さむい日

ろくなみの

さむい日

 とてもさむい夜でした。そしてさみしい夜でした。

「おそい」

アパートのリビングで一人、女の子はつぶやきます。時計はもう夜の八時を回っていました。

いつもならお母さんは帰ってくるころのはずですが、どうしたのでしょう。

テレビから流れるトムとジェリーの追いかけっこは、いつもならネズミのジェリーをおうえんしながらもり上がるところなのですが。そのにぎやかさが、いつもとちがって心から楽しめず、耳のおくが、むずむずしました。

今日はお母さんといっしょに、おなべを食べようと、やくそくをしていました。それだけではありません。いつもおしごとを、がんばっているお母さんに、お月さまの絵をプレゼントするつもりでした。学校の休み時間やら算数の時間やらを活用しつつ、完成させたその絵を見せたくて仕方がなかったのですが、その思いは叶わず、色えんぴつで黄色くぬられたお月さまのキラキラが、心なしか色あせて見えました。

さいこうの夜になるはずでしたが

さいあくの夜になった気分です。

気分をかえようと、クラスメイトのコウスケくんからもらった、小さなふくろを開けようとした時です。

パチンッ。と音と共に、部屋中の電気が消えてしまったのです。

「……さむい」

 おそらく、ていでんしたのでしょう。ただでさえさみしい夜が、さむさと、暗さで、余計に心細くさせます。少しでも気をゆるませると、目からぼろぼろと、なみだがこぼれてしまいそうです。コウスケくんのふうとうの中身なんかどうでもよくなるくらい、不安な気持ちでいっぱいになりました。

 ぐー。 

次になったのはおなかの音でした。

「……おなかへった」

 お母さんとのなべパーティーを楽しみに、給食もほんのすこししか食べなかったため、女の子のおなかは、ぺこぺこでした。

一人でも何か食べてやろう。

けれどもまっくらの中、とだなのおかしを食べても、おなかはふくらみますが、何も楽しくありません。

 女の子は自分のおなかにたずねます。何が食べたいのかと。答えは一つでした。

「おなべたべよう」 

 けれども、おなべを食べるにしても、いろいろと問題が山づみです。

 まっくらの中、れいぞうこを開け、いろんなどうぐを取り出し、ぐざいを入れるのは、しなんのわざと、いえるでしょう。

 うーんうーんと女の子は悩みます。

その時です。

まっくらの中、まどのそとを見ると、じんわりとやさしい光が、部屋にふりそそぎました。

なんと、夜空にはまんまるでぴかぴかのお月さまが浮かんでいたのです。その月明かりがふわりと、まっくらなお部屋を、てらしてくれました。

「ありがとう」

こんなこともあろうかと、女の子は、しゅみのお絵かきの時、いつも空にお月さまをうかべていたのです。持つべきものは、いいお月さまのおともだちです。

月明かりのてらす先のれいぞうこに向かって、ぺたぺたと、はだしで歩きます。れいぞうこを開くと、明かりがともって中が見られることをきたいしていました。

 けれども、ていでんしている、ということは、れいぞうこの明かりも、つかないということです。

 さすがに月明かりだけでは、れいぞうこの中は見られません。まるで真っ暗などうくつのようでした。

 つぎの問題にぶちあたり、うーんうーんと女の子はなやみます。

 その時です。

「にゅあーん」

 そのかわった声には、聞き覚えがあります。近くのノラネコの中で、もっとも目が光るといわれている、クロネコのヒカリンでした。

 ヒカリンはすき間のあいたまどからとうじょうし、女の子をそのピカピカの目で、じっと見つめてきます。

「ありがとう」

 こんなこともあろうかと、女の子はきんじょ中のノラネコにあまりものの、かつおぶしをあげていたのです。ネコの手もかりたいというより、ネコの目もかりたいじょうきょうだったので、持つべきものは良きノラネコです。

 ヒカリンをだっこすることで、ぶじに、れいぞうこの中を見ることができました。中にはネギにキャベツ。おとうふにタラ。それだけではありません。女の子の大好きな、しめじが二かぶもありました。

