第17話 猫の武器屋

 ミントの腕時計で確認したが、コボルト酒場に泊まる事およそ五日。

 最初はどこか緊張の色が見えていた俺以外のメンツも、だいぶここに馴染んだ様子で、今やすっかりリラックスしているようだった。

「まあ、いいことだが、ここが二層だという事を忘れていないだろうな」

 俺は猫缶の中身を食ってから、そっと苦笑した。

「おう、猫。仲間内だけでズルいぞ。いい加減、私たちにも特製武器を作れ!」

 パーレットがここに滞在している間に、やたらしつこくリクエストしてくるのがこれだった。

 カイル伝説級の剣を渡し、ミントの剣を強化した事が心底うらやましかったようだが、まあ、気持ちは分かった。

「あのな、お前の短刀はミスリル製の上に、なにか魔法が封じ込めてある。こんなの弄れないな。危ない」

 俺は苦笑した。

「あっそ、ケチくさい事いってないで。やれ!」

 パーレットが笑った。

「だから…。まあ、いい。お前には作ってやらんが、弟子二人にはそれなりの武器を作ってやる。魔法で対処出来ない場合、そんなさび付いた拳銃じゃ心許ないだろう。さて、そんなボロい拳銃など捨ててしまえ。代わりにロングソードを作ろう」

 俺が笑みを浮かべると、一瞬顔を見合わせた二人だったが、素直に銃の鞘に当たるホルスタごと外して床に置いた。

「よし、いいだろう。さて、どうしたものか…」

 この段階で、俺はもう材質を決めていた。

 伝説の剣といえばこれ。産出量が極めて少ない、オリハルコンという知ったらぶったまげる事請け合いの高価なものだ。

 これは、俺からのガイドデビューの祝いのつもりだった。

「うむ、とりあえず作ってみよう。一からやるのは久しぶりだな。ミント、助手を頼む」

 俺は笑って、ミントを呼んだ。

「はい、分かりました。どうすればいいですか?」

 側にきたミントに、俺はサーシャとバイオレットを手招きして呼び寄せた。

「まずは採寸だな。あとは、バランス調整だ。ミント、ここに入っている木剣のような物を引き出してくれ」

 俺は空間ポケットを開き、自分で可能な限り引き出すと、すかさずミントがそれを引き抜いた。

 形は木剣だが、違うところは刀身の側面に細かく数字が刻まれ、蝶ねじで留められる伸縮自在のところだった。

「よし、適切な長さを測ろう。まずはサーシャだな。ちょっとこれを持って立ってくれ切っ先を下にして、直立不動で。なに、すぐに終わる」

 サーシャが頷いてその剣を手に取ると、すでにやる事を察していたようで、ミントがすかさず木剣をスライドさせて、切っ先を床まで伸ばした。

「ミント、そこから十センチ床から引き上げてくれ」

 俺の指示に頷いて、ミントが木剣の切っ先を上げた。

「よし、これでいい。次はバイオレットだな」

 俺はバイオレットも同じように剣の長さを計った。

「よし、これで長さは決まった。カイル、ちょっときてくれ」

 俺は床に座って剣の手入れをしていたカイルを呼んだ。

「シュナイザーさん、剣でも作るのかい?」

 カイルが笑ってやってきた。

「ああ、そうだ。採寸は終わっている。この二人に、見習い終了のささやかな贈り物でもしようと思ってな」

 俺は笑った。

「そういう事か。いいよ、手伝うよ」

 カイルが笑みを浮かべ、俺たちの輪に加わった。

「よし、もう採寸は終わっているんだね」

 カイルが紙に書き付けた二人のサイズをみた。

「ああ、ただここからが問題なんだ。バランスばかりは好みがあるだろう」

 俺は苦笑した。

「そうだね。これは、実際に振ってみないと分からないな。シュナイザーさん、実剣を作っても調整できる?」

 カイルが笑みを浮かべた。

「ああ、打つわけではないからな。創成魔法の一種だ。固定するまでは思ったように出来る」

 創成魔法とは、元々なかったところから新たな物を作りだす魔法だ。

 そういう意味では錬金術に近いが、実際その境は曖昧で、魔法でやっても錬金術も同じという感じだ。

「分かった。まずは作ってくれ」

 カイルの言葉に頷いて、俺はまたミントに頼んで、人間が抱えられるサイズの大きな箱を用意した。

「これはなんですか。かなり重かったですが」

 ミントが苦笑。

「思えば、カイルに頼むべきだったな。これには、数ある金属塊が入っている。滅多に使わないが、こういう状況に備えてな。今回は三段目の引き出しにある、金属塊を取りだしてくれ」

