第18話 さらに深く

 さらに五日ったころ、ようやく魔力変動が収まった。

 俺のヒゲにも異常なし。いよいよ、本格的に二層に出る事にした。

「おう、マスター。世話になったな」

 俺はパーティを代表して、マスターに挨拶した。

「気を付けてな。顧客が減るのは、悲しいからな」

 マスターが笑みを浮かべた。

 皆でバーを出ると、俺は感覚が鈍るので、普段はあえて使わない探査魔法を使った。

 俺の前の虚空に窓が開き、周辺の様子が表示され、俺はそれに写された結果を見つめた。

「…よし、迷宮の構造は変わっていない。パーレットもそう思うだろ?」

 俺はこんな機会でないと意見を聞けない、マッピングの女王ことパーレットに意見を求めた。

「まだ歩いてみないと分からないな。直感では変わりなしなんだけど」

 パーレットがクリップボードに挟んである紙を、ペラペラ捲った。

「ここはお前の直感を信じよう。まあ、長引いた魔力変動だったが、魔法が正常に使えるし、油断しなければ平気だろう。進もう」

 俺は笑みを浮かべ、ゆっくりと通路を歩きはじめた。

 整然と伸びる二層の壁や天井はうっすらと光り、これは魔力変動が起きた副作用の一つだった。

「また、立派になったな。まぁ、この程度は構造変化には入らん」

 俺は笑みを浮かべ、あえてミントとカイル、ウレリックを先頭にして歩みを進めた。

「よし、私もサビ落としにちょうどいい。先頭を歩こう」

 最後尾にいたアリスが先方にいき、後方の警戒は俺とパーレットになった。

「アリスが指導してくれるから平気だと思うが、罠に気を付けろよ」

 俺は先行して進む四人に注意を入れた。

「はい、分かりました。今のところ、問題はありません」

 ミントが声を上げた。

「よし、いいぞ。まずは、お試しコースだな。アリスは知ってるだろう?」

「ああ、もちろん知っている。そう険しい道のりではないが、魔物は出現するし罠はあるだろうな」

 アリスが小さく笑った。

「まあ、二層では穏やかなコースだな。それと、これは失格だ。百メートル先に魔物がいる」

 俺は笑い、小さな結界の盾を展開した。

 数舜後、その盾に火球がぶち当たって弾け、最先頭より少し下がっていたバイオレットとサーシャが、巨大な火球を撃ち出し、爆音を轟かせた。

「おい、パーレット。二人になにを教えたんだ。いきなりこれでは、いつか痛い目に遭うぞ」

 俺は笑った。

「大は小を兼ねるってね。いいでしょ?」

 パーレットが笑った。

「あのな…。もう一回見習いに戻るか。今回は俺の」

 俺は苦笑した。

「こら、勝手に誘うな。さて、楽しもう!」

 パーレットが笑った。


 通路の行く先で、焼け焦げて粉々になった魔物の死骸を乗り越えて、俺たちは二層を進んでいった。

 一層より罠は少ないが、より複雑で巧妙になっている。

 罠を使って悪さする輩は、この二層ではごく少ない。

 ここまできて、商売するのは命がけなので、リスクを考えたらそこまでタフな奴らなら、真っ当な冒険者なった方がいい。

「一応いっておくが、この階層には生きている罠が多い。気を付けろ」

 俺は前方をいく三人に声をかけた。アリスは問題ない。

「はい、分かりました」

 ミントが笑った。

「おいおい、笑い事じゃないぞ。ここは二層のピクニックルートだが、それでも魔物は出るし解除されていない罠がある」

 アリスがツッコミを入れた。

「はい、ごめんなさい。笑っていないと、怖くて…」

 ミントが苦笑した。

「今の緊張感でいい。抜かるなよ」

 アリスが笑みを浮かべた。

 俺たちはゆっくり通路を進み、適度なところで壁の窪みを使って、小休止する事にした。

「よし、気分を和らげろ。慣れていないうちは、神経を張り詰めすぎて、いい事がないからな」

 俺は笑みを浮かべた。

「はい、実はもう帰りたいくらい疲れました。一層の比ではありません」

 ミントが苦笑した。

「まあ、今は休め。深呼吸でもして、しっかりな。そうでないと、この先が辛くなるぞ」

 俺は笑った。

「よし、簡単なメシを作ろうか。これでも、結構自信があるぞ。お前はこれな」

 アリスが空間ポケットを開き、中から猫缶と様々な食材を取りだした。

「うむ、黒印だな。普段はこれが一番だ」

 俺は笑みを浮かべた。

「あっ、私が開けます」

 ミントが一息入れてから、アリスから猫缶を受け取り、プルトップを開けて俺の前においた。

「おっ、すまないな」

「いえ、これは弟子の役割です」