 女の子は作る前からぐつぐつと音を立てているおなべの中でおどっているやさいたちを思いうかべます。思わずよだれがたれてしまいそうになりました。

 しかし、おおきなな問題がまだありました。女の子はヒカリンをだっこしているため、りょうほうの手がふさがっています。これじゃあれいぞうこの食べものがとれません。そ

 うーんうーんと女の子はなやみます。

 その時です。

 どしん、どしんと何かの音が、てんじょうからひびき始めました。

 この音は、上のへやに住む、おすもうさんのせきさんが、どすこいどすこいと、しこをふむ、れんしゅうを始めたのです。

 おかげでれいぞうこから、食べものがごとんごとんとおちていきます。とだなの上にあったふくろのラーメンまでもが手に入りました。

「ありがとう」

 こんなこともあろうかと、せきさんが、おすもうさんをやめてしまおうかとかんがえているときに、女の子は

「せきさんならきっと、せかいいちの、おすもうさんになれるよ」とはげましていたのです。持つべきものはおすもうさんのごきんじょさんです。

 ゆかの上にちらばった食べものを、ヒカリンの目の光でひたすらあつめます。さて、ほうちょうで食べものを切ろう。いつもお母さんといっしょに、ほうちょうのれんしゅうをしていたので、ヒカリンの光さえあれば向かうところてきなし。そう思っていました。

 しかし、てきは近くにいたのです。

 タラの切りみを見たその時、ヒカリンの目の色がかわりました。魚はネコの大こうぶつ。いつもは人からもらうキャットフードやかつおぶしばかりですが、タラの切りみとなれば、さいこうのごちそうになります。

 このままでは、タラはおなべのぐざいになる前に、ヒカリンのおなかの中に行ってしまいます。

うーんうーんと女の子はなやみます。

その時です。

チョロッと何かのけはいがしました。

それは、ネズミのチュンちゃんです。

チュンちゃんの目にもとまらぬうごきを、ヒカリンは見のがしません。もうダッシュでチュンちゃんをおいかけ、タラのことなんてすっかりわすれてくれました。

「ありがとう」

 こんなこともあろうかと、テレビでトムとジェリーをみるときは、いつもジェリーおうえんしていたのです。そのかいあってか、おうちの中にいるネズミたちは、すべて女の子のお友だちです。もつべきものはよきネズミたちです。

 ラッキーなことに、月の光はいつもより明るいため、まないたもほうちょうもしっかりと見えました。

 でんげんの切れたコタツの上に、女の子はおなべとまな板、ほうちょうに、おはしとコップもじゅんびばんたんです。

 トントントントンとほうちょうの音がしずかなへやに、ここちよくひびきます。まるで気分はおんがくかです。月明かりにてらされたやさいたちが、ほうちょうの音といっしょに、おどっているように見えました。おかあさんといっしょにするりょうりも、楽しかったのですが、一人でやるりょうり、もなかなかわるくないと、女の子は思いました。

 おなべのスープは何がいいか。女の子は考えます。みりんにしょうゆを入れる、よせなべもいいですが、とうにゅうなべも、まるでリッチなおひめさまのような気分にさせてくれます。ここはとうにゅうで決まりだと、頭の中のかいぎでこたえは出ました。

 しかし、またもんだいが発生しました。

 女の子の食べたいとうにゅうなべのモトがないのです。それもそのはず。いつもお母さんとするおなべは、しょうゆベースのよせなべばかり。なべのモトのような、ふくろがなかったのです。

 こんな夜おそくに、一人でスーパーに行くゆうきも、そもそもお金もありません。

 うーんうーんと女の子はなやみます。

 その時です。

 ピンポーンとインターホンがなりました。月明かりの中、女の子はげんかんの方へ向かいます。そこにいたのはたっきゅうびんやさんでした。

ダンボールの中には、たくさんのとうにゅうのパックののみものと、とうにゅうなべのモトも入っていました。

どうして? そう思った女の子ですが、ダンボールの送りぬしを見ると、おかあさんが毎日、びようのためとのんでいる、とうにゅうのかいしゃからでした。

 女の子は思い出します。

 こんなこともあろうかと、おかあさんがびようのためとのんでいた、とうにゅうのパックについていた、ちゅうせんけんをあつめ、近くのポストに入れていたことを。おかげさまでちゅうせんにあたった女の子のいえに、とうにゅうグッズのつめ合わせがやってきたのです。

