(捌)作戦開始
突如現れた二人に、男たちは
着地して、素早く視線を走らせる。その場にいるのは五人だ。どれもガタイは良いが、動揺を見るに反応はさほど速くもない。全て覆面に顔を隠してはいるが、全員刀を手に、もう片方の手には小型の
興長は勢いよく手を打って、踵を返した。向かう先は小屋の方──そちらに人が詰めかけている様子はなく、内心ほっとする。
「あちらは僕が。ここはきみに」
「わかりました──いこう、おえん」
「ラクショーラクショー、あたしらに任せろ!」
おえんがユキの手をとる。瞬間に、ばちりと電撃が身体を疾った。痺れが身体を襲った後に、鮮やかな色の線が視界に走る。火筒にも巻きついたそれを見て、
(あの妖具も壊せるかな)
おえんに視線を投げ掛ければ、彼女は頷いた。
一歩、二歩、三歩。
跳ぶように駆けて、肉薄する。一人目の火筒を斬り上げた。目の端でぶつりと線が切れて、ヒビが走る。おえんがユキを振り回す軌道で火筒を蹴り飛ばした。
怒号が響く。
「クソ! 撃てッ!」
「応!」
破裂音が耳に響く。引き金を引く、たったそれだけで相手を射抜く妖具。打ち出されたものの軌道を目で追うのは不可能だが、その必要もない。
高く、高く舞い上がる。まるで地にいるかの如くに宙を駆け回る。おえんは自由自在にユキを踊らせた。
飛び交う弾などなんのその、背後から投擲された小刀を跳ね上げた刃で防ぎ、地を這うように迫る。くるりと宙で一転、勢いのままに峰を振り下ろせば中々に痛い音がして、呻き声を上げた男が地に沈んだ。
おえんがユキを引き寄せて、乾いた音が耳につく。反射的に斬ろうと動いた身体を抱き止められた。ちりりと髪に何かが掠めた。
「ユキ! 飛んでくる弾を斬ろうとするばかがいるかよ!」
「ごめん、いけるかなって」
「そういうのはもっと後、そら、次だ次!」
二人目に狙いをつける。木の幹を蹴って、宙に身を踊らせる。そのままに男の左肩を打ち据えた。離れざまに背中を蹴飛ばして、そのまま残りの三人を見据える。
「来るぞ!」
「わかってる」
身体を捻る。
微かにちりりと皮膚が焼けるような感覚が走るが、動きを止めるほどではない。
(余計な縁も切れちゃうけど、ごめんなさい)
運が悪かったということで。
ユキは男たちに纏わりつく縁を絡めとるように一閃した。はらりと落ちて消えるもの、手応えなく掠めただけのものとあるが、狙っていたモノは斬れた。ヒビが走った妖具は、二度とその役目を果たさない。
突然にただのガラクタと化した火筒に狼狽えた様子を見せた男だったが、すぐに立ち直った。構え直し、ユキに斬りかかる。
「おのれッ! よくも邪魔をしてくれたなッ!」
「ちょこまかと、堂々と地に降りてこい!」
男はきえええい、と気合を上げて、上段から斬り下ろすのを、鍔で受けて軽くいなした。もう一人の男が突きを繰り出すのを身を捻って避ける。続け様に胴に峰を叩きつけて、地面に転がした。
「あと一人────!」
辺りを巡らせていた視線が逃げ出した背中を捉えた。
まずい、と駆け出したところでつんのめる。足元で苦しげに呻く声がして、見れば男が顔を歪めてユキの足首を掴んでいる。しまった、と顔を顰める。「手ェちょん斬っちゃえ!」とおえん。ユキは刀を持ち替え、掴む男が何かを言いかけたところで──男の背中を興長が踏みつけた。肩には先ほど逃げ出した男が伸びて担がれていた。
いつの間に来たのかと、ユキは彼を見上げた。
「……これで全部ですか」
「うん、周りも見てきたがもういない。彼も無事だよ」
「あの、この人たちはどうしましょうか」
「逃しても困るしな、とりあえず縛っとくかな」
「縄はありますか」
「縄よりもこちらの方が長持ちする」
「妖術……ですか」
「そう。きみも見ておくと良いよ、使えたらきっと役に立つ。まずは──
興長が細長く斬った紙をばら撒けば、生き物のようにしゅるりと伸びて、男の身体に巻き付いた。筆入れを取り出すと、黒い墨色でそこにさらさらと何かを書き足していく。ユキには馴染みのない文字だった。
「それは?」
「なーに、ちょっとした伝言だよ。警備隊の奴らに引き渡した後にさ、勝手なことをされても困るだろう? 櫻葉某はそれなりに権力があるみたいだしさ。軽犯罪を見逃すようにと櫻葉が袖の下を渡していたとしても、それ以上の権力者の名があればとりあえずのところは手出しできないってことだ」
「……それ以上のって」
「僕の雇い主」
興長はそれ以上は言わずに唇に人差し指を添えた。秘密、ということだろうとユキは慌てて「すみません」と聞きすぎたことを詫びた。よくよく見れば、さっきまでにユキの倒した男たちも巻かれていて、それ以外にも何人かまとめられて、同じような文字が書かれている。
どれも窮屈ではあるが、死んではいないようでユキはほっと息を吐いた。
「回収とお裁きはお上がよろしくやってくれるだろうよ」
「……この人たちは、その、想定していた追手でしょうか」
「それで間違い無いよ。はは、しかし本当に不用心な人らだなあ。有象無象、大したことなかったろう」
「それは、まあ」
正直に言えば、物盗りの方が力がある分厄介だった。
興長は伸びた男の服を弄って、金属板を取り出した。刻まれた名前の下に、花の紋が押されている。
「ほら、この紋、覚えているかな」
「櫻葉の家で見ました。そっか、普通は通行証を持っているんでしたね」