 俺が指示を出すとカイルが指定した引き出しを開け、中に入れてあった小石サイズの金属塊を取り出した。

「シュナイザーさんの事だから、なにか特別な事をしているでしょ。こんな少量ではなにもできないので」

 カイルが笑った。

「もちろんだ。そうしないと、引き出しに入らないからな。数千分の一に圧縮してある。溶かすぞ」

俺はカイルが床に置いた金属塊に手をかざし、呪文を唱えた。

すると、小石サイズの金属塊がたちまち大きくなり、インゴット状の金属が積み上がった。

「うん、これは…」

 さすがに分かるらしく、カイルが絶句した。

「あれ、どうしました?」

 その様子を見て、ミントがカイルに問いかけた。

「あ、ああ、なんでもない。いきなりこうなったら、驚いただけだよ」

 我に返ったカイルが、首を横に振った。

「そうですか。分かりました」

 ミントが笑みを浮かべた。

「よ、よし、シュナイザーさん。まずは一般的なロングソードを作るけれど、大丈夫かい?」

 カイルが真面目な表情で問いかけてきたので、俺は頷いて呪文を唱えた。

 インゴットの正体は、先ほど述べた通りオリハルコン。これだけあれば、遊んで暮らせるような値段が付くが、俺はあえてそうしていない。鈍ってしまうからだ。

「よし、ロングソードだな」

 書き付けをみて寸法を合わせ、俺が強くイメージすると、特になにもなかったかのように、床に二振りの剣が現れた。

「さすがだね。普通は加工が大変な金属だから、大騒ぎなんだけど」

 カイルが小さく笑った。

「さて、ここからが細かいよ。お二人さん、これから好みのバランスにするから、実際に振って合わせよう」

 カイルが笑みを浮かべた。


「凄い。これ、いいの?」

「はい、これを頂いてもよろしいのですか」

 出来たばかりのオリハルコン製ロングソードを腰に提げたサーシャとバイオレットが、戸惑った様子で問いかけてきた。

「ああ、構わん。猫の気まぐれだ」

 俺は笑った。

 すると、カウンターで指を咥えてこちらをみていたパーレットが、ロングソードを手にして喜んでいるサーシャとバイオレットを押しのけるようにして、俺に近づいてきた。

「おう、猫。私にもなんか作れ!」

 パーレットは笑みを浮かべた。

「おいおい、お前はもう立派な短剣を持っているだろう。今さら、ロングソードはいらないだろう」

 俺は苦笑した。

「確かにそれはいらん。なんかあるだろ!」

 パーレットが笑った。

「そうだな…。武器はもう持っているし、そもそも、お前のスタイルは戦闘は二の次だ。今さらなにが欲しいのだ」

 俺は笑みを浮かべた。

「そうだねぇ…。この革鎧がそろそろ限界なんだよ。交換したいな」

 パーレットが笑った。

「分かった。二つ作っても手間は同じだ。アリスもいるか?」

 俺は床に座って銃の手入れをしていたアリスに声をかけた。

「うん、私はボディアーマを着込んでいるから問題ない。それより、ウレリックに作ってやれ。我関せずで、チビチビ酒を飲んでいるぞ」

 アリスが笑った。


 半ば暇つぶしではじめた武器防具制作だが、思いのほか好評でオリハルコン武器防具で完全装備になった。

 アリスですら、ボディアーマーの中に仕込む防弾プレートをオリハルコン製にしてしまったくらいで、遠慮していたサーシャとバイオレットの鎧も作った。

「よし、こんなものだな。少しは軽くなっただろう」

 俺はミントに手伝ってもらい、オリハルコンのインゴットを豆程度の大きさに縮小して、箱の引き出しにしまって、空間ポケットに放り込んでもらった。

「さてと、問題は迷宮だ。まだ魔力変動どころか、嵐まで起きているな。こんな時は出歩くべきではない。どんな魔物が出るか分からないし、魔法が正常に発動しない可能性が高いな」

 実際、俺は探査魔法で周囲を探ってみようと思ったが、全く役に立たなかった。

「まあ、ここまで酷いとね。今はじっと待つしかないよ」

 パーレットが笑った。

「そうだな。ここまで酷い魔力変動は久々だが、こういう時は動かない事だ」

 アリスが酒を飲みながら笑った。

「まあ、そうだな。ミント、カイル、ウレリック、こういう時は無理しないでやり過ごす準備をしろ。テントの中で十分だ。前兆に目眩のようなものを感じるはずだから、それを感じたらそれ以上は進まなくていい」

 俺は暇そうにそれぞれの寝床で、なにかの作業や読書をしながら過ごしている三人に声をかけた。

「はい、分かりました」

 ミントが笑みを浮かべ、カイルとウレリックが右手の親指を立てて答えてきた。

「肝に銘じておけよ。さて、猫らしく寝るか」

 俺は適当な場所を見つけ、床に寝転がって目を閉じた。


 魔力変動とは、迷宮内の魔力がめちゃくちゃに暴走する現象だ。

 時間が経てば元に戻るので、まずはこれをどうやり過ごすかだ。

 大体はテントに引きこもってこれをやり過ごすのだが、テントを守る結界が正常に働くかどうかは運次第なので、俺も経験しているが生きた心地がしなかった。

「さて、長くてもあと五日もあれば収まるか。なかなか長かったな」

 俺は苦笑した。

「そうだな。まあ、俺は酒代で儲けさせてもらっているからな。いつまででも構わんぞ」 マスターが笑った。

「まあ、色々と助かっているが、いつまでも滞在している訳にはいかん。この魔力変動が収まったら、すぐに出発する。全く、近くにこのバーがあって助かった」

 俺は笑みを浮かべた。

「まあ、急ぐ旅ではあるまい。ゆっくり休んでいけ」

 マスターが笑ったのだった。

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