(参)妖刀の慰め
おえんはユキの顔を覗き込むように浮いていた。尻尾のような髪が垂れ下がって、さわりさわりと頬を撫でてこそばゆい。ユキはもう一度、「おえん」と呼んだ。
「どーした、ユキ。まだしょげてンのか」
「……俺、どうすればよかったんだろう」
「あのナァ、終わった後にあーすりゃよかった、こーすりゃよかった、なんて考えるだけめちゃくちゃ無意味だぞ?
おえんは両手を腰に当てて頬を膨らませる。怒っていますよ、のポーズにユキは眉根を下げた。
「……ごめん、変なことを聞いた」
「いいか、ユキ。過去をやり直す方法なんて何処にもねェンだぞ。
「……どうなんだろ、そういうものなのかな……」
「そーいうもんだ! だからよく考えて選べ、選べるのはひとつなんだから。おまえはアンドゥーの悪縁を確実に切ることを選んで、櫻葉と対話することを選んで、あのガキンチョを助けることを選んだ。だからアンドゥーもガキンチョも無事だったし、あたしらも任せられた仕事は完遂しただろ? ありもしない
「…………うん」
「おまえってば力はあンのに心はうんと未熟だし、無垢で無知で、だけど契約を結ぶことを選んだのは、このあたしだぜ。あたしがおまえを選んだんだ。そこを忘れるなよナ」
「忘れてはいないよ」
「ならいーケドヨ、おまえはこれからも人を斬るだろ」
「うん」
「おまえ、善人になろうとしているんじゃないって言ったよナ? 仇を討ちたいンだろ? なら、その為の選択を誤らないよーにすりゃいい。二つは選べないんだ」
「…………それも、そうだ」
整理はつかないが、止まれないのも確かだった。ユキは確かに、おえんに約束したのだから。それが父の仇を討つ為の条件だから。
ぼんやりと天井を見つめる。外から冷たい風が吹き抜ける。背をつけた畳の感触。ユキは今更になってそれを感じた。さっきまではどこか遠いところに浮かんでいるような心地だった。
興長も、おえんも、ユキもここにいる。
ユキは長いため息を吐いてから、ゆっくりと身を起こした。
「おえん、あの人の首を落としたのは、誰なんだろう」
「さあなあ、気になるなら、死体を見に行くか? 見せてもらえるかはわかんねェケド。サクラの首を見りゃあ誰だかわかるしナ」
「そうなの?」
「首に絡んだ縁を見ればいいのさ。死んだら切れるものもあれば、死んだ後にできる縁もある。怨みの縁が絡みつくのさ」
おえんは自分の首に手を当てがった。べえ、と舌を出す。
「俺でも、見たらわかる?」
「ユキは目は良いけど、まだそういうのを見極めるのは慣れてないだろ? 目を凝らしてみれば、面白いものが見れるよーになる」
「……まだ見えてないものがあるんだね。今でも結構見えるんだけど……」
「それが全部じゃないのさ! おまえが縁だと思っていないものが縁だったりするんだぜ」
「全部見えたら、大変そうだね」
「そりゃそーだ、だから何を見て何を見ないか選ンじまうのさ。あとでモンモンを見てみなヨ、縁にぐるぐる絡まってまるで糸車みてェでさ、ちゃんと選んで見ないとヤベェ見た目だぞ! 逆に
おえんの言うアイツとは芥間のことだろうとは、ニュアンスですぐにわかった。けらけらとおえんは笑う。
「興長さんは前に稽古をつけてくれた時は普通だったよ」
「それはまだおまえには見えてないだけさ。見る見ないの基準がテキトーなんだナ。いくら目は良いとは言っても、まだまだ色々必要なのさ」
「そうだね。ごめん、二人には迷惑ばかりかけてる」
「モンモンは物好きだからむしろ歓迎してるだろーし、あたしも好きでやってンのさ。永い
ユキは小さく頷いた。おえんがユキの手を取る。
「少なくても今回、おまえはやることはやったんだ。宣言した通りに悪縁を切って、アンドゥーの為にも十分行動した、結果的にアンドゥーも逃げおおせた。それで良いだろ」
「…………逃げられたなら」
櫻葉の死に直接的に関わるのは別な人間だと知って、ユキは内心ホッとしている自分にため息をついた。自分が斬った事実は変わらないと言うのに、さも、自分は何も悪くなかったのだと思いそうな己が嫌だった。
しかし、手首を断った。
その身体を深く斬りつけた。
それから血がたくさん流れた。
当初の計画通りにいたのならば彼が死ぬ必要などなく、興長からもおえんからも見誤るなと、油断するなと警告はされていたのに、ユキが無駄足を踏んだ結果がこれだ。
たとえ殺したとされる第三者はまったくの無関係であるとしてもユキが斬った事実は変わらない。斬った感触は忘れられず、吐き気は今も込み上げる。
「俺、もっと強くならなきゃ」
「そーだナ。モンモンはごちゃごちゃ言ってたけど、もっと人斬りにも慣れなくちゃならん」
慣れるなと言った興長と正反対の声に、ユキは逡巡する。ユキに必要なのは、誰が仇として出てきても打ち倒せる力だ。そして、選ぶものを間違えない為の、知識や見聞だ。
「……ちゃんときみに相応しい剣士にならなきゃ。きみも、終わった後にこんなヤワな身体を貰っても、ちっとも嬉しくないでしょう」
「何度だって言うケド、ユキはあたしの剣士、あたしだけの剣士だ。それじゃああたしはおまえのなんなんだ?」
「おえんは、俺の妖刀だよ」
「そう。おまえだけの妖刀だ。あたしはおまえの夢を叶える。おまえはあたしに何もかもをくれる────それがあたしたちの交わした約束だ。それが守られるならいくらかかろうが構わねェよ。ガワの強い弱いなんて約束にゃあないからナ」
おえんはユキの額を優しく小突いて、甘く微笑んだ。
「おまえが何処にいたって、あたしは絶対にユキの隣にいる。一緒にいるからナ。それはおまえも同じだろ? 堕ちようが昇ろうが、おまえとあたしはずっとずっと二人なんだから」
怖い者なしだと笑うおえんに、ユキは頷いた。ユキ一人では届かなくても、耐えられなくても、おえんがいればと微笑む。
「そうだね。俺たちはずっとずっと二人だ」
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