 ミントが笑った。


しばしの休憩を終えた俺たちは、再び二層の奥に向かって進んでいった。

 二層のピクニックコースというだけに人通りがそれなりに多く、今のところ死んでいる罠ばかりで、魔物もなりを潜めていた。

「シュナイザーさん。今のところなにもないけど、かえって不気味だよ」

 先頭をいくカイルが力を込めた声で、呟くように声を出した。

「そうじゃな。ワシもあちこち迷宮に潜ったが、ここはなかなか肌がヒリつくぞ」

 ウレリックが小さく漏らした。

「それが、この迷宮だ。なにがあるか分からないから冒険者たちが集まり、結果として村まで出来てしまった。全く、物好きだな」

 俺は笑った。

「そりゃそうだよ。私も今は店に入ってガイドなんかやってるけど、気持ちは冒険者だもん」

 パーレットが笑った。

「俺はメシをもらいにビルヘルム堂にいったら、なにを血迷ったかオヤジが強引に迷宮ガイドにしやがった。刺激があるから嫌ではないが、冒険者というものはロマンチストだなという程度の感想しかない。元々、居場所を探してフラフラしていただけで、冒険に興味はなかったからな」

 俺は小さく笑った。

 そのまま進んでいくと、ふとミントたちが足を止めた。

「うむ、どうした?」

 俺たちも足を止めると、サーシャとバイオレットもミントたちと並んで、そっと構えた。

「…魔物です。三体ですね。この体臭はゴブリンに似ています」

 ミントがサブマシンガンを構え、カイルは剣を構え、ウレリックがさっそく呪文の詠唱をはじめた。

「よし、気が付いたか。これはオークだな。大鬼ともいうな。身長が高い上に筋力も強いが、脳筋で魔法耐性もほとんどないから、攻撃魔法で…」

 俺が指示し終わる前にカイルの剣が光を帯び、二振り合わせて強烈な光を放った。

 しばらくすると、うめき声が聞こえて、重たいものが倒れる音が聞こえた。

「…すげっ」

 カイルが短く声を漏らした。

「俺も知らなかったが、さすが伝説級の剣だな。一定以上の魔物にはこの攻撃。なにもしなくても敵を倒すか」

 俺は小さく笑った。


 ミントを先頭にさらに迷宮の奥に進んでいくと、微かな機械音と風切り音と共にミントが小さな悲鳴を上げて倒れた。

「罠だ。ミントの様子を確認しろ」

 俺が叫ぶ前にカイルとウレリックが、床に倒れたミントの様子を確認していた。

「うむ、太ももに深く突き刺さっておるな。ミント、これから回復魔法を使うが、毒矢の可能性も考えて解毒もしておこう。少し痛むぞ」

 ウレリックが呪文を唱え、ミントの体を柔らかな光が覆い、小さな声を上げてからミントが立ちあがった。

「罠にかかってしまいました。反省です」

 ミントが苦笑した。

「まあ、気を付けろ。今回は単純だったが、後方をいく俺とパーレットはすぐ動けないからな」

 俺は笑みを浮かべた。

「はい、分かりました。体調に異常はないので、このままいきましょう」

 ミントが苦笑した。

「無理するなよ。よし、進もうか」

 俺は笑みを浮かべ、全員でゆっくり通路を歩きはじめた。

 特に問題もないまま通路を進み、さらに三つほどの罠を黙らせた。

「うん、こういう時こそ警戒なんだ。大体、何かが起こる前触れだからな」

 俺は小さく笑った。

「なあ、パーレットとアリスに聞くが、この先にとんでもない魔力の反応を感じないか?」

 俺が問いかけると、パーレットもアリスも頷いた。

「確かになにかいるね。サーシャとバイオレット、感じてる?」

 真顔のパーレットに、二人が頷いた。

「よし、合格。さて、なにがいるのやら。さすがにこれだけ魔力がデカいと、慣れていないミントたちも感じているよな?」

 俺はミントたちに声をかけた。

「はい、間違いなく何かがいますね。魔力感知が苦手なカイルでも、剣を構えて戦闘態勢を取ったほどなので」

 ミントが緊張した声を上げた。

「なるほど…。ワシも手合わせするのが三回目じゃが、簡単ではないぞ」

 ウレリックが舌なめずりした。

「ウレリック、やる気満々のようだが自重しろよ」

 俺は苦笑した。

 その時、カイルの剣が先ほどより強烈な光を吐き出した。

 しばらく経って、腹を揺さぶれるような悲鳴が聞こえ、俺は瞬時に結界を張った。

 さらにサーシャが防御魔法を追加で展開し、アリスが空間ポケットを開いてカールグスタフという名の無反動砲を取りだし、砲弾を一発取りだして装填してから肩に構え、パーレットと俺は後方待機、ミントとカイルは最前列に立った。

