第18話 朝比奈高校睡眠部
「失礼します!」
側近君が扉を開くと、中には見慣れない制服を着た女子生徒が三人いた。いかにもお嬢様って感じの清楚な制服。たしか、隣町の女子高だったような……。自分たちの学校ではないというのに、彼女たちは優雅なお茶会を開いてる。まるでそこだけがうちの学校とは切り離された空間になっているようだった。
俺たちを視界にとらえると、上座に座っていた金髪女子がすっと立ち上がった。
「ひっさしぶりね! 弱小同好会!」
「なっ」
「久しぶりですね……ひとこと余計ではありますが」
開口一番に言うことか!? やけに気が強いというか、変人だ。睡眠部にはこういうやつが集まるってジンクスでもあるのかと疑ってしまう。側近君の流し方も手慣れたものだし、前からずっとこんな調子なのだろう。彼がまともに見えるくらいには、初見でのインパクトが強すぎる。
「やっぱり君たちだよね……」
「そうよ! あたしたちがわざわざ来てやったのよ! 光栄に思いなさい」
あ、こりゃダメだわ。部長たちが会いたくない理由がようやくわかった。仮に他の二人も彼女と同じような性格ならば、相当に疲れる。ってかぶっちゃけ面倒くさい。はっきり言えば相手したくない。
「ん? そこの男子、見ない顔ね……」
やばい、目をつけられてしまった。他校生たちの視線が俺に集中する。これが熱い視線じゃないのが惜しい。
「あなた、名前は?」
「え、桜庭風太ですけど……」
「あっそ。同好会にふさわしいパッとしない名前ね」
いちいち嫌味を言わないと気が済まないのかこいつは。ある意味側近君よりもたちが悪いぞ。だが、ここでキレたらまた面倒なことになる。それは側近君で学習したんだ。落ち着け俺、冷静に深呼吸を……。
「んで、その桜庭君は中等生かしら。やけに背が小さいようだけど」
「なんだと!?」
あーあ、やっちまった。でも先に仕掛けてきたのはこの女子だ。俺は悪くないはず。というか俺って別に小さくないよね!? 170って平均的だよね!?
「あはは、やっぱりこの学校の生徒ってバカばっきゃ!?」
「そこまで」
人を小馬鹿にし続けていた金髪女子は、ようやく制裁を受ける。勢いのありすぎるチョップを脳天に受け、彼女は席に座り込んでしまう。
「うちの馬鹿がごめんなさいね」
そう言ったのは、彼女の目の前に座っていた女子だった。あの高飛車な女子とは違い、落ち着いた物言いだ。つややかな黒髪は、思わず見とれてしまいそうになる。
「自己紹介がまだでしたよね。秋野(あきの)玲(れい)といいます。朝比奈高校睡眠部の副部長です」
「はぁ……よろしく」
秋野さんは立ち上がると、その場で軽くお辞儀をした。他の睡眠部員とは天と地の差。まさしく月とすっぽんというほどに気品あふれたたたずまい。変わり者だらけの睡眠部にも、こんな良心をもった人がいたのか。それがわかっただけでも救いかもしれない。顔を上げると、彼女は立ったままほかの部員たちに目をやった。
「さっきから騒々しかったこの馬鹿が水瀬(みなせ)しずく。不本意ながらも、うちの部長です」
「そうよ、部長よ! もっとあがめなさい」
嘘だろ。こんな馬鹿みたいなやつが部長なのか? にわかには信じられないけど、誰もツッコまないあたり本当なのだろう。
「そして、私の隣にいますのが大橋結華(おおはしゆいか)。うちのエースです」
「どうも……」
覇気のない声で、大橋と紹介された女子は答えた。アイマスクをしているため、表情がうまく読み取れない。だが、だらっとした感じがどことなく部長と似ている気もする。けれど部長より気の抜けたというか、ボーっとしているというか……。とにかく不思議な子であることには間違いない。
「それにしても」
自己紹介も終わったところで、水瀬さんが口を開く。彼女のことだ。どうせまた悪態でも吐くつもりなのだろう。できれば早く帰っていただきたいのだが。
「いつ来ても、この学校はちんけね」
「そうですかね? これが普通だと思いますけど」
「あら、そう? ごめんなさいね。庶民の感覚ってわからなくて」
妹ちゃんと水瀬さんの間にバチバチと火花が走る。妹ちゃんがここまで素っ気ない態度を見せるのも珍しいな。それだけ過去に何かをやらかしてるってことでもあるんだろうけど。
「私たちの学校もさして変わらないでしょ」
「同感……」
「そ、そんなことないわよ! 朝比奈はもっと派手で豪華でしょ!?」
思いっきり後ろから刺されてるじゃないか。どうやら向こうの睡眠部は部長以外は比較的まともらしい。俺も入るなら朝比奈の部に入りたかった。まぁ女子高だから無理なんだが!