 もつべきものは、びよういしきの高いおかあさんとクジうんの良さです。

「ありがとう」

「サインだけおねがいね」

 たっきゅうびんやさんのでんぴょうにサインをし、とうにゅうなべのモトを手に入れた女の子は、おなべの中へスープを入れようとした時です。

 ふくろがかたく、女の子の小さなゆびさきの力じゃ、ひらきません。目の前にあるのに、もうおなべは食べられないのか。あきらめてしょうゆベースのやつにするべきなのか。そんな夜をすごしてしまえば、女の子はいっしょう、こうかいする。そう思いました。

 うーんうーんと女の子はなやみます。

 その時です。

 女の子の口の中から、なにかがにょきっとはえてくるかんかくがしました。

 女の子は思い出します。

 ちょうど二しゅうかん前、こどもの『は』が上と下がいっしょに二本もぬけたことを。

 ちが出てしまい、とまどう女の子におかあさんは、「いつかちゃんと生えてくるから安心しなさい」と言ってくれていました。

 そのいつかが、今日来たのです。

「ありがとう」

 まだ帰ってきていないおかあさんに女の子はそう言いました。持つべきものは大人の『は』が生えるけんこうな体です。

 けんこうてきな『は』がはえた女の子は、おなべのスープのふくろをかみちぎり、ぶじに、おなべの中にスープを入れることができました。

 スープがにえるのも待ちきれない女の子は、さっきまで切ったやさいを、つぎつぎにおなべにほうりこみます。はくさいがないのがざんねんですが、キャベツでも十分まんぞくです。タラにネギを入れた後、大好きなしめじを、二かぶとも、ぽいぽいぽいと入れていきます。

 スープの中にしずむ、やさいたちがやさしくお月さまにてらされます。とうにゅうのスープのしずくが、ほうせきのようにきらりと光りました 

けれど、ふしぎなことに、おなべがいつまでたってもぐつぐつといいません。おなべのあの音が女の子は大好きだというのに、これじゃあ、おなべが食べられません。

 その時、女の子はとても大切なことに気が付きました。

 カセットコンロをセッティングしていませんでした。

 コタツの上におなべをちょくせつおいたところで、にえるわけがありません。カセットコンロをおかあさんがいつもどこにしまっていたのか。ふかくにも女の子はおぼえていません。

 ぐざいもスープもじゅんびしたのに、火がないなんて。ぜつぼうに打ちひしがれ、このままにえていない生のやさいやさかなを食べてやろうか。女の子はふてくされ、思い切りゆかにねそべろうとした時です。女の子のあたまに石のようなかたい何かが当たりました。

 とてつもないいたさのあまり、女の子はしばらく左右にころがったあと、月明かりに照らされている『それ』を見ました。

 それは、同じクラスのコウスケくんからもらった小さなふうとうでした。コウスケくんはいつも石が大好きで、口をひらけば石の話しかしません。うわさでは、部屋にあるもの、すべてを石で作っているとかいないとか。

 おそらく、今回のふうとうの中も石だろうと、そのかたさからわかりました。こんな時に石なんていらないと思いながら、女の子はふうとうを思い切り、かべになげつけます。

 かべに当たったふうとうはやぶれ、中からたくさんの石がばらばらとにぎやかな音をたてて、にゆかにおちました。

その時です。

なんと、その石がゆかにおちたと同時に、小さな火花が、パチパチッと出たのです。

女の子は思い出します。その石は、たしかコウスケくんが前にせつめいしてくれた、キャンプ好きのおとうさんがあつめている、火うち石です。

 いつもじまんばかりのコウスケくんに、「たまにはすごい石でももって来てみなさいよ」と女の子がちょうはつしたための、火うち石を入れたのでしょう。

この火うち石さえあれば、つくえの上に小さなたきびのスペースを作って、おなべの火をつけることはかのうです。

 持つべきものは良き口げんかともだちです。

 ようやくおなべ火もかくほでき、昔、女の子のおとうさんがくれた、小さなたきびのできるキャンプグッズをおなべの下におきました。

そして、学校のいらないプリントや、あつめていたこえだをしきつめます。

パチパチと火うち石をぶつけ、その火花で、ようやく火をつけることができました。おとうさんと、昔やったキャンプを思い出して、女の子は少しだけなつかしいきもちになりました。

