眩耀(奇妙な味)/前編

夢の話をしよう。

君達も一晩の間に、随分と長い時間の夢を見た経験があるのではなかろうか。現実世界で換算すれば、何時間にも相当する夢を。

そもそも夢の中では、正確な時間というものは存在しない。単純にできごとを並べただけのものが夢で、「そう、これは1時間だった」というように、あとから時間という概念を付けているだけの話だ。夢は、特にレム睡眠が、20から30分以上持続したときに出現しやすくなると言われる。レム睡眠は、約90から120分の間隔で一晩に数回出現し、睡眠後半に向かうほど持続時間が長くなる。そのため、朝方に、鮮明でストーリー性のある夢を見ることが多い。

どんなに長い夢でも、見ているのはほんの僅かな時間なのだろう。事故の瞬間に、走馬灯のように映像が浮かんでくるというが、脳は、現実の時間よりも遥かに短時間で、同等の内容を認識することができる。

いずれにせよ、一瞬で、かなりの情報を夢として見せてくれるのだ。


あぁ、今夜もそうなのか。

ここ一週間、毎晩同じ時間に同じ夢を見る。目覚めると決まって時計は、午前5時25分を表示している。不思議なことに、「今、自分は夢を見ている」という意識がある。そのような、夢と認知して見る夢というものは大抵が、夢の中での非日常を察知したときにそう気付くものだが、私のそれは、夢の世界に入った瞬間から、夢を見ていると解るのだ。

夢の最後にはいつも、朱色のぼやけた光の楕円。徐々に焦点が合ってくると、それが、デジタル時計の時間を表示していると気付く。そして静かに、目覚めたのだと理解する。


♢ ♢ ♢


眩いばかりの落日が、枯れ葉を透かしながら山々に漆黒の訪れを告げている。

この峠に、どのような経路けいろで辿り着いたかなどはどうでも良いことだ。ただ遠い昔、子供の頃から脳裏に焼き付けられていたのであろう、初めて見る景色ではない。


私は急いでいた。このままでは、日があるうちには帰れないと解っているのだが、とにかく急いだ。山道さんどうには枯れ葉が積もり、踏みつける度にガシャグシャと音をたてる。場所によっては、膝近くまで埋まるほど、落ち葉が積もっている箇所があるために、急いではいるものの歩みは慎重でやけに重い。気を付けなければ底に貯まった水気のある枯れ葉に足をとられ、滑りそうだ。

暫く下って行くと右手に大きな白樺があり、それを過ぎると脇道があった。その入り口には地蔵が立っている。風と雨水にやられたのか、顔付きがやけにいびつな地蔵である。

木々のあいだから差し込む夕陽に照らされた地蔵の影は、脇道に沿って長く伸びている。それに導かれるように無意識に、私は道を逸れていった。

手入れされたその道には落ち葉が無く、ゆったりと右にくねる小道を行った先には、一軒の平屋の家が建っている。平屋の裏は崖なのだろう、西陽に照らされた雲がオレンジ色に耀き、遠くの山々迄見渡せる。山に映る陽は徐々に暗闇に支配され、その上空に星々がうっすらと姿を現すと、不意に不安感が押し寄せて、来た道を振り返る。

振り返った先には、逆光を背中に浴びた、スラっとした女が佇んでいた。

背中越しの夕陽が眩しくて女の顔が認知できず、手のひらで光を遮りながら細目で目を凝らす。

わずかに唇が動いているのがわかる、なにか私に話し掛けている様子だ。

更に目を凝らした次の瞬間、女の姿が消え、人差し指と中指の間から西陽がもろに突き刺さる。瞬時に目を瞑ると、瞼には朱色の光の楕円。徐々に焦点が合ってくると、それがデジタル時計の時間を表示していると気付く。

……5:25……

そして静かに、目覚めたのだと理解する。


そんな夢を一週間も見ているのだ。


何度も同じ夢を見ているうちに、私には願望が芽生え始めていた。疑問も生じたが、それは大したことではなかった。自身の中で解決はされている。

夢冒頭のあの景観、見覚えがある。確かに以前から記憶している風景だ。

そうだ、あれはこどもの頃に遊んだ裏山。冬になると、険しく細い山道は枯れ葉で埋め尽くされ、道の窪みに貯まった枯れ葉の中に飛び込んで、遊んだ記憶がある。

小一時間程かけて登って行くと山の頂きに着く。

逢魔おうまが時、そこから見える海に沈む夕日が、こどもながらに素晴らしく思えたものだ。多分、デフォルメされたその景色が夢に出てくるのであろう。

だがもともと、裏山には地蔵はないし民家などなかった。白樺が自生する環境でもない。しかし、それこそが夢の夢たる証し。全ては脳の記憶が、クロスオーバーして創られた世界なのだと納得はできる。安易ではあるが疑問は解決された。

願望というのは、あの平屋の家には何があるのか見てみたい。そしてあの女性は、私に何を話したのか、はっきり聞いてみたいというものだ。

その願望を意識して夢に挑むのだが、白樺を越した頃には、いつもすっかり忘れてしまっていた。


今夜こそ、夢を進ませなければならぬ。

謎が解けさえすれば、こんな夢は見なくてすむはずだ。


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