「さてと、では本題に入りましょう」
水瀬さんの声色が変わる。さっきまでの高飛車っぷりがまるで嘘のようだ。
「単刀直入に言うわ。あたしたちはね、あなたたち同好会を潰しに来たの」
「はい!?」
おいおい、どうしてこの部はこんなことばかりなんだ。廃部を免れたばかりなんだぞ。
「三週間後の大会。朝比奈と真倉西は一回戦でぶつかるわ」
「……そうなんですか?」
「あぁ、彼女の言うとおりだ」
こんなところで組み合わせを知るとは思っていなかったぞ。さっきの宣言といい、今日は宣戦布告に来たってことか。面白いけど、笑えないなまったく。
「そこであなたたちが負ければ、同好会を解散してもらう! いいわね?」
「納得するわけないでしょう!? ねぇ?」
「そうですよ! あなたたちが勝手に言ってるだけじゃないですか!」
その言葉を待っていたとでもいうように、水瀬さんは不敵な笑みを見せる。そして、彼女はわきに置いていたカバンから一枚の紙を見せつけてきた。
「もう許可は取ってあるわ! 見なさい!」
デカデカと『同意書』と書かれた紙には、確かに俺たちの同好会を廃部にする旨が記されていた。ご丁寧に、校長のハンコ付きである。俺たちの知らないところで、こんな話が進んでいたとでもいうのか。それこそ馬鹿らしい。
「横暴だー!」
「そーだそーだ!」
「うるさいわね! もう決まっていることなのよ! 話は終わり!」
自分から火種を持ってきたくせに、水瀬さんは早々に帰り支度を始めた。秋野さんたちも特に言及する様子はない。冗談めかすこともないし、ただ俺たちを煽るために作ったというわけではなさそうだ。
「ほら、帰りますよー」
「ん……」
ボーっと座っていた大橋さんの肩を、秋野さんが左右にゆする。さっきまで会話をしていたんだから、起きているだろうに……。
「あ、おはよう……」
だがしかし、そんなことはなかったようだ。軽く伸びをすると、大橋さんはアイマスクを外す。トロンとした眼は、いかにも寝起きであるということを俺たちに示していた。
「ま、まさか寝ていたんですか?」
「え、あぁうん。そうだけど……」
俺の質問に、さも当たり前であるといった具合で返事する大橋さん。なんというか、変わり者の多い睡眠部の中でも、一番の変わり種なんじゃないだろうか。睡眠に才能があるなんて表現が似合う人物に初めて出会った。
「実力だけはさすがですね……」
「あぁ、言動には難があるがこいつら、一睡の隙もない……」
クソ、普段ならツッコむんだろうが、本当にその通りだから何も言えない。悔しいが、側近君の言うとおりだ。眠りながら会話が成立するなんて、日本全国探しても彼女しかできないんじゃないだろうか。
「それじゃ皆さん、大会でお会いしましょう」
おーほっほ、と死ぬほどわざとらしく水瀬さんは部屋を出て行った。軽く会釈をすると、ほかの二人も後に続いて退室していく。あとに残された俺たちは、疲労と驚きでその場に立ち尽くすことしかできなかった。
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