ねんがんのおなべの中は、ぐつぐつと音を立てていきます。さむさむい夜が、少しずつ温められていきます。

しばらくまっていると、おなべの中のやさいたちが、くたくたになってきて、タラからもやさしい海のかおりが、ただよってきました。食べごろです。

ほくほくのおやさいをうつわによそい、ふーふーとさまして口にはこびました。

口いっぱいにやさいや、おさかなのあじが、やさしいとうにゅうのスープとともに、ひろがりました。とてもとても、おいしいはずなのに、なにかが足りません。

おなべのかんせいとともにやってきたのは、ひとりぼっちのさみしさでした。

 ひとりだけなら、なみだをながしても、だれにも見られません。けれど、ないたらなんだか今も子どもの自分が、もっともっと子どもになってしまうのではないか。女の子はそう思いました。けれど、かんじてしまったさみしさの波はあまりにも大きすぎました。おいしかったおなべは、もう食べたくなくなってしまったのです。

 うーんうーんと女の子はなやみます。どうしたら、この気持ちがなくなるのかな。と。

 なやんでいるうちに、いつの間にかおなかはいっぱいになっていて、ねむってしまえばすべてわすれられるのではないか。そう思った女の子は、火をけすことにしました。ふたたびおとずれれたくらやみに、おなべのいいにおいだけが、ただよいます。こんなにおなべが温かいはずなのに、さむくてさむくてたまりません。そんなさむさから、のがれるために、女の子はこたつのふとんを、ふかくかぶって、そのまま目をとじました。

 女の子は考えます。

 目がさめたとき、せかい中が、さむさと、くらやみにつつまれて、おかあさんもいなくて、ヒカリンも、チュンちゃんも、上のおへやのせきさんも、クラスメイトのコウスケくんも、いなくなっていたらどうしよう、と。 

自分のことを知っている人が、だれもいなくなって、そして本当の一人ぼっちになってしまうのではないか。むねのおくがしめ付けられるような、ぬまのそこに、女の子のきもちはどんどんしずんでいきます。このまそこのそこまでおちてしまって、もうもどってこられなくなってしまうのではないか。そう思った時です。

 プシュッと、なにかの音がしました。眠りとめざめの間にいた女の子は、その温かくてやさしいけはいで、ゆっくり目が開きます。まるでぬまのそこから、ぬけだせた気分でした。

 お月さまのやさしい光がてらしていたのは、おかあさんの長いかみでした。

おかあさんはのんびりとビールをのんで、コタツに入っていたのです。かべには、いつの間にか女の子のかいたお月さまの絵がかざられていて、おかあさんはそれを、じっと見つめていました。

「あ、おこしちゃった? ごめんね、おそくなって」

 ビールをもう一口おかあさんはのんだあと、おわんによそったキャベツを口にはこびます。

「おいしいじゃん、やるね。一人でできたんだ」

 そう言っておかあさんは、女の子のあたまをくしゃくしゃっとなでました。ビールのほんのりにがいかおり。いつもなら好きじゃないはずなのに、なんだかうれしい気持ちになりました。

「おなか、へってる?」

 とちゅうで食べるのをやめてしまっったため、女の子のおなかには、まだまだよゆうがありました。おかあさんは、女の子がこたえるまえに、つくえのうえにおいてあった、ラーメンのふくろを手にとりました。

 おかあさんは、そのほそいゆびさきで、きようにふくろをひらきます。そして、おなべのそこにあるカセットコンロの火をつけます。いつのまにか、だしてくれていたようです。

「コンロの火はあぶないから、一人で使わないようにね」

「火うちいしも?」

「火うち石もだよ」

 ふたたび温かくなったおなべに、ラーメンを入れ、おかあさんはほうちょうで手早く切ったトマト、ニンジンを入れ、ネギをさらにくわえます。たまごをコンコンとつくえに当ててヒビを入れ、なまたまごを、おなべの中にぽとりとおとします。こがねいろのたまごが、スープいっぱいにかたちをかえて、広がっていきます。まるで夜空にうかぶ天の川のようでした。