「ミント、拳銃やサブマシンガンは効かない。せめて、ライフルが欲しい。どうだ?」

 俺が問いかけると、ミントは頷いた。

「はい、滅多に使いませんが、きちんと整備しています。M60機関銃ですが、これでダメなら、武器屋に寄った時におつとめ品価格で売っていたので、適当に買ったパンツァーファスト3がありますよ」

 ミントが機関銃の準備をしながら、小さく呟いた。

「いや、それは非常事態の切り札として置いておけ。まずは、機関銃で弾幕をはるんだ。効かないだろうが、鬱陶しいことこの上ないだろうからな」

俺は笑った。

 こんな事をやり取りしていると、結界に通路の向こう側から飛んできた青白い光の濁流がぶち当たってはじけ飛んだ。

「これは…アイスドラゴンだな。最強種のレッドドラゴンよりマシだが、ドラゴンはドラゴンだ」

 俺は明かりの意味をかねて火球を打ち返して、その行き先を見つめた。

 すると、しばらく経ってから爆音が聞こえ、応射でまた青白い光が結界を打ち叩いた。

「ミント、威嚇射撃開始だ。この距離では、無駄に攻撃魔法を打ち続けるだけだ」

 俺が指示を出すとミントが頷き、派手な射撃を開始した。

「俺も大丈夫だ。もう一発いくよ」

 カイルの剣がまたもや激しく光り、真っ白な帯が奥に向けて進んでいき、また派手な悲鳴が聞こえた。

「これ、凄いね」

 カイルが笑みを浮かべた。

「あくまで聞いた話だが、そのマクガイバーとエアウルフは、流れのドラゴンに村ごと焼き払われ、妻と子供を失った剣聖と呼ばれたピーターが、二度とこのような事が起きないようにと、対ドラゴン用に打った剣なんだ。どうやら、噂通りのようだな」

 俺は小さく笑った。

「そうなんだ。じゃあ、これだけで押し通れるかな」

 カイルが笑った。

「おいおい、油断するなよ。相手はドラゴンだ。そんなに甘くはないぞ」

 俺は苦笑した。

「そっか、残念だね。でも、これ連射出来なみたいだ。刀身が赤くならないと撃てないよ」

 カイルが苦笑した。

「まあ、強力な武器ほど制約は大きいからな。よし、この状態でゆっくり前進するぞ」

 俺の指示でこの隊形のまま進んでいくと、ちょっとした広間の中央に青白く光るドラゴンが鎮座していた。

「出たぞ。カイルの剣でそこそこ弱っているようだが、まだ体力を残している。俺はあえてなにもしない。本当にヤバかくなったら加勢するがな。パーレットもそうだろ?」

 俺は笑みを浮かべた。

「もちろんそうだよ。でも、この階層にはドラゴンなんていなかったのに、出現する魔物が変化したのかもしれない。さて、弟子の戦闘を見守るか!」

 パーレットが笑った。


 アイスドラゴンは、俺が知る限りこの迷宮にしかいない、非常に珍しい魔物だ。

 ドラゴンらしく固い竜鱗に覆われ、殴る蹴るの物理的な攻撃にも、魔法に抗する力も強い、初心者が出くわしたら逃げるしかないような存在である。

 パーレットの弟子として、 この迷宮のベテランの域に達しているサーシャやバイオレットはある程度は平気だと思えるが、ミントたちはまだ経験が浅いので、正直守る事で精一杯になるかもしれないだろう。アリスに至っては、俺が守られたいくらいだ。

 俺はそれに備えて、いつでも攻撃魔法を放つ心構えをした。

「さてと、いけぇ!」

 パーレットの声と共に、即座にサーシャとバイオレットが隊形を整え、ミントとカイル、ウレリックが並び、ミントが機関銃を乱射してアイスドラゴンの気を逸らし続けている様子で力を溜める暇はないと見越したようで、カイルがドラゴンに向かって突進していき、ウレリックとサーシャの攻撃魔法が…相互干渉して消えた。