「そ。持っていないのは特殊な場合だけだ。こういうさ、バレたらまずい時はもう少し隠しているもんだが……相手が異邦人一人だと甘く見たのか、不用心なだけか」
ユキはそっと服越しに巾着袋を確かめた。硬い感触があって、ほっと息を吐く。
そこでふと疑問が湧いて、首を傾げた。
「これって盗まれたりするものですか」
「いや、盗んでも意味がない。別に裏でも表でも売れるようなものでもないし、他人のものはそもそも使えない。見た目ならともかく、身体情報まで他人に成りすます妖術もないし」
「もしも町の外で死んだとして、その時はどうなりますか」
「誰かが発見した時点で、それは近親者に届けられるはずだが……それか、所属している組織だとかだな」
「それは罪人でも?」
「……尚更、それは家族に届けられるはずだ。罪人の遺物は穢れとされるから、家族以外はまず受け取らないだろう。たとえ届いても門前払いされるはずだよ。もしも誰も受け取らないか、あるいは途中で…………どうした? 顔色が悪いぞ、カゲユキ」
興長は心配そうにユキの顔を窺う。慌てて、ユキは頭を振った。無表情を作るのは慣れている。
「なんでもありません。ただ、気になって」
一度気になってしまうとささくれのように心にひっかかる。ユキの父は咎人として斬り捨てられた。死体も、身分証も、なにひとつユキの元へは届いていない。重罪人として適当な場所に捨てられて、今も風に朽ちているのか。それならば、父のかけらを拾いに行きたい気持ちもある。それとも、誰かが持っていってしまったのか。勤めていた屋敷を訪ねる必要があるか──。
(父さんのは、何処に行ったんだろう)
+++
夜が迫る。
小屋に入って、ユキは目を瞬かせた。黒髪黒目、日に焼けた肌色の男──正確には見た目だけがそう変わったアンドレが立っていたのである。顔の造形は変わらないが、印象は随分変わってくる。パッと見ただけではわからないだろう。
「アンドレさん」
「おお、カゲユキ、見違えたな! ボクにそっくりな髪色じゃないか。そしてボクはきみのような色になった、そうだろう?」
アンドレはユキに両手を広げて近づいた。
「こっそりと様子を見ていたが、きみはとても強いな。きみの父上も偉大な人だ! 追手を追い払う、結界は張る、そしてこの変装だ! ボクはきみに出会えた幸運を、どう神に感謝すれば良いんだろうか」
「……まだ、俺は特に何もしてませんよ」
「謙遜は毒だぞ、友よ」
アンドレがユキを抱きしめた。突然のスキンシップと友という言葉にむず痒くなる。まだ会って間もないのに、ユラという国ではこれが普通なのかと、ユキは視線を彷徨わせた。
「きみがボクを見捨てずに介抱してくれて、きみの父上に引き合わせてくれて、そうでなければとっくに捕まっていただろうさ」
「……えっと、お役に立てたなら、よかったです」
「ボクを逃すためにきみが囮になってくれると聞いたが、それは大丈夫なのか? サクラはきみの思うよりも怖い」
「大丈夫です。アンドレさんも安心してください、父上はとても強い人、なので」
「ボクはきみの心配をしているんだよ。まあ、いい、とにかくこれをあげたくてさ」
アンドレは紙に包まれた、小さな玉をユキに握らせた。すん、と鼻を鳴らして首を傾げる。先ほど町で渡された(興長が食べた)あの飴に近いものを感じたのだ。飴にしては指先で容易く形が変わるほどに柔らかい。
「これは……毒、ですか」
「なんでそうなるんだ! まあ、口にしたらそうなり得るが……それも香のひとつだ。それも火を使わない香でね、軽く指先で潰して風に撒けばいい。軽い臭い消し、或いは気配を消すと言うのかな。人に見つかりたくない時、人の目を逸らしたい時に使うと良い。ただし、万能ではない。物音を立てたりすれば当然見つかるし、ほんの気休めだけどね。役立ててくれ」
「いいんですか?」
「なぁに、
「…………ありがとう、ございます」
ユキは唇を噛み締めた。口角が僅かに上がる。頬を叩いて表情を無理やり引き締めた。
そこに興長が戻ってきた。彼の姿は普段通りに戻っている。
「そろそろ行きましょうか、シルバ殿。細かいところは歩きながら決めましょう」
「わかった。──ではな、小さき我が友よ。きみにどうすれば報いることができるだろうか。もしもきみがユラに来ることがあれば是非シルバ村に来てくれ!」
「はい、是非」
ユキははにかんだ。友と呼んだ人に騙されたばかりだというのに、容易く人を友と呼んでしまう──彼のこういうところが危なっかしくて、それでも嬉しかった。
彼はすぐに国へ帰るのか、或いはまだ何処かの街に居座るのか。ユラという国がどこにあるかは知らないが、きっと縁遠いところだろうなとユキは思う。それでも、まっすぐに握手に手を差し出した。
「またお会いしましょう、アンドレさん」
硬く握り返されて、ユキはまたはにかんだ。
興長がユキに視線を投げかける。もう行く時間だ。これを、と何枚か紙を渡される。
「では、カゲユキ、あちらのことは頼んだ。あくまで陽動だから踏み込みすぎないこと」
「はい。父上もご武運を」
木々の狭間に消える二人の背中を見送って、ユキはおえんと共に町に戻る。
手を繋いで、興長から渡された紙をふたつに割いた。
ぐるりと視界が回って、辺りが黒く染まる。
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