう言って、側近君はベッドに倒れこんだ。さぁ、どうやって寝るんだ。見せてくれ側近君。君の本気ってやつを。

「おーい。寝たか?」

 五秒が経ち、声をかけてみる。しかし返事はない。もしかして本当に寝たのか?

 頬をつついてみるが、反応はない。おいおいやるじゃないか側近君。だが、まだ狸寝入りだという可能性は捨てきれない。

「あ、部長」

「お疲れ様です!」

「てめえ寝てねえじゃねえか!」

 やっぱりだ。こいつ演技だけは一丁前にうまいな。最後に仕掛けておいて正解だったかもしれない。あやうく信じて見直すところだった。

「貴様、騙したな!?」

「騙したのはお前のほうじゃねえか!」

「……部長が起きているのに寝るわけにはいかんだろう!」

 うん、素晴らしき忠誠心だけど説得力皆無だからね? 

 目だってめちゃくちゃ泳いでるし。

てか、完全に言い訳じゃねえか! こんな調子で師匠役を任せてもいいのだろうか。まぁ、他に指導できそうなやつなんていないから仕方ないか。

「と、とにかくだ。お前の特訓をするぞ」

「はーい」

 気を取り直し、俺は側近君の言葉を待つ。いくら信用できないとはいえ、この部では俺よりも彼のほうが先輩だ。技術はなくても知識はあるだろう。

「始める前に聞いておくが、普段寝る前にすることはあるか?」

「すること? まぁ、ASMRを聞くことくらいかな」

「ふむ……」

 うなずくと、側近君は考え込むように口元に手をやった。それだけのことで何かわかったりするのだろうか。

「よし、いったんそれで寝てみろ」

 促され、俺は自前のイヤホンを装着する。音声を再生すると、聞きなじんだ声優のささやき声が聞こえてきた。意識がどんどんとぼやけていく。朝から寝ていないせいで、心地の良いまどろみが俺を包み込んでいった。

「──プだ」

 勢いよくイヤホンを引っこ抜かれ、俺の意識は覚醒する。せっかくもう少しで入眠できそうだったのに、何のつもりなんだ。

「今ので入眠まで約五分だ。これを本番までに一分にしてもらう」

「は?」

 おいおい、何を言っているんだこいつは。正気なのか。一分だぞ? たった六十秒だぞ? さすがに短すぎる。そりゃ年単位で意識すればできるんだろうが、三週間でそれをしろってのはあまりにも無茶な話だ。

「さすがにきつくないか? 今のでベストコンディションだぞ」

「そんなもの知らん! 減らず口をたたいてる暇があったら寝ろ!」

「鬼だ! 悪魔だ!」

「鬼でも悪魔でも結構だ! 部のために眠れ!」

 こうして側近君による強化プログラムが幕を開けた。

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