「こら、なにするの!」

 サーシャが怒鳴った。

「すまんのう。よし、お前さん。合成魔法いくか?」

 ウレリックがニヤっと笑みを浮かべた。

 サーシャが一瞬びっくりしたような顔をしたが、すぐに笑みを浮かべた。

「いいねぇ。それじゃ、私が先に撃って爺様は0.2秒後に撃つ。属性は闇ね!」

 戦闘中としては間抜けな会話だが、これもカイルとミントがドラゴンの注意を引っ張ってるからだ。

「…なかなかいい動きだな」

 俺は笑みを浮かべた。

「全く、すっかり仲良くなっちゃって。まあ、私としては楽だけど!」

 パーレットが笑った。

 ちなみに、光属性とは四大精霊とは違う存在だ。

 反対に闇属性があるが、これもどこに在るのか分からない謎の精霊だ。

「よし、いくよ!」

 サーシャが呪文を唱え、ウレリックもまた同時に呪文を唱えはじめた。

「光の力、顕現せよ!」

「闇の力よ」

 サーシャが放った目映い光が無数の矢になって飛び出し、ウレリックが放った黒い光がそれに吸収されるように消え、なんともいえない色になったそれは、ドラゴンの体に突き刺さって無数の爆発が起きた。

 これは効いたようでドラゴンの体がぐらつき、そこに武器を剣に持ち替えたミントと共にその胴体に深い傷を残した。

「凄い、ドラゴンの鱗を切り裂いた」

 カイルが距離を取りながら飛び退いてさらなる突撃を繰り返し、ドラゴンといえばこれという強烈なブレスを吐く暇を与えずに、快調に戦闘を進めていった。

「なかなかやるな。サーシャとバイオレットの存在もあるだろうが、ミントたちもそれなりに戦えている。ずっと冒険者をやっていたようだが、全くの素人ではないな」

 俺はそっと息を吐いた。

「そうだね。ドラゴンなんて滅多に遭う事なんかないけど、どこかで戦った経験があるかもね」

 パーレットが頷いた。

 戦況は圧倒的にこちらに優勢で、俺も少し肩の力を抜いた。

「どうやら、手助けは無用のようだな」

 俺は小さく笑った。


 ミントたちの集中攻撃で、さすがにドラゴンも目に見えて衰えていき、最後に放った氷のブレスはバイオレットの強固な結界に憚られ、攻撃らしい攻撃も許されずに、アイスドラゴンは床に倒れた。

「はぁ、終わりました」

 こちらに戻ってきたミントが、ドラゴンの血液を頭から被った状態で笑みを浮かべた。

「お疲れだな。よくこれだけ見事に戦えたな」

 俺は笑みを浮かべた。

「カイルもウレリックもお疲れさまだな。ドラゴンに対して、これだけ動けるなら安心だ」

 俺が笑みを浮かべると、カイルが剣を鞘に収めた。

「いやいや、これほど大きな魔物と戦ったのは初めてだよ。ミントと共闘でやっとだ」

 カイルが笑った。

「うむ、久々に骨が折れたの。魔力が限界だ」

 ウレリックが笑った。

「さて、またパーレットがサーシャとに訓示を垂れているな。おい、いい加減許してやれ」

 俺がパーレットに声をかけると、コイツはべーと舌を出した。

「ったく…。そういえば、アリスはなにをやっていたんだ?」

 俺は少し離れた場所で、たばこを吸っていた彼女に問いかけた。

「うん、バックアップのつもりでいたんだが、どうやら出る幕はなかったな。いい事だ」

 アリスが笑った。

「そうか。よし、全員疲れただろう。ドラゴンの血は万能薬といってな、こいつを飲めば傷や疲れなどが一気に回復する。そのまま飲んでもいいが、気持ち悪いだろう。パーレットから聞いたが、バイオレットは魔法薬の生成について、かなりの腕があるという。少し作ってくれないか。今後の事を考えて、できるだけ多めでな。あとの指示は、パーレットに任せよう」

 俺が笑みを浮かべると、パーレットは訓示を垂れるのをやめ、バイオレットとサーシャが動き出した。

「三人とも、手伝える事があったら手伝ってくれ。あの巨体では、なかなか人手が要りそうだからな」

 俺の指示に、三人とも頷いてドラゴンの死体に向かっていった。

「どうやら、今日はここで大休止のようだな。どう考えても、数時間では済まないからな」

 俺は小さく笑ったのだった。

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