 やわらかくほぐれたラーメンを、おかあさんはうつわに入れ、女の子の方へさし出します。

「こんなじかんに、ラーメン、たべていいの?」

「こんな時間にたべるからおいしいの」

 ほくほくのやさいといっしょに、ラーメンを女の子はすすります。やさしいたまごの味わいが口いっぱいに広がり、おいしいうれしい、明るい気持ちが、むねの中にどんどんたまっていきました。

 おかあさんはそんな女の子のえがおを見ると、ビールをまた一口のみました。

「それおいしいの?」

 女の子はビールをゆびさし、たずねます。

「おいしいよ。でも、のむなら大人になってからね」

「おとなだもん」

「そうなの?」

「ひとりで、おなべも作れたし」

「それはすごい」

「それに、さみしかったけど、なかなかったし」

「大人も、さみしかったら、なくよ?」

 女の子は、おかあさんがないているところを、見たことがありませんでした。いつも、わらっていて、たのもしいおかあさんが、なみだをながすところを、そうぞうできません。  

女の子がおどろいていると、おかあさんは、立ち上がり、れいぞうこからサイダーと、レモンをもってきました。女の子はお母さんの作るジュースが大好きです。レモンのかおりがそっと女の子のはなをくすぐります。

レモンのしぼられたサイダーを、おんなのこはひとくちのみました。しゅわしゅわが口にひろがって、ねおきでぼんやりしていたあたまが、すっきりしました。

「おいしい?」

「うん、おいしい」

 ビールのにがいかおりより、レモンのほんのりすっぱいかおりの方が、すきだと思った女の子は、もう少しだけ子どものままでもいいかなと、思いました。

「おかあさん」

「なに?」

「おとなになったら、わたしがラーメン作ってあげる」

「そうなの? 楽しみだな」

「あとね、ビールも、いっしょに、のむ」

「それはむりしなくていいけど、楽しみにしてるね」

 女の子は、いつもはあまりしないのだけれど、なんとなくおかあさんをぎゅっとしたくなりました。

だから女の子は、小さなうでで、そっとおかあさんをつつみこみます。

 おかあさんは、そんな女の子のせなかをそっとなでました。

「あらら、どしたの」

 心配になったおかあさんは、そうたずねました。

 女の子は、いろいろなことを考えました。

 いつか自分が大人になった時、おかあさんと自分がいっしょにくらしているのかなとか。ヒカリンとチュンちゃんは生きているのかなとか。せきさんは、まだすもうをつづけているのかなとか。たっきゅうびんやさんはまだ、だれかに、にもつをとどけているのかなとか。コウスケくんはまだ石をあつめているのかなとか。たくさんのことがあたまをよぎります。

 おかあさんが近くにいる『今』を、少しでもかんじたくて、女の子はさらにつよく、だきしめます。力を入れれば入れるほど、なみだがこぼれそうになるのですが、大人もどうやら泣くらしいので、がまんするのはやめて、女の子はたくさんたくさん泣きました。


 次の日。空はとてもきれいにはれていて、女の子もおかあさんも、ぼさぼさのかみのまま、コタツから体をおこしました。

 いそいでじゅんびをすませた二人は、たがにかいしゃとがっこうへ向かいます。

 女の子が走っていると、クラスメイトのコウスケくんは、今日も道ばたで石をさがしていました。

 いつもなら早く学校に行こうとせかすところですが、今日はそんな気分になんとなくなれず、女の子は、コウスケくんのとなりにしゃがみます。

「……どしたの」

 ふしぎそうに、コウスケくんはたずねます。何か答えてもよかったのですが、そんな気分になれなかった女の子は、目の前の石を、コウスケくんといっしょに探し、手元にあつめます。

「いいじゃん」

 女の子のあつめた石を見て、コウスケくんはそう言いました。

 そして、女の子はコウスケくんに、少しだけてれくさい気持ちをがまんするために、手元の石を、ぎゅっとにぎりしめます。

 そして、おんなのこは、いいました

「こんど、いっしょにおなべ、つくらない?」

  とてもさむい日のはずですが手の中の小石たちは、とてもあたたかく、まるで小さなお日さまをにぎりしめてるようでした。 

                おしまい 

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